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この季節はいつも窓から入り込む日差しで目が覚める。日差しによる邪魔さえなければ気のすむまで寝ていたいが、これだけまぶしければそうもいかない。じっと布団の上で横になっている方が苦痛になって、身体を起こす。ふと壁に掛けられた時計を見てみると、時間はまだ9時過ぎだ。今日はずいぶんと早く起きてしまったものだと思いつつ、タンスの中から取り出した服に着替える。
着替えを終えて、廊下を歩く。そこでふと思い出す。今日は月に一度の礼拝の日だった。途端に足取りが少しだけ重くなる。礼拝なんて、ただ退屈なだけのつまらない儀式だ。
「あら、おはようございます」
「ああ」
居間に着くと母親がいくつかの食器の乗ったお盆を持って立っていた。創が起きたことを察していたのか、ちょうど朝食を配膳しているところだった。お盆をテーブルに置いて、手際よく食器を配置していく。
「お待たせいたしました。どうぞ、召し上がってください」
目の前の食事の置かれた椅子に腰を下ろす。いつもであれば、そこで母親は奥の部屋へといなくなるが、今日はそうすることをせず、控えめにこちらを見つめていた。
煮え切らないその態度に嫌気がさして、苛立ちを隠すことをせずに問いかけた。
「どうしたんだよ」
「あの。申し訳ないのですが、食べ終わったら礼拝のお部屋までお願いします。お食事の間に準備をしておきますから」
「ああ、分かってるよ」
その返事を聞いた母親は、一度頭を下げてから、奥の部屋へと消えていく。こんな朝早くに親から声をかけられ、さらに礼拝のお願いまでされたのだから、普段であれば気分も悪くなるはずだった。だが、今日は違う。
昨日、優花とあんな話をしたせいだろうか。1年と半年後には自分も大人になっているのだと考えると、あまりぞんざいに扱える気にもなれなかった。
テーブルに置かれた朝食は、白米と焼き魚に卵焼き、そしてお味噌汁。代り映えのしないメニューだ。それをゆっくりと箸でつつく。食べ終わったところで礼拝の時間が待っているのだと考えると、ご飯の味も薄く感じてしまう。
やがて、普段よりも時間をかけて朝食を食べ終えて席を立つ。面倒くさく思いつつも、言われた通りに、いつも礼拝をおこなっている和室へと向かった。
この礼拝の決まりも、班行動の決まりや学校の決まりと並ぶ、3つのルールの1つに数えられる。月に一度、決められた日に親族で集まり、その家の子供たちへ信仰の気持ちを表すのだそうだ。儀式のための時間や内容に厳密な決まりはないようだが、そのほとんどは大人たちが床にひれ伏し続けるだけの内容だと聞いている。何の意味も利益もない、あまりにもくだらない儀式だ。
礼拝にかかる時間はおよそ10分。どうせ10分程度の我慢なら、わざわざ行かない理由もない。それに、たった3つのルールの、たった月に一度の儀式だ。おとなしく従っておいてやろう。そんな風に無理矢理に納得をするのも、毎月のことだ。
和室へと続くふすまを開いて中に入ると、部屋にはもうすでに両親と二組の祖父母が畳の上に正座の体勢で待っていた。創が部屋に入ってきたことを認めると、そのままの姿勢で深々と頭を下げた。
「おはようございます」
一斉にかけられた挨拶を聞き流しつつ、部屋の端にある座布団へと腰を下ろす。今からこの部屋で退屈な時間を過ごすのだと思うと、向かいの壁を見つめる目にも恨みがこもる。
座布団の上であぐらをかいて一息をつくと、目の前に膝をついて座っていた母親が顔を上げた。他の親族はまだ頭を下げた姿勢のままだ。
「お越しいただき、ありがとうございます。お手間を取らせてしまい申し訳ありませんが、我らの礼拝のため、少々お時間をくださいますよう、お願いいたします」
礼拝の時間は、いつもこの言葉から始まる。礼拝の時間が始まると、彼らはもともと低い頭の位置をさらに低くし、子供に対して全霊の経緯を払う。必死に頭を地面に擦り付けるような姿勢をして、その低くした頭の中で子供への祈りをささげているのだろう。
一度礼拝が始まってしまえば、終わりの時間を迎えるときまで、彼らが頭を上げることはない。礼拝の時間が続く間、眼前には何人ものひれ伏した大人が並んでいる。月に一度の見慣れた光景だ。
どういう理由か自分でもはっきりとは分からないが、創はこの光景があまり好きにはなれなかった。
子供に向けて、これでもかと言うくらいに身を低くする大人たち。彼らは信仰の対象である子供を見ると、いつも必ず頭を下げる。その信仰の気持ちを子供たちへ伝える行為、その極め付けがこの礼拝なのだと思う。
事実として、子供は特別な力を使うことができる神の使いであり、何も特別なことはできない大人よりも優れた存在である。だからこそ子供は大人たちの信仰の対象となり、こうして過剰なほどに崇拝されている。
けれど時々考える。誰もが認めるその事実は、本当に真実なのだろうかと。
何か理由があるわけでもない。だが、こうして大人たちがそろって頭を地面につけている光景には、何か大きな違和感がある。
その違和感の正体を言葉にすることは難しく、それが何を意味するのかも分からない。けれど歳を重ねて行くごとに、何かが間違っているという感覚が、まるで蜘蛛の巣でも張るかのように、胸のあたりに広がっていく。
胸をかき乱す言葉にすることのできない違和感。だからこそ創は、この礼拝の時間が好きになれなかった。
だが、この意見があまり共感を得られることはない。以前に竜司が、礼拝の時間が好きだと話していたことを思い出す。自分が相手の優位に立っている、それを改めて認識できる感覚が好きなのだと語っていた。他の大多数の子供達にしても同様で、実際に詳しい話を聞いたわけではないが、礼拝に関して悪いイメージを持っているものは、そう多くはないようだった。
時計のないこの部屋で、いったい何分の時が過ぎたのか。何度目になるのかも分からないあくびをかみ殺す。一向に変化のない目の前の光景が涙で滲んだ。いよいよ退屈に負けて目を閉じる。
目を閉じると、昨日の不安そうな表情を浮かべた優花の顔が思い浮かんだ。優花はもう、礼拝を済ませただろうか。座布団に座る優花と、それを目の前にしてひれ伏している優花の家族の姿を思い浮かべてみたが、その光景はあまりにもあり得ない。
優花の家ではきっと、礼拝の時間さえ和やかな時間が流れているのだろう。
それが幸せなことなのかはわからないが、優花には礼拝の時間でさえ笑っていて欲しかった。
祈りの時間は続く。両親も祖父母も皆、両手を床につけて、必死に姿勢を低くしながら祈りを捧げている。静かに目を閉ざしたその顔の奥で、彼らはいったい何を想っているのだろう。考えたところで、大人の頭の中なんて、まるで想像さえもつかなかった。
創は思考を諦めて、部屋の天井を眺める。頭の中を極力空っぽにして、ただ時間が過ぎるのを待った。
祈りの時間は続いていく。




