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少し走るとすぐに優花の元へ追いついた。町中の子供達は、大人が謝罪に来たということを聞いているのだろう。通りにはもう、ほとんど子供たちの姿は見当たらなかった。
この子供のための町に、外へ出るための門は存在しない。ようやく境界である塀までたどり着くと、何人もの子供がその塀を乗り越えているのが見えた。創と優花もそれに倣い、塀を乗り越えて町の外へ出る。
身長ほどの塀を飛び降りると、二人を出迎えたのは無数の人影だった。手前には創や優花のように、たった今来たばかりの子供達で溢れ、遠くには一〇〇を超えるほどの大人たちの集団が見える。大人たちは一人の男を先頭に、規則正しく長方形の列を形成している。
そして、その大人たちと向かい合うようにして、今日の午前に第二陣としてこの町を発った、一〇〇人規模の子供の集団が、無秩序に並び立っている。
彼らはざわめくようにして何かを喋り合っているが、大人たちは一切口を開こうとしない。こんな対立をずっと続けていたのだろうか。
そんな大人たちを見て、優花が突然驚きの声を上げる。
「あ、お母さん!お父さん!」
思わず走り出そうとする優花を手で制する。今はただ、この状況を静観する他にない。何もできない歯がゆさは、創の胸の中にもあった。
その時、ついに状況が動いた。ざわめきとともに進藤が集団の間から姿を現し、そのままゆっくりと大人たちの方へ向かっていく。子供達のざわめきはますます激しさを増す。誰もがこの時を待っていたのだろう。
大人の集団の先頭に立つ一人の男が、前へと出た。彼が大人たちの代表であることは明らかだ。進藤と男、二人の代表が向かい合う。
かろうじて彼らの声が聞こえるであろう位置まで移動すると、そこで一つのことに気づく。
「なあ、あの先頭に立っている大人って、前に大人エリアで会ったおかしな大人じゃないか?」
突然現れては創たちの顔を見定めるように眺めていたあの男の顔は、今でもしっかりと記憶に残っている。あのまとわりつくような目を、忘れるわけがなかった。
「本当だ。あの人、大人たちの中でも偉い人だったんだね」
いよいよ、その男が口を開く。
「あなたが子供たちの指導者の方ですか?」
「ああ、そうだよ。あんたが大人の代表だな?」
「はい、その通りです。本日は全大人を代表して、子供の皆さんとお話をさせていただきたく参りました」
「へえ、とりあえず聞こうじゃねえか」
探りを入れるような調子で進藤はそう言うと、男はそこで突然深く頭を下げた。唐突なそれに、進藤はたじろいだような様子を見せる。
「どうか子供の皆さんに謝罪をさせていただきたいのです。私たち大人が皆様に不快な思いをさせてしまったばかりに、このような結果を招いてしまいました」
一言一句はっきりと、男は確かな口調で語りかける。その言葉は決して大きな声で語られたものではなかったが、確かな形を持ってこの空間に響いた。
この男も木下と同じだと、創は感じた。言葉を操ることこそが、きっと彼らの生き方なのだろう。
「どうか、もう一度私たちにチャンスを与えてはくださらないでしょうか。あなたたちは我々にとって信仰の対象であり、我々の側にいてくださらなくてはならない存在だったのです」
それは嘘だ。大人にとって子供など、どうと言うことのないくだらない存在にすぎないはずだ。そのはずなのに、どうして大人はこんなにも必死に子供に擦り寄る真似をするのだろう。それだけが、どうしても分からなかった。
大人たちの代表の男は直立する姿勢のまま、真剣な瞳で進藤の目をじっと見つめ続ける。進藤はその視線を躱しながら、値踏みするような目で男を見る。
きっと、お互いがお互いを試している。
「その気になれば、俺たちは一分かそこらでお前らを全員潰せる。それが分かっていて、おまえは俺たちに関係の修復を求めにきたんだな」
「はい。その力が故に、私たちはあなたたちを敬い、尊ぶのです」
進藤は疑るような態度を崩さない。すぐに答えを返すことはせず、悩むようなそぶりを見せる。
もはやこの世界は、子供達だけでは生きられない。男からの提案を受け入れるしか選択肢がないことは明らかで、進藤はそれを理解しているはずだ。けれど、すぐに大人からの提案を受けようとしないのは、子供としての最後のプライドだろうか。
やがて覚悟を固めたのか、大きな息を吐きながら進藤は答えを出した。
「いいよ、その提案受けてやる。もう一度この場所におまえらも住まわせてやるよ」
進藤の口からは滑るように偉そうな言葉が溢れ出る。創にはそれが、虚勢のようにしか見えなかった。小さく縮こまるようにして頭を下げる大人と、威張るような態度でそれを見下している子供。その光景はあまりにもいびつで、まるでこの世界そのもののようだった。
「ただし、おまえら大人は全員俺たち子供の奴隷だ。その立場だけは、絶対に忘れるんじゃねえぞ」
「はい、もちろん心得ております。もう二度とみなさんに愛想を尽かされてしまわぬよう、銘肝いたします」
「約束だからな。もしもおまえらが立場をわきまえないような態度をとったときは、また同じことが起こるからな」
「はい。寛大な処遇に感謝いたします」
もう一度、男は深々と頭を下げた。そんなことはどうでも良さそうに、その頭を見下ろしながら進藤は言う。
「とりあえず、飯をくれよ、飯を。みんなもう腹ペコなんだ」
「かしこまりました」
男が後ろを振り向いて何か言うと、大人たちはせわしなく動き始める。あれよあれよと食事の用意が整えられて行く。わずかもないうちに準備が整うと、大人たちは配給を開始する。久しぶりの食事にありつけた子供たちは、誰もが喜びの声をあげて騒いでいた。
そんな様子を尻目に見て、男と進藤は何かを話し始める。久しぶりの食事に歓喜する子供たちの声で会話の内容までは聞こえなかったが、何か重要な話をしていることだけはわかった。
鴨居による大人狩りから始まったこの革命は、いよいよ終わりの時を迎えていた。
あれほど島全体を混乱に陥れた革命も、終わりのときはあっけない。何でも、終わりというものは、意外にもあっけないものなのかもしれない。
辺りに鳴り響くのは、子供たちの騒ぎ声。機械的に子供達に食事を渡していく大人と、それをむさぼる子供達。両者が生み出すコントラストを、創は表情のない目で見つめ続ける。
革命の終わりの光景に、これといった感慨が湧き上がることはなかった。




