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育成期間0年3ヵ月4週間

一人は笑い喜び、一人は泣き崩れる。

観衆は眼前で繰り広げられる戦いに惹かれ、声援を叫ぶ。

勝者は常に1人。皆が望み、掴もうと足掻く場所。


今日は、カナマラで開催中の魔獣トーナメントを

魔獣コッコと共に観戦中である。


カナマラでは、EからCランクまでの魔獣トーナメントが開かれる。

こんな地方の町で、Cランクの大会が開催されるのは珍しい。


今回、開かれているトーナメントのランクはE。

俺が越えなければならない、卒業試験に指定されているランクだ。

開催は1ヵ月毎に数回。

従魔士候補生にとっては挑戦できるチャンスが多く、嬉しい限りではある。


・・・俺の場合は、挑戦できる回数など大して必要ないので正直、有り難みが薄いが。


闘技場は円筒状で、全体を石材で造られており、

観客席は中央で戦う魔獣達を見やすくするために、高い位置に配置されている。

これは、観客が被害を受けないための対策でもあるそうだ。


最低ランクのトーナメントであるにも関わらず、闘技場内は人で賑わっていた。

娯楽が決して多くないこの町では、人が集まるのは当然なのだろう。

ただし、見物人たちの中に「子供」はいない。


理由は単純。


子供には、少々刺激が強すぎる。



--------------------------------------------------------


試合も、残るは決勝戦のみ。


試合の流れは、強い魔獣持ちが順当に勝ち進む形となった。

当然と言えば、当然の結果だ。


決勝に勝ち進んだのは、どちらも俺と同じ従魔士候補生。


一方は、獣系中級魔獣「ホーンウルフ」を従えた猫背の中年男性。面識はない。

知っている事と言えば、他の候補生とうまく馴染めていなかったくらいだ。


そして、ホーンウルフに相対する魔獣は・・・。



・・・・ブラストベアーだ。



無意識に口から言葉が零れる。


あの日の出来事が脳裏に甦ってくる。

どうして、こう嫌な記憶は頭から離れてくれないのか。

人間の脳は、そう都合よく出来ていないのが歯痒い。


あの時は気付かなかったが、ブラストベアーの所有者は例の太った貴族だ。

相変わらずの下卑た笑みが俺の神経を逆撫でる。


両者とも、試合開始の合図を待つ。

ホーンウルフは俊敏性こそブラストベアーに勝るが、

それ以外のステータスはのき並み劣る。


あの中年候補生が、どれだけの力を魔獣に持たせられて

いるかが勝敗の分かれ目だろう。



『試合開始ッ!』



合図と共に、一斉に距離を詰める魔獣達。

先手はブラストベアー。鋭い爪をホーンウルフ目掛け、勢いよく振り下ろす。

だが、初撃は難なく躱され、剛腕は地面を抉ることとなる。

続けて連撃を繰り出すが、全てホーンウルフになされる。


ここまで相手を一撃で沈めてきたブラストベアーにとっては、

面白くない展開なのだろう。


観客席からでも徐々にいらついてきているのが分かる。

試合が始まって数分も経っていないというのに、短気過ぎだ。


怒りに任せ、ホーンウルフへ突進するブラストベアー。当然、当たりはしない。

逆にホーンウルフの額に生えた角で一突きされる始末だ。

そして、今の一撃でブラストベアーの堪忍袋の緒が切れたらしい。

すさまじい咆哮とともに「獲物」へとはしり向かっていく。


今まで以上に暴れ猛る魔獣相手に、

ホーンウルフも相手の攻撃を躱しつつ攻撃を繰り出す。

しかし、ブラストベアーの分厚い体毛と、筋肉がほとんどのダメージを吸収してしまい、

決定打にはなり得ない。


このまま戦いは長期戦にもつれ込む。


ヒット&アウェイを繰り返すホーンウルフ。

猛攻を続けるブラストベアー。


互いに、持ち得る力を活用し戦っている。

まだ、どちらも深刻なダメージは受けていないが、

ここに来てホーンウルフの動きが鈍くなってきた。

体力値が底を付き始めているのだろう。


元々、ホーンウルフの体力値はそれほど高くない。


あの中年候補生は、魔獣の短所を埋めるのではなく、

長所を引き延ばす道を選んでいたようだ。

それは、決して間違った判断ではない。

だが、今だけは、その判断が裏目に出ている。


ついに、ブラストベアーの攻撃がホーンウルフを捉え始める。

研ぎ澄ました刃の如き爪は、ホーンウルフを切り裂き、その体躯を血で染めていく。


直に受ければ、唯では済まないだろう。


中年候補生の顔に、焦りの色が浮かぶ。

