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自由の島  作者: 琴羽
第4章 反抗
31/43

4-7

学校を出て、町の中を歩けば歩くほど、町の惨状が見えて来る。今朝の静けさが嘘であったかのように、町は惨劇であふれていた。

地面にうずくまり、痛みに耐えるような声を漏らす大人もいれば、完全に意識を失ってしまった者もいる。はたまた、怪我を負った本人がいなくても、壁に飛散した血痕が残って、ここで起こっていたはずの惨劇をほのめかす後継もあった。

大人たちがこぞって家を出る昼下がり、子供達がこの時間に狙いを定めているのは明らかだった。創は優花と二人で被害にあった大人の救出を続けたが、この行為に果たして終わりはあるのか、そんな疑念がつきまとった。

誰かを助けてる間に、また別の誰かが犠牲になる。そして、その誰かを助けに向かえば、その裏でもっとたくさんの大人が被害にあう。

一日の間に被害にあう大人の数を、どれだけ楽観的に見積もってみたところで、たった二人で救える数を超えているのは火を見るよりも明らかだ。

優花ならそんなことは分かっているはずで、それでも決して弱音の一つも吐くことをせず、ひたすらに目の前の大人たちを救い続けた。

頭から血を流す大人がいれば傷口を包帯で塞ぎ、気を失っている大人がいれば人目のつかない安全な場所まで運ぶ。

無駄な時間や労力を割かないように、他の子供との対立はなるべく避けて進んだ。今ここで自分たちが動けなくなって仕舞えば、大人を救えるものがいなくなる。逸る気持ちを抑えるために、自分自身に言い聞かせる。

だが、一切の衝突なく大人を助けていくことなんて不可能で、実際に大人が襲われている現場を見かけたときは、不意をついて相手の子供を黙らせた。一撃で意識を奪えれば問題はないが、仕留め損ねた時や先に気づかれたときは正面からの戦闘になった。そんなことを繰り返して、やがて創も優花も全身に傷を蓄えていた。

このままでは、先にこっちが限界を迎えてしまう。恐れていた事態になっているのは明らかだった。それでもなお先へ進もうとする優花の腕を掴む。

「少し休憩していこう。この塀の影なら、見つかることはないだろうさ」

優花は一瞬だけ迷うそぶりを見せて、「うん。分かった」と、しぶしぶ承諾をした。本意ではない休息だとしても、今は結果的に身体が休まるのならそれでいい。人の住む気配のない家を囲む塀の裏に隠れて、その塀に背中をもたれた。

争いの中でできた傷が、今になって痛みを訴える。痛みに目を細めると、それに気づいた優花が心配そうな声をあげた。

「大丈夫?ごめんね、無理させちゃってるよね」

「平気平気。優花には遠く及ばないけど、俺だって力を使うのは得意な方だし。ただ単純に、ちょっと体力的に疲れただけ」

強がって、明るい声を作って返す。力を使うのが得意だというのも事実だと思うし、何人もの子供を相手にして、よくやれていると思う。ただ、体力的に疲れているというも、また事実だった。

「ごめんね、私が一人で突っ走しっちゃったばっかりに。焦ったらダメだって、分かってるはずなんだけどな」

優花は塀にもたれかかった体勢で、雲の広がる空を見上げながら、自戒するように漏らす。そんな優花の頬に、雫が一つ落ちた。

「あ、雨」

優花のその声が聞こえると同時に、露出された創の腕にも雫が落ちた。それに続くようにして、無数の雨粒が降り注ぐ。一つ一つの粒はそれほど大きくはないが、それでも身体を冷やすには十分だった。

屋根のある場所へ移動しようかと考えた、ちょうどその時だった。空を裂くような女性の悲鳴が耳に届いた。それは大人の声であることは間違いないが、まだ若さの残る声にも聞こえた。

