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革命の終わりから一夜が明けると、子供の町を囲んでいた塀の撤去が始まった。大量の男の大人たちがやってきては、子供が積み上げた岩を運んで塀を崩していく。大人たちの動きは相変わらず機敏で、塀はみるみるうちに姿を消していく。
町の中に大人たちが入り込んできているというのに、最後まで大人に対して抵抗をし続けた鴨居も、どういうわけかまるで姿を表そうとしない。これ以上の抵抗は無駄と悟ったのかは分からないが、それだけが少し気がかりだった。
そこからさらに一日が経つと、塀の撤去は終わり、いよいよ町は元どおりになった。大人エリアへと避難をしていた大人たちも皆、これまで暮らしていた家へと戻ってくることとなった。
創の両親もすぐに家へ帰ってくると、相変わらずご飯の支度や身の回りの世話を母がこなし、父は仕事へと出ていった。
革命の終わりから三日目の朝には、大人たちは当たり前のように町を歩き、革命が起こる前と変わらない生活を送っている。まるで、あの激しい革命がまるごとなかったかのように思えるほどだ。
聞いた話では、進藤は大人たちと取り決めをかわし、班制度や学校への登校義務、そして礼拝制度の三つの規則は、これまで通りに継続していくことを約束したようだった。
この革命の前と後で変わったことを探し出す方が難しいほどだ。果たして、この革命に意味はあったのだろうかと、そんなことを考える。
子供狩りが起こってから、大人たちの対応は完璧だった。無対抗を装って子供たちを調子付かせると、町から追い出されることで子供の暴力から逃れていく。そして、食料が尽きたことで子供たちが自らの無力を痛感し始めた、その瞬間に許しを請うた。
あと少し遅ければ子供たちはやけを起こし、あと少し早ければ大人を受け入れることはなかったかのような、まさに完璧なタイミングだった。
「結局、俺らのやったことって何か意味はあったのかな」
学校のいつもの空き教室で、頬杖をつきながら窓の外を眺めて言う。窓の向こうには、呑気に校庭で遊ぶ子供で溢れていた。
「意味だったらあるよ。創の行動によって助けられた人だってきっと大勢いる。私のお父さんやお母さんだってそうでしょ?」
聞かれるはずのない言葉が優花の口から聞こえて、思わず慌てたように優花の顔を見る。その慌て方が面白かったのか、思わずといった様子で優花は笑みをこぼす。
「バレてないと思ってた?」
「そりゃあな。いったい、いつから知ってたんだ?」
「さあね。そもそも、私は創のことだったらなんだって知ってるんだから」
おどけるようなその言葉に、これ以上は追求しない。全てが終わった今、今更そんなことを気にする必要もなかった。
「確かに。少なくとも誰か一人のためになれたのなら、それだけで行動を起こした甲斐はあったのかもな」
そう言うと、優花は満足そうに笑う。あの時の選択を後悔する日が訪れることはない。今はそれを確信できる。
「ねえ、創はもう大人を探らなくていいの?」
それは、やけに真面目な含みを持って響いた。思えば、大人へ興味が湧いて、大人エリアへと探索に行ったあの時から、めまぐるしく状況が変わって行ったような気がする。
そして、その時求めていた問いの答えなら、もう手に入れている。
「もう十分かな。知るべきことはたぶん全部知れたから。結局のところ、俺らは大人の手のひらの上だったってわけだ」
優花はその答えにすぐに応えることはぜず、優しい瞳で見つめている。
「うん。それが創の出した結論なら、私はそれを尊重するよ」
優花がそう言い終わる、ちょうどその瞬間だった。教室の扉が開かれる音がした。
教室の入り口の方を見ると、そこには涼子と竜司の姿があった。驚きに目を開いた後、どんな顔をすればいいのかわからなくなって目を逸らす。
「こんなところにいたんだ、結構探したよ」
なんでもないことのように涼子は言う。自らの口にした言葉の意味を分かっているのかと疑うほどに。
「いいのかよ、俺らなんかに会いに来て。他の奴らに見られたらまずいんじゃないのか?」
「いいんじゃねえの、別に。もう全部終わったことなんだから。気にしてねえよ、そんなこと」
代わりに答えたのは竜司だ。竜司もまた、まるで気にした風もなく言う。サッパリとした物言いが、今はありがたかった。
「ありがとう」
