アイツのことが好きだからーーーーー
「ーーーーーーそうね……。かれこれ7年前くらいになるかしら……。当時、あの子にはずっと仲良くおつき合いしていた女の子がいたの」
おつき合いしていた女の子……。
「名前は……早瀬楓さん……」
……ハヤセ、カエデさんーーーーーー。
なんとなく予感はしていたんだ。
お母さんがしてくれる話の中に、きっと素敵な女性の名前が出てくるんだろうな……って。
「素敵な名前……」
「ええ。でも、春姫さんのお名前もとっても素敵よ。春姫さん自身も。楓さんも……とっても素敵な女の子だったわ」
「……どんな女性だったんですか?」
「そうねぇ……。ひと言で言うと、現代の〝やまとなでしこ〟ってカンジかしらね。とにかく女の子らしい女の子でねぇ。お料理がとっても上手で。手先も器用だったから、縫い物や編み物も得意でね。よく気のつく子で。おしとやかで優しくて。申し分のない子だったわ………」
やまとなでしこーーーーーー。
犯人逮捕のためとは言え、飛び蹴りや4の字固めをかましている私とはまるで正反対のタイプだ……。
なんとなく肩身がせまい気がして、私はそそ……と小さくなった。
そんな中、お母さんがひと口飲んだ紅茶のカップを静かに置きながら寂しそうにこう言ったんだ。
「でもね。ひとつだけ残念なことがあったの」
「え?」
「彼女、生まれつき体が弱くてね。その頃からよく入退院を繰り返していたわ……」
「……なんのご病気だったんですか……?」
「心臓病を元々患っていたの。だけど、風邪を引いては喘息になってしまったり、肺炎を起こしたり……。フツウの人なら自然に治る風邪でも、彼女の場合は違ったの。時には、命の危険をおかすほどの重篤な病気になってしまうこともあるの……」
「……そうだったんですか……」
ーーーーー・・・ってまさか。
私はハッと顔上げてお母さんを見た。
お母さんは静かに小さくうなずいた。
「いろんな病気が重なってね。6年前……彼女は亡くなってしまったの……」
亡くなったーーーーーーー・・・。
「その頃の竜は、荒れて荒れてひどかったわ……。
楓さんがいなくなってから、竜は人づき合いを全くしなくなってね。口も聞かずに何日も部屋に閉じこもっていたり……。かと思いきや、どこかのチンピラとケンカして傷だらけで帰って来たり………。
でも、人って不思議ね。どんなに悲しくても、どんなに辛くても……時間がその心の傷を少しずつ少しず癒してくれる。竜も、今では昔の明るさ取り戻して元気に毎日を過ごしているわ。ただ、その傷の深さにもよるわよね。竜の場合はとても時間がかかったわ」
初めて聞かされた、知られざる谷崎の過去。
私はなんとも言えない切ない気持ちになり。
胸が、重く鈍く痛んだ。
そうか……。
そうだったんだ………。
「……谷崎さんが立ち直り始めたきっかけって……。
なんだったんですか……?」
私が静かに聞くと、お母さんが優しくほほ笑みながら言ったんだ。
「竜の昔からの仲良しだったお友達の男の子がね、あの子に言ったの。『店でもやってみたらどうだ』『雑貨屋でもやってみたらどうだ』ってーーーーー」
え?
「雑貨屋……?」
「ええ、雑貨屋さん。今、あの子は夢を現実のもにしたわ。……雑貨屋さんにはね、特別な意味があるの」
「特別な意味……?」
お母さんがうなずいた。
「……楓さんの夢だったのよ。いつか雑貨屋さんとして自分のお店を持つことが……」
「え……?」
楓さんの、夢ーーーーーー・・・?
