表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由の島  作者: 琴羽
第4章 反抗
33/43

4-9

 学校まで着くと、もはや周りからの冷たい視線にも慣れたものだった。どれだけ冷ややかな視線を浴びせられようとも、それを気にすることもなく進み続ける。けれど、慣れたことを差し引いても、今日の視線はやけに少ないように感じられた。

 校舎の中に入ると、優花が居そうな教室をドアの小窓からのぞいて確認をしていく。そんなことを繰り返して、三つ目の教室に優花の姿はあった。中へと入って少し進むと、創の存在に優花が気づく。

「おはよう」

「おはよう。悪い、遅くなった」

「ううん、実は私も一時間前くらいに来たばっかりだから」

「珍しいな」

 それでも一時間も待たせてしまった事実に苦笑する。本当に、いつも優花のことを待たせてばかりだ。

 明かりの下で改めて姿を見ると、肌に刻まれた傷の多さに気付かされる。昨日は傷の程度まで確認する余裕もなかったが、その傷の一つ一つはどれも深く刻まれている。目に見える傷だけじゃない、明るく振る舞う優花の顔には、隠しきれない疲労の色が滲み出ている。自分たちの行動によって、何か事態が好転してる感覚だってまるでない。お互いに限界が近いことは分かっていた。

「今日はどうするの?元を叩くっていう話だったと思うけど」

「ああ。このままちまちまと救出活動を続けていても仕方ない。この大人狩りの元凶、鴨居を叩くぞ」

「うん、わかった。私もそれがいいと思う」

 そう言う優花の目には、まだ強い力が込められている。

「とは言っても、 鴨居ってどこにいるのかな?何度か見かけたことのある顔だったけど、たぶんうちの学校だよね?」

「ああ、たぶんな」

「でもうちの学校だったとして、どうしよう。授業なんて出てないし、聞き込みをしたって、私たちが相手じゃあ誰も答えてくれないだろうし……今更だけど、最初に会ったあの時が絶好の機会だったのかもね」

 それを聞きながら、創は何気なく窓から校庭の様子を見る。特に意味も無くとった行動だったが、そうしていると、今朝校庭を歩いている時に覚えた違和感の正体に気づいた。

「なあ優花。今日の学校、やけに子供が少なくないか?大人狩りに出ている子供が多いのも分かるけど、それにしたって昨日や一昨日はもう少しいたぞ」

 優花も身を乗り出して校庭を見る。

「本当だ。でも私が来たときはもう少しいたよ?みんなしてどこかに行ったっていうこと?」

 優花が学校に着いたのはほんの一時間くらい前だと言っていた。たった一時間で目に見えて子供の数が減ったと言うのなら、それだけの理由がそこにはあったと言うことだ。そして、それだけの理由となり得るものを、創は一つしか知らない。

「鴨居だ。きっと鴨居が何かしらの招集をかけたんだ」

「招集って?」

「わからない。けど、あれだけの人数を扇動しているんだ。きっと何かしら、子供たちを集めて意思を伝える場はあるはずだ」

 あくまでもそれは憶測に過ぎない。けれど、もしも本当にそう言う場所があるのなら好都合だ。

「行こう。大勢で集まってくれているなら探しやすい」

「うん!それだけの数が集まるって言うことは、きっとそれなりの広さがあるところだよね。創はどこか心当たりある?」

「どうだろう。いるとすれば大きな公園のどこかだと思うけど。とりあえずめぼしい公園を片っ端から見て回るか?」

「うん、賛成。そうしよう」

 力強く、優花は頷いた。それを合図にするように、創は勢いよく椅子から立ち上がる。鴨居の元へと集まる子供達と、そしてその中央に立つ鴨居本人を目指して、創は優花と学校を飛び出した。

 一晩休んだおかげか、不思議なほどに身体が軽い。両脚に力を込めて、飛ぶようにして駆けていった。

 昼の町の中を駆けつつも、鴨居の所在へとつながる手がかりを探して、辺りの様子を注意深く観察する。けれど、どれだけ町を駆けても、その目が何かを捉えることはない。町があまりにも静かで、閑散としていた。

 大人も子供もまるで見当たらない。何の喧騒さえなく、一種の不気味ささえ覚える。こんなにも静まり返った昼の町を見るのは初めてだ。まるで今は本当は夜なのに、太陽が勘違いをして出てきてしまったような、そんな光景にさえ見える。

 この町にはいくつかの公園があるが、それなりに大きさのあるものとなると、片手で数えられるほどの数しかない。このペースで進んでいけば、その全ての公園を見て回るのにそれほど時間はかからない。まず一つ目の公園を覗いて、わずかも子供の姿がないことを確認すると、二つ目の公園に向かう。その途中、前方を二人の子供が駆けていくのが見えた。

