マザコン男との再会
そう。
おまわりを引っ張って走ってくるその人物とは……。
なんと!あのマザコン男だったのである。
な、なんでっ⁉︎
ア然としている私の目の前に、マザコン男とおまわりが立ち止まった。
「おい、まずその手を離しなさいっ」
乱暴に私の襟首をつかんでいた男の腕を、おまわりがガシッとつかんだ。
「は、春姫さんっ。大丈夫ですかっ?」
息を切らしながらも必死に私を心配するマザコン男。
「あ、ああ……うん。大丈夫」
私がグシャグシャになった襟元を直していると、後ろにいたおばあさんがペコペコしながらそっと前に出てきた。
「お……お嬢さん……どうもありがとう……」
「あ、いえいえ。おばあさん、もう大丈夫ですよ」
私は笑顔でそう言いながらおばあさんの背中をそっとなでた。
その隣では、2人組の男がおまわりにこっぴどく注意されている。
おまけに、どうやら高校生だったらしく、1人がくわえタバコをしていたため、更にお叱りを受けていた。
それにしても……どういうこと?
なぜマザコン男が??
私がキョトンとしながらマザコン男の方を見ると、ヤツが頭をポリポリかきながらてへっと笑った。
「お……お久しぶりです。春姫さん……」
そう照れ笑いしながら、下に散らばっているおばあさんの荷物を急いで拾うマザコン男。
そして優しく笑いかけながら、買い物袋をおばあさんに渡した。
「……お手数をおかけしました。みなさん、どうもありがとうございました……」
私とマザコン男とおまわりに深く頭を下げながら、おばあさんはえっちらおっちらと歩いて行った。
「きみ達、ご苦労さん。後はこちらに任せてくれて大丈夫だ。ありがとう」
おまわりがサラッと私達に笑いかけた。
「あ、あの……春姫さん。ひとまず、ちょっとここ離れません……?」
「え?ああ……うん」
私達はその場を離れ、近くのとあるファッションビルの入り口ら辺までやってきた。
「ーーーねぇ、なんであなたがおまわりさんを連れてきたの?」
私がピタッと立ち止まってマザコン男の方を振り向くと、ヤツもピタッと止まった。
「いや……あの……。偶然なんですが……。実は、僕も先ほどあの付近を歩いていまして。そしたら、さっきのあの2人組の男が荷物をたくさん持ってよろめきながら歩いていたおばあさんとぶつかって……。
それで因縁をつけてたんです。僕も、あれは明らかにアイツらが悪いと思っていたんですが……。ただ、オロオロするしかできなくて………。
そんな中、突然春姫さんが現れて。でも、なんだか危ない雰囲気だったので……。近くでレッカー作業をしていたおまわりさんを見かけたのを思い出したので。急いで戻って呼びに行ったんです……」
オドオドしゃべりながら、ポリポリ頭をかいている。
「す、すみません……。おまわりさんを呼びに行くことぐらいしかできなくて………」
マザコン男が申し訳なさそうにうつむいた。
「ーーーううん。助けてくれてありがとう」
私の言葉に、マザコン男が顔を上げた。
「ちょっと見直したよ」
ただのふぬけのボンボンおぼっちゃまだと思ってたけど、やるときゃやるじゃん。
私がちょっと笑いかけると、マザコン男が嬉しそうに言った。
「あ、あの……。久々にお会いできたので、もしよければ少しだけお話ししませんか……?」
「え?」
「あ、いえっ。あの……春姫さんにご迷惑をかけるつもりもありませんし、つきまとおうとしてるとか、そういうわけでは一切ありませんからっ。イヤでしたら全然構いませんっ……。す、すみません。なんか変なこと言って引き止めてしまってっ。じゃあ……」
軽く会釈をすると、マザコン男はくるっと向きを変えてスタスタと歩き出した。
「あ、ちょっと待って……」
「え……?」
ビックリした顔で振り向くマザコン男。
「……助けてもらったし。せっかくだから少し話そうよ。……ちょっと聞きたいこともあるからさ。お茶でも飲もうよ」
「……はい!」
私の言葉に、マザコン男が笑顔でうなずいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お待たせしました。アップルティーとホットコーヒーでございます」
カチャン。
静かにカップがテーブルの上に置かれた
ここは近くの喫茶店。
目の前でいい香りが漂う。
私がアップルティーをひと口飲んでカップを置くと、マザコン男がちょっと恥ずかしそうに口を開いた。
「……実は僕、空手を習い始めたんです。……春姫さんを見習って、僕ももう少ししっかりしないといけない……と思って」
「へぇー。そうなんだ」
「はい……。さっきの春姫さん、勇気があってとても素敵でした。尊敬です。それと……。いろいろすみませんでした……」
「え……?」
「ーーーーー春姫さんは、元々僕のことが嫌いで、それでお見合いも破談になったのに……。それなのに、その後も『好きです。会って下さい』なんて電話をして困らせてしまって……。
僕……こんなだから、女の子とつき合ったこととかなくて。両親も心配してて。それでお見合いすることになったんです。
そのお相手の方が、春姫さんでしたーーーーーー。
最初は、お見合いなんて僕には無理と思っていたのですが……。春姫さんにお会いして、純粋に春姫さんに惹かれている僕がいました………」
静かにゆっくりと話すマザコン男。
ゆらゆらと湯気を立てるあたたかいコーヒーをひと口すすり、ホッと落ち着いたような穏やかな表情を見せる。
私は、そんなマザコン男の話を黙って聞いていた。