「楓さん、カワイくてカラフルな雑貨が大好きだったみたいなの。本人は元々少し控えめな性格なところもあったし、病気がちで色白で痩せていたから、着ているお洋服や身につける物も割と控えめでおとなしいカンジの物が多かったんだけど……。だからかしら。
余計に、そういう明るくて賑やかで……楽しくてカワイイ雑貨のお店が大好きだったみたい。
雑貨屋さんに行くと、夢の世界にいるようで元気になれるって……。だから、いつか大好きな雑貨に囲まれた暮らしをしてみたい、大好きな雑貨に携わる仕事をしてみたい……って。いつか私にもそう話してくれたことがあったわ……」
「……………………」
そう、だったんだ。
谷崎の夢は。
愛する楓さんの夢、だったんだーーーーーーー。
「それからよ。竜が変わり始めたのは………。そのお友達のひと言が竜を変えてくれたの。竜は楓さんが好きだった雑貨のお店を開くために一生懸命働き出して。ホントにがんばっていたわ。……竜、楓さんが亡くなってからずっとふさぎ込んでいたからーーー」
お母さんがそっと窓の外に目を向けた。
「大切な人がこの世からいなくなってしまうのは、本当に辛く悲しいことだわ……。だけど、いつまでも亡くなった人の想い出ばかり振り返りながら虚無感を抱えて生きていくのは、もっと悲しいことだと思うの。……竜が動き出した理由も、楓さんのためであって、正直まだ完全に前を向いて歩き出したわけではないこともわかっていたわ。……。それでもいいと思ったの。最初はどんなきっかけでもいい。元気になってなにか打ち込めるものがあるなら、それでいいってーーー」
私はお母さんの話にじっと耳を傾けていた。
当時の谷崎の様子が目に浮かぶようだった。
「最初はやっぱり、楓さんのために……っていう想いでやっていた竜だったの。だけど、それがだんだん変わっていったの。私が見ててもハッキリわかるほど。
いつの間にか、あの子自身が雑貨に興味を持ち、好きになり、夢中になり……。楓さんのための夢だったハズが、いつしか竜自身の夢になっていたの」
「……そうだったんですか………」
「そんなことがあってーーー。いろいろ乗り越えて。今の竜がいるの。でもね、春姫さん。今、竜にとって大切な人は……春姫さん、あなたよ。雑貨のお店も、今はあの子自身が本当に好きで楽しんでやっているわ。それを一緒に支えてくれるあなたがいて、主人も私もホントに喜んでいるの。楓さんが亡くなってから7年。初めてなのよ?あの子が女の子を紹介してくれたのは」
私は、正直なんとも言えない複雑な気持ちにかられていた。
悲しい……?切ない……?
違う……。
なんだろう、この気持ちは。
アイツは私のことを好きだと言った。
でも……その気持ちは、楓さんへの想いには到底かなわない。
アイツが本当に好きな人は、もうこの世にはいない楓さん……なんだ。
なんだろう、胸がすごく苦しい………。
私がうつむいて胸をぎゅっと押さえていると、お母さんがそっと私の隣に座った。
そして優しく私の手に触れたんだ。
「あなた達はこれからだわ。春姫さん、あの子のそばにいてやってちょうだい。でも……。今のこの話を聞いて、正直戸惑ったかもしれないわね。だけどね。
こうして、竜のことを本当に気にかけて心配して来てくれたあなただったから。私は隠さずに話したの。
……信じてあげて。竜は、きっとあなたのことを大切にするわ。この前、竜とあなたが2人で来た時。とってもお似合いの2人だなぁ……って、私思ったの。明るい未来が見えた気がしたの。
あなた……とっても綺麗な目をしてる。真っ直ぐでキラキラしてて……。そんな春姫さんに、竜も惹かれたのね。あの子も最近イキイキしてとってもいい目をしてる。あなたのおかげよ。竜と出会ってくれて、どうもありがとう」
その、お母さんの優しい言葉とあたたかい手のぬくもりに。
私はなぜだか涙がこぼれてきたんだ。
自分でもわからない。
だけど……どうしようもなく涙が溢れてきたんだ。
そして、その時思ったの。
ああ。
アイツに会いたいなぁ……ってーーーーーー。
アイツの近くにいたい。
アイツを元気にしてあげたい。
アイツを笑顔にしてあげたい。
いちばんじゃなくてもいい……。
楓さんにかなわなくてもいい。
アイツのこと、まだ知らないこともたくさんあるけれど。
これからいっぱい知っていきたい。
一緒にお店をがんばっていきたい。
一緒に笑っていたい。
アイツといると、楽しいんだ。
アイツが笑ってると、なんだか嬉しくなるから。
なぜかと言うと……それはきっとたぶん。
私もアイツのことが好きだからーーーーーーーーー。
ポロポロこぼれ落ちる涙をおさえきれず、私はお母さんの胸で泣いた。
優しく私の背中をなでてくれるお母さんの手が、すごくあたたかった。