ブラストベアーは、その無尽蔵の体力値に物を言わせ、今だ激しく攻め立てている。

このままではジリ貧だ。何れ、相手の魔獣に捉えられてしまう。


そうなれば、終わりだ。


・・・意を決したのか。中年候補生は魔獣へ指示を出す。

ブラストベアーの攻撃を、跳躍で躱し距離を置くホーンウルフ。


少しの間を空け、徐々に光り出す額の角。

観客達がどよめきだす。


ホーンウルフが発動しようとしている能力アビリティ


「雷光-穿-(ライトニング・スタッド)」


どれだけ高い耐久値、防御能力であろうとそれらを無視し、

敵を雷属性付で貫き通す能力。


魔物としてのホーンウルフ程度が取得できるような能力ではない。

魔獣として取得できるようになっているとはいえ、そう易々と手に入る能力でもない。


間違いなく、彼らの切り札であろう一撃。

当たれば、ブラストベアーと言えど一溜りもない。



能力発動による体力値の消費でふら付きつつも、

ホーンウルフは眼前の「敵」を刺し穿つため。

主へ勝利をもたらすため。

走り出す。


今までとは、比べ物にならない程速い。

おそらく、「疾走」の能力も取得していたのだろう。

体力値が枯渇した状態での能力の重複発動は危険だが、

そうでもしなければあの魔獣は倒せないと判断したか。


一気に縮まる距離。これでホーンウルフの角が当たれば・・・・それで詰みだった。



『こんなもんか。やれ。』



それまで、一度も指示を出すことの無かった太った貴族が声を発する。

同時にブラストベアーが能力を発動する。


「爆発する咆哮 (ブラスト・ハウリング)」


ブラストベアーから発せられる咆哮。

いや、これはもう咆哮と呼べるものでは無い。爆風だ。


「疾走」を発動し、疲労困憊のホーンウルフに避ける余力は無い。

咆哮をもろに受けてしまう。


まるで、木の葉のごとく吹き飛ばされるホーンウルフ。

同時に、その爆風にも似た咆哮は、ホーンウルフの四肢を吹き飛ばし、

全身をボロ雑巾のように引き裂く。


壁際まで飛ばされた血塗れの魔獣に、最早、戦える力などあるはずも無い。


勝負あり、である。


ただし、人間の尺では、だ。


死に体のホーンウルフへ、止めの一撃を加えるため歩み寄るブラストベアー。

魔獣達にとって、勝利とは即ち最後まで生き残ること。

その理念の前に、眼前の敵を生かしておく理由など無い。


中年候補生は必死に勝負の棄権を叫んでいる。


だが、それは相手の合意あって初めて成立する。

太った貴族は笑いながら事の推移を見つめている。

聞き入れる気など毛頭ないのだろう。


ブラストベアーがホーンウルフの首筋に喰らい付き、

ホーンウルフの首からおびただしい血が噴き出す。

生命の危機が迫っているにも関わらず、ホーンウルフに抗う力はもう残っていない。

為されるがまま、ホーンウルフは2度目の生を終えた。


そのまま、ブラストベアーは「食事」を始める。

目の前の光景に、先程まで騒がしかった場内は静まり返える。


観客にとっては見慣れた光景ではなくとも、見知らぬ光景ではない。

試合中に、相手の亡骸を喰らう事は「反則」ではないのだから。


当然、試合で魔獣が相手を殺傷することも何ら問題は無い。

それによって、殺傷した魔獣や従魔士が糾弾される事も無い。


なぜなら、魔獣の死は全て従魔士の責任だからだ。

魔獣の実力も把握できず、身の丈を超えた魔獣達と戦わせることは、愚かである。

そう、自らを破滅へ追いやったのは自分自身なのだ。


しばらくして、腹の満たされたブラストベアーは主の下へと戻っていった。

中年候補生は、ブラストベアーの「食いし」の前で泣き叫んでいる。



・・・・あの男は終わってしまった。



卒業試験において、パートナーである魔獣を死なせてしまうことは即ち、

従魔士への道が断たれたことを示す。


例え、魔獣トーナメントを優勝しようと、

期限までに魔獣を生存させなければ、それで終わりだ。終わりなのだ。



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・・・これで、太った貴族は卒業への切符を手に入れたことになる。


何故だ?


何故、あんな奴が従魔士になれる?


あの貴族より、中年の男こそ、従魔士になるべきだ。


奴は、魔獣の力に頼って勝ったに過ぎない。


そう、魔獣の力に・・・・。




・・・・・・




もし、それが真理なら、俺は・・・・・。




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