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自由の島  作者: 琴羽
第4章 反抗
25/43

4-1

 目が覚めたのは、ずいぶんと太陽が高くに登ってからのことだった。部屋に射し込む太陽の角度から、もうずいぶんと遅い時間なのは分かっていたが、すぐに起き上がる気にもなれずに、じっと天井を見上げている。このまま二度目の眠りへと落ちていくことを望みつつも、そんな願いとは裏腹に、再び眠気が訪れることはなかった。

 眠気もない状態で布団の中に居続けることは苦痛を伴う。仕方なしに立ち上がり、頼りない足で居間へと向かった。

 テーブルの上に用意されていた朝食を食べ、それを終えると再び自室へ向かう。途中、両親と顔を合わせることを恐れたが、結局出くわすことはなく杞憂に終わった。

 部屋に戻ると、途端にひどい倦怠感に襲われた。このまま身支度を進めて学校に行く、ただそれだけのことがひどく億劫だった。今日はこのまま家にいようか、そんな考えが頭をよぎる。

 −−優花が待ってる。

 ただそれだけの理由が、どうにか創の錆びた身体を突き動かした。重い腰を上げて、身支度を始める。いつも以上に気乗りはしないが、どうにか自分を鼓舞しながら準備を進めていく。やがて、普段の倍近い時間をかけて身支度を整えると、家を出た。

 昨日はあれだけ疲れたのに、なんだって今日も学校に行かなければいけないのだろう。そんなことを考えていると、ふと昨日の夜の出来事が思い出されて胸が痛んだ。

 学校に行っても、そこにはもう修也はいない。

 そうやって一人で歩いているからだろうか、今日はやけに街が騒がしい。辺りからは喧騒が響く。きっとどこかで子供が遊んでいるのだろうと、気にも止めずに学校へ向かった。

 やがて学校の入り口までたどり着くと、校庭を通り越して校舎の方へと向かう。大会の翌日だと言うのに、子供たちは変わらずににぎやかだ。昨日の大会がまるで遠い過去の出来事のように思えてしまうが、あちこちで聞こえて来る会話の内容のほとんどが大会に関する話題であり、まだ昨日のことなのだと思い知る。

 大会について話す彼らがこぞって話題に上げているのが、準決勝まで勝ち進んだこの学校のとある班の戦いぶりについてだった。偉そうに戦い方を批評するようなものもあれば、彼ら個人のエピソードが話題に上がることもあった。

 玄関を上がり、学校の校舎の中に入る。すると、すぐに愉快そうな声が聞こえて来た。それは入口のすぐ近くにある教室から聞こえる。この教室が講義で使われることはなく、空き教室であるそこは子供達の居場所として利用されている。当然教室の扉は閉まっているが、高笑いする子供達の声が扉を突き抜けて聞こえてくる。その会話の内容に思わず足を止めた。

「それにしても、昨日の周吾たちはこっけいだったなぁ!」

 さぞ愉快そうに、嘲笑う声。聞き覚えのあるこの声は、おそらく高坂のものだ。

「ああ、あれは本当に傑作だったな。”あいつらの無様に負ける様を見せてやりたい”って、おまえらの方が無様にやられてんじゃねえか!」

「わかるわかる。今の周吾たちに、昨日のそのセリフを聞かせてやりたいよね」

 彼らがいやらしい笑みを浮かべながらそんな話をしているのが、ドア越しにも容易に想像できた。周吾と高坂が二人で話をしているところは何度か見かけたこともあったし、決して仲が悪いという印象を受けたことはない。けれど、話のネタとなるようなことがあれば、友人だあろうが平気で貶す。同情なんてしないけれど、残酷だなと思う。

「そういえば、今日はあいつら見かけないね」

「そりゃあ、あれだけの醜態を晒しておいて、平気な顔して来れるわけないだろ。俺だったらまず無理だね」

 こんなもの、いつまでも聞いていたってしょうがない。いつもの空き教室を目指して歩き始めた。

 教室の中に入ると、そこにはいつも通りの光景があった。退屈そうに本を読む涼子と、窓から覗く校庭で遊ぶ子供の姿。たった一日経ったところで、この光景が変わることはなかった。

「おはよう」

「うん、おはよ」

 適当に挨拶交わして、定位置である窓際の椅子に座る。また今日も、退屈な一日が始まった。時間が過ぎるのをただひたすらに待つ、ただそれだけの一日。

 ようやく講義が終わる時間になると、教室を出て優花の元へと急ぐ。昨日だって遅い時間までずっと一緒にいたと言うに、無性に会いたい気分だった。

 優花が講義を受けている教室の扉を開ける。それを、いつもの優しい笑顔が出迎えた。

「帰ろっか」

 その声を聞くためだけに、今日という日にわざわざ学校まで来たのだと、そんな風にさえ思えてしまった。

「ああ、もう帰ろう」

 ほんの二日前まで放課後は班員全員で集まって練習をしていたが、今はもうそれをする理由はない。一年後の大会には涼子さえいなくて、残る三人で練習なんて出来るはずもなかった。

 別に今日は集まらなくていいなんて誰が言ったわけでもない。けれど間違いなく、暗黙の了解として、誰もがそう認識をしているはずだった。

 学校の校舎を出て、校庭を歩く。校庭では相変わらず子供達が好き勝手に遊び、自由な時間を過ごしている。普段と何も変わらないはずのその光景に、ふと違和感を覚える。

 どこか人が少ない?そんな疑念を抱きつつ、しばらく眺めてみると、普段この時間は校庭にいるはずの周吾たちの姿ないことに気づく。

 姿が見えないのは、何も周吾たちだけではない。今日の校庭にはあまりにも人影が少なく、やけに閑散としている印象があった。

「どうしたの?そんな難しい顔をして」

「いや、何でもないよ」

 言葉にできるだけの正確な違和感があるわけでもない。優花から送られる疑問の視線を、曖昧な言葉で流す。けれど、街中を歩いていてもその違和感が消えることはなかった。

 やがて創の家の前までたどり着くと、そこで優花と別れた。また明日、お互いにそんな言葉を交わして、創は家のドアを開けた。その瞬間、タイミングの悪さを恨む。ドアの向こうには、玄関の奥へと続く廊下を歩く母親の姿があった。創の存在を認め、仰々しく頭を下げたのが見えた。

 創は目をそらして、それが見えないフリをしながら、靴を脱ぐ。その拍子で、ふと気づいてしまった。今日の帰り道に感じた違和感の正体。

 そうか、町で見かけた大人の数がやけに少なかったんだ。

 けれど、そんな違和感の正体に気づいたところで、その事実が持つ意味は分からない。頭の隅で少しだけ考えながら、足早に自室へと急ぐ。

 その裏で直感していた。修也の卒業だけじゃない。何かいろいろなことが変わっていく予感があった。


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