やまとなでしこ。
月曜の昼下がり。
私は、ぼんやりと昨日のことを思い出していた。
お母さんから聞いた、谷崎の過去ーーーーーー。
……そんな悲しい過去があったなんて。
アイツ、これっぽっちもそんな素振り見せないから。
この店も、元々は楓さんの夢だったんだよね……。
私はゆっくりと店内を見回した。
「よっ。お疲れ!」
ドキ。
噂の本人が元気よく店に入ってきた。
「あ……お、お疲れ様です」
「なんだ?元気ないな。腹でも減ったか?」
私が昨日お母さんに会いに行ったことなんてつゆ知らず、谷崎はいつものように私をからかってくる。
「ち、違うよっ」
そなんなじゃないよ………。
そんな複雑な心の私をよそに、谷崎はカラカラと笑っている。
きっと誰が見ても、アイツにそんな悲しい過去があったなんて想像もつかないだろうな。
だって、こんなに元気で明るくて。
そしてすごく楽しそうに笑ってるからーーーーーー。
だけど……やっぱり心のどこかで無理してる部分もあったりするのかな……。
だって、忘れるわけないもんね。
忘れられないよね・・・ーーーーーーーーー。
谷崎、あんたすごいよ、えらいよ。
でも1人でがんばらないで。
私もあんたの力になりたい。
楓さんの代わりはできないけれど、少しでも谷崎の気持ちをあったかくしてあげたい。
楓さんと一緒に笑ってたあの頃のように、心から笑える谷崎になってもらいたい。
「どした?」
ぼんやり谷崎を見つめていた私を見てアイツが言った。
「……ううん。なんでもない」
私が笑うと。
「まぁな、目も前にいい男がいるからつい見とれちまうよな。わかるぞ。でも仕事中だ。集中集中」
ニヤッと笑う谷崎。
言い返しながらも、谷崎の笑顔を見ながら、私の中で静かにある決意が芽生えていた。
「ーーーー〝やまとなでしこ〟になるぅ⁉︎」
ユリが目をパチクリしながら私の顔を見る。
「うん。決めたの。私、やまとなでしこになる!!」
大きくうなずきながら、ぐびっとビールを飲む私。
と、突如。
「ギャハハハハハ」
ユリがお腹を抱えて爆笑し始めたではないか。
「ちょっと。私、真剣に言ってんだけど」
「だってだって!春姫が〝やまとなでしこ〟って!無理でしょ。めっちゃウケるっ」
涙まで流してゲラゲラ笑ってやんの。
「ユリー。笑い過ぎー」
私がふてくされていると、ユリが涙を拭きながら体勢を直してこっちを向いた。
「ごめんごめん。いやぁ、あまりにも突拍子のないこと言うからさ。ククク。おかしくって。で、どうしたの。なんでいきなりやまとなでしこなわけ?」
ようやく落ち着いたユリが、焼き鳥を手に取りながら私に聞いてきた。
「………やまとなでしこ、ってカンジの人だったんだって。その彼女……」
「……そっか。そうだったんだ」
私は静かにうなずいた。
仕事帰りにやってきた、いつもの居酒屋。
昨日の出来事や今の自分の気持ちをユリに聞いてほしくて、私からご飯に誘ったの。
「ーーー楓さん、だっけ。その、谷崎さんの亡くなっ彼女の名前」
「うん、楓さん……。名前も素敵だけど、中身も最高に素敵な人だったみたい」
私がうつむき気味でビールを飲んでいると、ユリが改めて背筋を伸ばして私の方を向いた。
「春姫。春姫の谷崎さんへの気持ちはよくわかった。谷崎さんも春姫のことがすごく好きなことも知ってる。だから、2人がうまくいくことに関しては私も大賛成。店も恋も、一緒に2人でがんばっていってほしいと思う。でもね……」
「でも……?」
「でも。春姫がやまとなでしこになる必要はないんじゃないの?」
「…………………」
「確かに、楓さんはやまとなでしこだったかもしれない。素敵な女性だったかもしれない。でも、楓さんは楓さん。春姫は春姫なんだよ?」
「………わかってる。どんなに私ががんばっても、楓さんみたくはなれないってことくらいは……」
「そういうことじゃなくて。春姫は、今の春姫だから
谷崎さんだって好きになったんだよ?」