 はしゃぐようにして走る子供の姿に既視感を覚える。前に、鴨居を見たのだと言ってはしゃぐ子供がいたが、あの時と全く同じような様子だった。

「追いかけよう」

 見失わないように慌てて二人を追いかけてみるが、その必要がないことにすぐに気づく。彼らの走るこの通りの先には、一つの大きな公園がある。彼らの進む先は、間違いなくその場所へと向いていた。

 そのまま公園の方を目指して進んでいると、突然声が聞こえた。それはまるで地鳴りようで、声に声を塗り重ねたような凄まじい歓声だった。

 この先に鴨居がいる。それを思うと、気持ちが昂ぶっていき、公園を目指す足もますます速度を増していく。そして、公園の付近までたどり着くと、速度を殺して目立たないようにして中に入った。

 この公園は町の公園の中でも特に面積が広く、見晴らしがいい。けれど今は、そのほぼ全ての敷地が子供達で埋め尽くされ、わずか先も見えはしない。



 そんな無数の子供たちに囲まれるようにして、何か舞台のようなものが設置してあるのがかろうじて見えた。そしてちょうど今、その舞台に鴨居が上がろうとしている。どうやら今から集会が始まるようだ。鴨居の姿が視界に現れると同時に、周りの子供たちは沸き立った。

「鴨居ー!!」

「鴨居!」

 彼らが叫び出すと同時に、辺りの温度が急激に上がったようにさえ感じた。そんな錯覚を覚えてしまうほどに、この空間は熱気と興奮に包まれている。彼らの叫ぶ声に紛れるようにして、優花が訊いた。

「どうするの?いくらなんでもここを狙うのは無理があるよ」

「もう少し様子を見よう。せっかくのチャンスなんだから、できるだけ慎重に行こう」

 優花の言う通り、今ここで鴨居を狙っても、彼を取り囲む周りの子供から袋叩きにされるのは目に見えている。創は壇上に立つ鴨居を睨む。

 舞台の上に一人で立つ鴨居は、これほどの異質な空気の中にいても、浮き足立つこともなく、堂々と君臨している。自信に満ちた瞳で、自身の周りを取り囲む子供達の姿を、ぐるりと見渡した。

 これから鴨居が言葉を語る、その雰囲気を察して周りの子供達は歓声を止めた。鴨居はわずかに息を吸い込み、そして口を開いた。

「みなさん。今日は急な招集にもかかわらず、集まってくれてありがとう。こんなにもたくさん集まってくれてうれしい限りだ」

 言葉が途切れると、そこでまた歓声が響く。最初に鴨居が現れた時にも劣らない、激しく力強い叫び声だ。鴨居の言葉の影響力はこれほどまでに強いのだと、その現実を改めて突きつけられた。

 歓声が落ち着くのを待って、鴨居は続けた。

「みんなもその場から周りを見回して見てほしい。これだけの数の子供たちが集まってくれたという事実こそが、みんなの気持ちが一つだということを証明していると思う」

 鴨居の演説はそんな語り口から始まった。促されるままに子供達は辺りを見渡すと、改めて仲間の多さを感じたのか、ますます目をギラつかせる。たったこれだけの言葉で、鴨居はこの場にいるすべての子供の心を掴んでいた。

「ほんの三日ほど前から、この世界に革命を起こすべく、みんなには大人狩りを行ってもらっている。そのみんなの熱心な活動のおかげで、偉そうに町を跋扈する大人の数もずいぶんと少なくなった。

 たった三日、たった三日だ。それだけの短い期間でこれほどの成果を上げているのだから、やはり僕たち子供は特別な存在で、大人のような矮小な存在とはかけ離れている」

 壇上で鴨居は持論を語り続ける。あまりにも身勝手なその言葉にも、子供達は熱心にうなずいて見せている。

 結局、これが現実なのだろう。今この場に集まっている子供達がこの島の子供の何割なのかは分からないが、無視をできる数でないことは明らかだ。それだけの子供が鴨居の思想に同意して、鴨居の言葉に雄叫びをあげている。それだけが、今ここにある現実だった。

 ますます鴨居の語り口は熱を増していき、演説は次第に終わりへと向かう雰囲気を醸し出し始める。周りを取り囲む無数の観衆も今は叫ぶことをやめて、語られる言葉にじっと耳を傾けている。