「……たぶん、ひと目惚れだったんだと思います。……春姫さんは、僕にないものを全部持っていました。明るくて、自由で、正義感があって、とっても元気で、なんだかとっても可愛くてーーー。すごく素敵な人だなぁって思ったんです。でも、もうスッパリ諦めましたので。安心して下さい」
マザコン男がにっこりほほ笑んだ。
「……ううん。私の方こそ、変な電話でちょっと手荒なマネしちゃって……。あなたのこと傷つけてしまったみたいで……ホントにごめんなさい。それと……。
こんな私のこと、そんな風に思っててくれたなんて知らなかった。ありがとうーーー・・・」
「いいえ。……谷崎さんはお元気ですか?」
「うん、元気」
私も笑顔で答えた。
「ちなみに……。あなたがどうって言うより。お見合いそのものがイヤだったんだよね、私。元々半ば強制的に親にやらされたお見合いだったからさ」
「そうだったんですね。……まぁ、ちょっとそんな気はしてました」
マザコン男が笑った。
「お見合いでの数々のご無礼、大変失礼致しました」
深々と頭を下げながら、私も笑った。
マザコンの部分はいただけないけど。
ちょっと……いや、けっこういいヤツじゃん。
私はなんだか嬉しかった。
「あ、それと……。まりあも、あなた方にだいぶご迷惑をかけてしまったようで。兄としてお詫びします。
ホントにすみませんでした………」
〝まりあ〟という名前を聞いて、すぐに蘭太郎の顔が頭に浮かんだ。
「あのさ……。そのことで、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「はい」
「あなたの妹……まりあさん……と、蘭太郎は。うまくいっているの……?」
私がおそるおそる尋ねると、マザコン男が不思議そうな顔をした。
「まりあと蘭太郎くんは、もうとっくの前に別れていますが……。というか、初めからなにもなかったに等しいと思いますけど……」
「え?」
どういうこと……?
あの2人はつき合ってるんじゃないの?
「谷崎さんからのあの電話のことで、まりあが春姫さんや蘭太郎くんになにか脅しをかけるような変な言いがかりをつけたみたいで………。特に蘭太郎くんには、つき合ってほしいがためにまりあもいろいろ言ったみたいで……。ホントにすみませんでした。
まりあには、僕の方からきつく叱っておきました。
蘭太郎くんにも、僕が直接電話でお話をさせてもらって謝りました。……もうなにも心配することはないから、無理にまりあとつき合うことはないです……と」
「……そうなの?」
「はい。まりあは蘭太郎くんのことを本気で好きだったようですが……。蘭太郎くんがまりあのことを好きにならないことくらい、僕も最初からわかっていました。まりあも、それはわかってはいたようです。
ただ、相当甘やかされてわがままに育てられてきましたから。また自分勝手な振る舞いをして、みなさんにご迷惑をかけてしまって………。まりあも反省はしてると思います。僕も兄として、まりあの面倒をちゃんと見なくてはと思っています」
じゃあ……。
「ーーー蘭太郎とまりあさんは、なんでもなくて。つき合ってもいないってこと?」
「はい。……蘭太郎くんから聞いていませんでしたか……?」
聞いてないよ。
だって、蘭太郎そんなことひと言も……。
「それならそうと、どうして連絡のひとつもくれないんだろう……」
私がうつむいていると、マザコン男が静かに言った。
「……確か、蘭太郎くんも春姫さんのことが好きだったんですよね……?」
「え?あ……ああ、うん……かな」
私がしどろもどろに答えると、マザコン男が優しくほほ笑んだ。
「蘭太郎くんがあなたに連絡してこなかったのは、きっと……自分自身の気持ちを整理したかったからだと思いますよ」
「気持ちの整理……?」
「ーーーはい。もちろん、春姫さんと谷崎さんがうまくいくように、今はあえて春姫さんが混乱するようなことは言わないという想いもあったと思いますが……。きっと、今までのように幼なじみのキョウダイのような親友のような……そんな親しい関係になれるよう、蘭太郎くんも気持ちの整理をしてたんだと思います」
蘭太郎……。
「時には、そういうこともあるのではないでしょうか……。大好きな人、大切な人とのいろいろなことの中では。でも……蘭太郎くんは、春姫さんの幸せを心願っていると思いますよ。僕もそうですから……」
優しく私に笑いかけるマザコン男。
「……ありがとう」
「ただ……」
「え?」
「蘭太郎くんから連絡が来なくても、今はまだそっとしておいてあげて下さい」
え……。
「彼には彼の時間が必要なんだと思います。本当の意味でのあなたへの気持ちの切り替えができるまで」
時間・・・ーーーーー。
「でも、必ずきっと元のように戻れると思いますよ。
幼なじみの絆は、また他とはちょっと違う特別なものがありますからね。彼の中でなにかが解決したら。あるいは気落ちの持ち方が変わってきたら………。
きっと春姫さんに連絡がいくと思いますよ。その時は、たぶん心から笑って話せると思います。その日を信じて、蘭太郎くんを待っていてあげて下さい。ーーーって。僕なんかがえらそうにすみませんっ……」」
「………ううん。わかった。そうする。ありがとう」
蘭太郎、いつか戻れる日がくるよね。
きっと、またみんなで一緒に笑いながらお酒が飲める日がくるよね。
私、待ってるから・・・ーーーーーーー。
心の中で、私はそうつぶやいた。