優花と顔を見合わせる。お互いに小さくうなずくと、声のした方へ向かって走り出す。一歩足を踏みしめるたびに傷が痛んだが、今は気づかないふりをした。

少し走ると、すぐに声が聞こえてきた。今度は子供の男の声で、とても興奮している様子が伺えた。言葉は滅裂で、なんと言っているのかはほとんど聞き取れなかったが、今何が起きているのかは容易に想像できた。

この角を曲がった先に彼らがいる。影から向こうの様子を伺うと、そこに広がっていた光景はおよそ予想通りのものだった。三人の男の子供が、まだ若い一人の女性を輪姦していた。女性は泣き叫んで抵抗をしているが、力のない彼女のその行為に意味はなく、却って子供達の嗜虐心を刺激してるだけのようにも見えた。

大人の女性が子供の男に襲われている光景自体は、まったく見ないものではないが、今回はあまりにも度が過ぎている。汗と涙で彼女の顔はぐちゃぐちゃになり、覆うものがなくなった身体には、無数の傷が刻まれている。

降り注ぐ雨も目に入らないほどに、子供たちの興奮は最高潮に達しているように見えた。

一人の子供が彼女の髪の毛を無造作に掴み上げ、何か言葉を口にした。それを聞いた彼女は、怯えた顔で何度かうなずく。子供は自らの性器を彼女の口の中へと押し込むと、髪を掴んだままに、欲望のまま彼女の頭を操った。

性欲という狂気の混ざった感情に支配された子供達は感情の制御を失い、今までに見たどの現場よりも悲惨な光景を生み出していた。こんなものを見せられて、見過ごすことなんて、できるはずがなかった。

「ねえ、ここは一度二手に分かれない?もし見つかったとしても、お互いに助けられると思うから」

「ああ、そうだな。今のあいつらは相当盲目になってるとは思うが、念には念を入れておくか」

優花の提案を受けて、創は移動を開始する。できるだけ急いで、それでいて隠密に、子供たちの後ろを取るように道を回り込む。さっきまでいた場所のちょうど反対側の道までたどり着くと、今もなお行為を続ける子供達を睨む。彼らはこちらに気づくことも、周りを気にすることもなく、ひたすら快楽に溺れている。

雨は勢いを増し、地面を打ち付ける雨音がうるさいくらいだ。それを鬱陶しく思いながらも、道路の向かいで待機している優花に、いつでも大丈夫だと合図を送る。優花がそれにうなずいたのを見て、創は一気に攻撃を仕掛けた。

人の上背ほどの大きさを持つ、巨大な鉄球をイメージする。それを頭の中で、勢いよく放った。

不意を突かれた子供達の身体はなす術もなく吹き飛んで、そのまま意識を失ったり、戦意を無くして敗走をしたりする。そんな光景が、ほんの数秒後のこの場所では広がっているはずだった。

だが、鉄球を身体に受けた子供達は、吹き飛んで意識を失うことはおろか、わずかに身体をよろけさせるだけだった。疲労による集中力の欠如が原因か、頭の中に生み出した鉄球のイメージはあまりにも脆く、現実のものである子供の身体とぶつかったことで、あっけなく砕け散っていった。

こちらの存在に気づいた彼らが、怒りに満ちた眼差しで創をにらんだ。こうなってしまってはもはや小細工は通用しない。覚悟を決めて正面から応戦する他に、手は残されていなかった。

血相を変えてこちらに向かってくる三人の子供に、通りの向こうから優花は攻撃を放つ。何をイメージして彼らにぶつけようとしたのかは分からないが、それを受けても彼らの身体はわずかにぐらつくだけで、動きが止まることはない。あっという間に距離を詰められてしまい、そこから先はただの殴り合いになった。

もはや今の状況も、自分の身体の感覚すら分からなくて、ただ無我夢中で相手を殴り続けた。指の先の皮膚が剥け、血が流れる。渾身の力で身体を強打されるたび、肺から空気が溢れ出る。

それでもどうにか痛みに耐えて、彼ら三人が抵抗を止めるその時まで、創は膝をつくこともせず立ち続けた。

同じようにして隣に立つ優花に目を向ける。髪は乱れ皮膚は裂け、衣服は痛んでいる。きっと今の自分を鏡で見たらこんな姿をしているのだろう。ひとりの女性を助けるために払った代償は、あまりにも大きかった。