「……違うんだよ、ユリ。アイツの胸の中にはさ、今もずっと楓さんがいるんだよ。私のことを『好き』って言ったのも、なんていうか、ちょっと変わった物珍しいものが目の前に現れて興味を持った……みたいなさ。うまく言えないけど、たぶんそんなカンジ。そんな気持ち、楓さんに対する『好き』の気持ちにはほど遠いんだよ」
「春姫……」
私は静かにジョッキを置いた。
「……あの店だって、元々楓さんが雑貨が大好きで、いつか雑貨のお店を開くのが夢で……。それで谷崎が楓さんのために、楓さんの夢を実現させたんだもん。
アイツね、時々なにかを思い出すような、遠くを見るような……そんな目で、静かにお店の中の雑貨達を眺めている時があるんだ。すごく愛おしそうに……」
そう、それはきっと。
雑貨達を通じて、楓さんを感じてるからーーー。
「だからね……。私もアイツが好きだった楓さんみたいな素敵な女の人になって。アイツのことを心から元気にしてあげたい、って思ったんだ」
笑っててほしい。
心からーーーー。
だから。
もうケンカもしない。
飛び蹴りも、4の字固めもしない。
楓さんのような女の子らしい女になるんだ。
「ーーーなるほどね。春姫もついに心底惚れる男……〝大男〟に出会ったってわけか」
ユリが静かにほほ笑みながら言った。
「で、いつから好きだって自覚したわけ?谷崎さんのこと」
「……そ、それは……なんていうか。気づいたらっていうか……」
改めて聞かれるとなんだか恥ずかしい。
「ま、私は予感してたけどねー。2人はきっとこうなるんじゃないかって。最初の出会いからの偶然の再会。これはもう、運命でしょ」
「いや、運命とかそんなんじゃないけど……」
「でも、春姫気になってたでしょ。最初から。谷崎さんーー〝大男〟のこと」
ニヤッとしながら私の顔を覗き込むユリ。
「そ、それはっ……」
そうーーーー。
あの日、ちらっと顔を合わせただけでいなくなってしまったアイツのことを、たぶん私は出会った瞬間から気になって。
そして、いつの間にか好きになってたんだ。
私の叫び声に応えてくれて、盗人3人組を取り押さえてくれたことのお礼を言いたくて気になってただけじゃない。
アイツ自身に、私はもう一度会いたい……そう思ったんだ。
強いけど優しい。
ちょっと口調は軽いけど、ホントはすごくがんばり屋。
一見するとちょっと強面だけど、ホントはとってもあったかい。
そんなアイツのことをもっと知りたい……そう思った私は、気がつくとアイツのお母さんに話を聞きに行っていた。
そして知ったの、自分の気持ちを。
どうしてこんなにアイツのことが気になるのか。
どうしてアイツの過去が気になるのか。
どうしてそこまで行動できるのか。
それは、アイツのことがすごく好きだからーーーー。
「で?春姫のそのお想いは、谷崎さんにはいつ伝えるの?」
「……今は、まだ言わない。っていうか、まだ言えない。もう少し自分がアイツにふさわしい女の人に近づけるまでーーー。それに、その前にやらなきゃいけないことがあるし」
「蘭ちゃんのこと?」
「うん。私、もう自分の気持ちがハッキリわかったからーーー。蘭太郎に会って、このことをきちんと話そうと思う」
「そうだね。これで蘭ちゃんもスッキリするでしょ。最初はちょっと落ち込むかもしれないけど。2人は幼なじみなんだし。仲いいんだし。ちゃんとわかってくれるよ。春姫のことも応援してくれると思う。また、今までどおりの蘭ちゃんと春姫に戻れるよ、きっと」
笑顔のユリ。
「うん……。そうだね。私、明日蘭太郎に会いに行ってくる」
私が大きくうなずくと。
「でもさー。言っちゃえばいいのに。谷崎さんに『私も好き』って。だって両想いなんだよー?春姫はいろいろ想うところもあるのかもしれないけど。谷崎さんは、ちゃんと春姫のことが好きだから。それは間違いない」
ユリがビシッと箸を向けた。
「ありがとう、ユリ」
「だからもっと自信持って。そしてジョッキも持って!」
ユリがジョッキを手に取った。
「春姫、いろいろがんばれ!カンパイ!」
カチン。
ジョッキの触れ合う音の中、私とユリは静かに笑い合った。