「このままこの活動を続けていけば、間違いなく大人たちは今以上に僕たちを恐れ、よりよい世界へと変わるだろう。確かにこれは、僕たちの目指すべき理想の姿の一つだ」

 そこで鴨居は一瞬の間を作った。そして、不意に口調を強め、叫ぶようにして言葉を放つ。

「だがしかし、僕たちの革命はこんなものでいいのか?大人をいたぶって、身の程をわからせて……僕らは特別なのだ!大人たちにはない、特別な力を持っている!決定的に異なる存在である僕たちが、なぜ大人たちのような下等な存在と同じ空間で生活をしている?その根本からして間違っていると思わないだろうか!」

 今度の鴨居の言葉は、観衆たちにとっても予想外だったのだろう。歓声ともどよめきとも取れる声が、あちこちで上がっている。ただの大人狩りなんかではない。鴨居の目はもっと先のことまで見据えていた。

 決定的に何かが変わるような、嫌な予感がこみ上げた。

「だからこそ、僕たちには僕たちのためだけの世界が必要だ!大人たちを始め、他の何からも干渉をされない、完全な世界を作る。その第一歩を、僕は今日この場所から踏み出したい」

 そこで鴨居は再び間を作る。ほんの一瞬だけ、辺りを静寂が包む。

 ーーそして、鴨居は叫んだ。

「今をもって、この広場は僕たち子供だけの世界だ!この公園を起点として、大人という存在を完全に排除した、子供だけの街を設立することを、今ここに宣言する!!」

 そう、高らかに宣言した。

 その言葉の意味を理解するのに、誰もが一瞬の時間を要したのだろう。広場全体が息を飲んだ。

 わずかな静寂が辺りを包んだ後、それを引き裂くかのように、途端に観衆が沸いた。それは、彼らが今までにあげた歓声の中で、一番の声だった。

 熱狂し、陶酔し、彼らは鴨居の名を叫ぶ。

「鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!鴨居!」

 その声は途切れることもなく響く。創も優花もその中にあって、何をすることもできずに立ち尽くす。子供達はもう、どうしようもないところで来ている。鴨居の求心力は想像をはるかに超えていた。

「どうしよう。子供だけの町って、本気なのかな」

 優花の言葉には隠しきれない不安が滲んでいる。優花らしくない、ひどく弱気な口調だった。

「わからない。けど、あいつなら本気でやるつもりだと思う。あれはきっと、そういうタイプの奴だ」

 創だって鴨居の人となりを理解しているわけでもないし、そもそも彼の存在を知ったのだってほんの数日前のことだ。けれどそれでも、彼と言う人物を理解するには十分な期間だった。彼の目指す理想は、創や優花、そして今日ここに集まった子供達ですら想像できないほど遥か高みにある。

 鴨居コールは鳴り止まない。今日この場で鴨居を討つという目標は、どうやら果たせそうにもない。

 やがて観衆の声が静まったかと思えば、再び鴨居による演説が始まった。今度はもっと具体的な、今後の活動内容についての話だった。大それた計画であるにもかかわらず、まるで容易いことのように彼は語る。そうやって今までも、これほどの数の子供たちを導いて来たのだろう。

 もう止められない。もはや創や優花の存在は鴨居の眼中にはなくて、これは争いですらないのかもしれない。創と鴨居との間にある距離は、きっと一〇〇メートルかそこらで、けれど両者の間にある距離は、そんな数字以上のものだった。

 そこから小一時間ほどが経って、ようやく集会は終わりを告げた。その最後の最後の瞬間まで、何をすることもできずに、ただ立ち尽くすばかりだった。

 鴨居が演説を終えて壇を降りると、子供たちは三々五々に散っていく。彼らはこのまま町に出て、大人たちを襲いに行くのだ。その事実を分かっていながら、彼らを止めることなどできはしない。これだけの数の子供を相手にするなんて、出来るわけがなかった。

 子供達が散っていくこの混乱に乗じることができれば、気づかれることなく鴨居を討てるかもしれない。そこにわずかな希望を見出して、二人は人混みをかき分けながら鴨居の姿を探し始める。

 しかし、公園を後にする子供たちの波に阻まれて、まともに前にも進めない。下手に激しく動いては、余計な注目を集めてしまい、ますます動くことが困難になる。うつむくような体勢でなるべく顔を見られないようにして探し続けたが、そんな体勢では満足に辺りを見渡すことも不可能だ。

 しばらくして、公園からほとんどの子供がいなくなり、ようやく視界が開ける。その時にはもう、そこに鴨居の姿はなかった。

 広い公園の真ん中で、創は優花と二人立ち尽くす。

 鴨居を叩くことで子供達の連帯を壊す作戦は、失敗に終わった。鴨居の前に立つこともできず、こんなところまで来てみても、ただどうしようもない現実を突きつけられただけだった。

 これからも鴨居の目指す革命は続く。その激しさはますます増していき、この町を超えて島中を飲み込んでいくだろう。その先にどんな世界が待つのか、それはあまりにも想像に難かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