「そうだ、あの人は……」

もはや助ける対象である女性の行方さえ、気にかけることを忘れていた。慌てて、さっきまで女性のいた場所へと目を向けた。

しかし、そこにはもう女性の姿はない。付近へと視線を移し見渡してみるが、目の届く範囲に女性の姿はどこにもなかった。

子供同士で勝手に潰し合いを始めた様子を見れば、女性がこの場から逃げていくことなど、考えてみれば当たり前の話だ。別に感謝の言葉が欲しくてこの活動を続けているわけではない。けれど、助けたはずの相手が気づきもしないうちにいなくなっているというのは、精神的に参るものがあった。

そんな時、優花がポツリと呟いた。

「無事に逃げてくれたのならいいね」

「ああ、そうだな」、そんな言葉を返すので精一杯だった。

打ち付ける雨が全身を濡らし、肌に張り付く衣服が身体から熱を奪っていく。身体は冷えているはずなのに、頭だけがやけに熱い。

もはやこれ以上動く気力も、何かを考える頭もない。痛みと疲労から早く解放されたい。今すぐ家の布団で横になりたい。頭に浮かぶのはそんなことばかりだ。

限界を迎えているのは明らかだった。

「今日はもう帰ろう」

そうつぶやくと、隣で優花が小さく頷く。それを確認すると、創は自らの家の方へと歩き出す。ただまっすぐに歩くことさえ、今はひどく重労働に思えた。

創の一歩後ろを歩いて、優花はついてくる。お互いに言葉を交わすことをせず、ただひたすらに歩くことに集中をする。時折近くを通る子供の気配に怯えながら、誰にも姿を見られないようにと、隠れるように道の端を歩いた。

大人狩りを止めるために動き出してから、今日でまだ二日目だ。それなのにもう、心も身体もこれほどの疲労を抱えている。それほどの代償を払ったにも関わらず、手にしたものは多くない。子供に襲われていた大人を何人か助けはしたが、それは所詮その場しのぎの解決でしかない。鴨居という扇動者がいる限り、子どもこそが絶対であるという思想が消えない限り、この惨劇はどこまでも続いていく。何かを変えなければいけないことは分かっていた。

薄れた意識の中で、まだ微かに残った決意を絞り出した。

「優花、明日は大元を叩こう」

鴨居廉を潰す。それだけですべてが解決をするかは分からない。けれど、それだけが唯一残された逆転への道だった。

創の言葉に、優花は力強く頷く。まだ心は死んでなんかいなかった。

やがて、それぞれの家へと続く分かれ道へとたどり着く。それほど遠いところまで行ってはいなかったが、思うままに動いてくれない足のせいで、ずいぶんな時間を要してしまった。「それじゃあ、また明日」とだけ別れの挨拶を交わして、創は自らの家へと続く最後の直線を歩いた。



家のドアを開けて玄関で靴を脱ぐ。たったそれだけの短い行為の中で、言葉には形容できない、わずかな違和感を覚えた。

違和感を拭えないままに、家の奥へと進んでいく。その違和感の正体はすぐに分かった。いつもなら創を出迎える母の気配がない。

やがて、それは創の目に飛び込んだ。

額からは血を流し、キッチンにもたれるようにして気を失っている母の姿が、そこにはあった。

それを見ても、別段驚きや衝撃はなかった。

ああ、今日のご飯はどうしようかなぁ。

頭に浮かぶのはそんなことばかりで、自分が今何をすべきかなんて、まるで考えることもできなかった。思考を放棄した創は、倒れた母親をそのままに、自分の部屋へ逃げるように歩いていく。部屋の中に入ると、汚れた服も気にせずに布団の上へと倒れ込んだ。

もう身体を動かす体力も、何か考える気力もない。

後のことは全部、また明日考えればいい。

面倒ごとはすべて明日の自分へと押し付けて、創はそのまま目を閉じた。


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