「勘違いするなよ。今でも俺は大人が嫌いだし、それを助けようとしたお前らの行為を許したわけじゃない」
「構わないよ。ただそれでも、俺たちもあの時の自分を悔いるつもりはないから」
隣ではそれに同調するように優花も力強く頷いた。それを見て、竜司がくすりと笑う。
「まったく、相変わらず頑固な奴らだな。まあ、それだからこそ張り合いがあるんだろうけどさ」
「頑固は井岡もだけどね。井岡の場合は、頑固と言うよりは意地っ張りかもしれないけど」
「桐谷は黙ってろ」
涼子の評はいつだって的確だ。この班の中で少しだけ浮いているように見える竜司も、根本にある部分では似た者同士なのかもしれない。
そこで一瞬の間ができると、竜司は視線をさ迷わせながら、芝居がかった口調で話題を切り替えた。
「そんなことより、聞いた話だと班制度も復活するんだろう?だから、結局何もかも元どおりってわけだ」
竜司は探るように言葉を選んでいることを感じる。いつもなら真っ直ぐな言葉で切り込んでくる竜司だが、今はやけに要領を得ない。
どんな言葉を返そうかと悩んでいると、もごもごとしながら続けた。
「つまりさ、町が元どおりになるんだったら、俺たちも元どおりでもいいんじゃねえのか?俺が言いたいのは、要はそういうことだ」
「いいのか?」
「いいも何も、革命の終わりってそういうことだろ?だから、またよろしく頼むよ」
竜司は珍しく素直にそんなことを言う。すこし面食らいながら、「ああ、よろしく」とどうにか返事をする。「うん、またよろしくね」と、優花も続く。
「じゃあ、俺はそれが言いたかっただけだから」
そう言うと竜司は軽く手をあげながら教室を去っていく。これ以上この場に引き止める理由はなく、その背中をただ見送った。
「まさか、あいつがこんなことを言うなんてな。もう一生口を聞いてくれないかと思ってたよ」
「井岡は井岡なりに悩んでてたんじゃないの。大人や、それに肩入れをする水野のことを目の敵にしたい気持ちと、同じ班の仲間を蔑ろにしたくない気持ちとが混ざり合ってるんじゃないかな」
頭の整理がつかずに戸惑う気持ちも無理はない。それだけのことが、この一ヶ月の間にありすぎた。それでもこうして再び同じ班のメンバーに戻れたことは、きっと奇跡のようなものなのだろう。
「ねえ、涼子ちゃんはこれからどうするの?また、私たちと一緒にいてくれるの?」
優花は不安そうに問うた。そんな優花に対して、涼子はなんて事もないように、あっさりと答える。
「当たり前でしょ、あの竜司だってああ言ってるんだから。別に私は、もともとあんたたちのしたことに反対してたわけじゃないし」
それだけ言うと涼子は、本を取り出して机の上に置く。その姿が懐かしくてなんとなく見ていると、ふと違和感を覚える。手元の本へ向けられた涼子の目は、本の表紙に視点が合わさっていない。
やがて、「ねえ」と言う声とともに視線を上げた。
「私の方こそ、二人と一緒にいていいのかな」
それは、やけに弱々しい声だった。初めて見るような涼子の弱気な姿に、思わず面食らう。
「なんだよ、突然。ダメなわけないだろ」
「私は一度、二人から離れたから。二人みたいに強い意志だって持ってない」
「なんだよそれ。大人を助けようとしなかったことを気にしてるんだとしたら、そんな必要ないって。なあ?」
「そうだよ。涼子ちゃんは涼子ちゃんでいい。私はすぐに感情的になっちゃうから、涼子ちゃんみたいに常に冷静でいてくれる人にも、そばにいて欲しい」
優花のその言葉にも、涼子はすぐには言葉を返そうとはしない。少しの間、静寂が教室中を包んだ。
やがて、観念するかのような顔で、涼子は口を開いた。
「敵わないな、優花には。この間までの革命のせいで、ちょっと自分が分からなくなってたんだ。私は二人みたいに何かに熱くもなれないし、他の子供たちみたいに頭を空っぽにして遊んでいるだけにもなれない。結局私は、いつも半端者なんだよ」
「半端者なんかじゃないよ、涼子ちゃんは」
「ありがと、そうだといいな」
逃げ隠れるようにして、再び涼子は本のページを開く。そんな壁を無視して、創は声をかけた。
「あと残り数ヶ月、最後までよろしくな」
普段は薄い目をわずかに見開いた涼子と目があった。涼子は照れたように目を逸らすと、そのまま小さく頷いた。
きっともう、何もかも元通りに戻ることはない。せめて今は、次に涼子が大人になるその時まで、今ある時間を大事にしようと、そう思えた。




