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江戸花夢幻

  世間を震撼させた難事件を一刀両断に解決した数馬であったが、その後の文献には灯篭組の名前も、増してその事件すら記録されていない。混乱に乗じて第二、第三の灯篭組の出現を恐れた幕府が傾きつつある権力で強引に事件そのものをうやむやにしてしまったのだ。それゆえ目付け鏑木数馬の功績はどこにも記されていない。

  その後、日本は時代の流れによって、止む無く出島以外の場所でも外国船を受け入れるようになった。しかし庶民の暮らしは益々ひどくなるばかりで、一揆や打ちこわしが各地で多発するようになった。のちに天保の飢饉と称される大飢饉が日本全土を襲いそれに拍車をかけた。そんな中で幕府の期待を担った水野忠邦が老中に任ぜられ、政治改革を行なった。いわゆる天保の改革である。片や文化面に於いては、蘭学者の弾圧が始まり、渡辺崋山や高野長英といった人物が相次いで投獄されるという時代の流れからの逆行も垣間見えた。


  世の中が新しい時代へ向かいつつある頃、1人の老人が今まさに終焉の時を迎えようとしていた。

「父上!しっかりして下さい!私は父上が頼りなのです!父上!」

「・・・・静馬。何を言うのだ。・・・お前には佐保がいるではないか。・・それに・・儂の枕元には母上が迎えに来ておる。・・わかっておる。茉莉。・・あと少し待っておくれ。・・静馬。よいか。これから日ノ本は大きく変わる。・・お前も時代に乗り遅れるでないぞ。・・大きな声では言えぬが、幕府はあと数年で倒れる・・お前も心しておくが良い。じゃがな、お前の身体には代々目付けの家柄としての血が流れている。その鏑木家の当主としての精神こころを忘れるでないぞ・・・よいな・・」

それはある時代を疾風の如く駆け抜けた男。鏑木数馬の年老いた姿であった。妻、茉莉との間に三男三女を儲けたが、その最愛の妻も10年前にこの世を去っていた。

  嫡男静馬は3人姉妹の後に授かった男子だっただけに、周囲が甘やかして育ててしまい、長じた後も些か頼りないところがあった。それでも何とか父親のようになりたいと剣の修行にいそしみ、学問、武芸全般において優秀な成績を修めた。それに両親から受け継いだ容姿の美しさも加わって、鏑木姉弟といえば武家は元より、町人に至るまでその名を轟かせた。

  そんな静馬も年頃になり、嫁を迎えることとなった。相手は同じ直参旗本、山野部家息女佐保である。この娘、器量は平凡だが、学問、取り分け算術に秀でており次の世代を担う女性にょしょうとくに数馬が望んだのであった。

祝言を無事済ませると数馬は即隠居し、同じく隠居した宗太郎、九頭竜隼人等と共に自由気ままな余生を送っていた。ところが寄る年波には勝てず、宗太郎、隼人を次々と病で亡くすと、生きる気力を失ったのか、数馬も一挙に老け込んでしまった。その数馬のもとにとうとうお迎えがやって来たのだった。


  「何です?父上!」

おろおろする静馬。

「見苦しいぞ、静馬。うろたえるでない。・・・全てはひと時のさくらのように儚い夢よ・・・」

そう呟くと、数馬は静かに息を引き取った。享年80歳。1861年の春のことであった。

  この年、皇女和宮が公武合体の道具として江戸へ下ったのである。

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