育成期間0年3ヵ月1週間
ついに金が尽きてしまった。
無くなってしまったものは仕方無い。
金策のため、「カナマラ」西部に位置する冒険者ギルド支部へと向かう。
ギルドでは、冒険者のように正式に登録していない俺のような一般人にも
いくつかのクエストが受注できるようになっている。
登録している連中と違って、依頼内容は極々簡単なもので、
報酬も決して多いとは言えない。
しかし、その辺の店で働かせてもらうよりは短時間で稼ぐことが出来る。
俺のように時間が惜しい者には体の良い仕事である。
必要なものをバッグに詰め込み、斧を担いで部屋をあとにする。
学内を歩いていると、遠くからいくつかの視線を感じる。振り返る必要など無い。
どうせ、貴族のものだ。
最近では、学内で貴族達の嫌がらせを受けることは少なくなった。
決して、連中が己の行いを悔い改めたわけでは無い。
・・・あいつらにそんな芸当ができるとも思っていないが。
原因は、今俺が担いでいる斧だ。
これは、きこりが木を切り倒すために使う斧ではない。敵を打ち倒すための斧。
どうも貴族の連中は、俺がこの斧を購入した理由が、
自分達への報復目的ではないかと考えているようだ。
馬鹿馬鹿しい。
連中には、拳を顔面にめり込ませるくらいで充分だ。
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ギルド支部は周りの建物より一回り程大きく、良くも悪くも目立っている。
正面の門は訪問者を拒む事無く、大きく開け放たれている。
中へ入り、カウンターにてクエストを確認する。
もう日も高くなるような時間だ。めぼしいクエストのほとんどは取られている。
時間的に複数のクエストを受けている余裕はない。
何かいいクエストはないかと受付嬢に相談してみたところ、
他の冒険者のクエスト同行を提示してくれた。
クエストの内容は、カナマラから程近くに群生している薬草の採取。
近頃、薬草が群生する森林の魔物が増え、まとまった数を得られなかったが、
最近になって、腕利きの従魔士に依頼し、付近の魔物を駆除したそうな。
まだ魔物が残っている可能性があるため、本来は登録した冒険者のみの
クエスト扱いなのだが、ある程度の危険覚悟で受注してもよいとのこと。
冒険者が同伴するなら大丈夫だろうと、高を括りクエストを受注。
同伴する冒険者が到着するまで、少し時間が掛かるそうなので
その辺のベンチに腰掛け待つことにした。
ギルド内には様々な冒険者が行き交っている。
男女比は8:2くらいだろうか。
ある者は冒険者同士で情報の交換を行い、
ある者はギルド内の酒場で昼間から酒を呷り、
ある者はクエスト達成の報酬を得て喜びを声にしている。
市場とは違った意味で活気がある。
多種多様な冒険者達を観察していると、受付嬢から声がかかる。
冒険者が到着したようだ。
さて、同伴するのはどんな奴だろう。
クエストの内容から相手は新米冒険者だろうが、できれば強そうな奴が・・・・・・。
・・・・・・・・
振り返り、相手の顔を見て、絶句。それは向こうも同じようだ。
・・・クエスト同伴の相手は、蒼髪の少女だった。
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『いやぁ、まさかクエストの同伴者がお兄さんだったとは!
これは運命ってやつですかね~。』
・・・・・はあ。
カナマラを出発してまだ大して時間は経っていないが、もう1日分の疲れが
俺の肩に圧し掛かっている気がする。
この娘。煩いよ・・・。
この蒼髪の少女、以前会ったときに名前を聞きそびれていたが、
そのまま、知らなくてもよかった気がする。
ちなみに名前はティ・エルトというらしい。
何でも、田舎暮らしじゃ刺激が足りないので、冒険者としてメリハリの利いた
生活を送るために、現在カナマラで修業中なんだと。
訳が分からない。
平凡な生活がどれだけ大事なことか。こいつは分かっていない。
・・・・いや、俺も人の事言えないか。
ティのマシンガントークを聞き流しながら目的地を目指す。
彼女の装備は、身の丈に全く合っていない長剣を背負い、
両腕に籠手、頭に革製の兜を被っている。
華奢な体を守るための鎧を装備していないのは、
自身の魅力が損なわれてしまうから、と本人は言い張っているが、
実際の所は金が無く、買うことができていないのだろう。
ちなみに、ここまで話題に上がっていない俺の魔獣コッコはというと、
またティの腕の中で揉みくちゃにされている。
少しは抵抗しろ。
心の中で、自分の魔獣へツッコミを入れたのと同時にティが足が止まる。
どうやら、目的地に到着したようだ。
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森の中は思っていたよりも明るかった。
いや、本来の姿であれば、もっと薄暗いのだろう。
だが辺りの木々の間隔が異様に広くなっているせいで
ここまで光が届いている。といった感じだ。
誰だよ、森の木々をなぎ倒した奴は・・・。
木だけでなく、地面が大きく抉れている場所も所々見受けられる。
そして、抉れた場所には赤黒い染みがいくつもある。
染みの正体が何であるかは考えるまでも無い。
きっと、グロテスクな光景が広がっていたことだろう。
死体が無いのは、獣の餌にでもなったか?
様変わりした森の中を歩きながら、そんなことを考えていたところ、
不意に何かが足を突いた。
見下ろすと、コッコがじっとこちらを見つめている。
やっとティの呪縛から解放されたのか。
餌の時間ならまだだぞ?
いやに、俺の注意を惹こうとしているコッコを無視して先を急ぐ。
しばらく進むと、目的の薬草を発見した。
そこは、開けた土地一面に薬草が生えていた。
クエストで依頼された薬草の量を見たときは、こんなにあるものかとも思ったが、
確かに、これだけ生えていれば問題なさそうだ。
クエストの依頼とは別に少し持って帰・・・・。
『伏せろッ!!』
隣からの怒鳴り声が耳へ届くのと同時に、地面へ押し倒される。
そして、僅かの間を空け、頭上を何かが飛び越えていく。
何が起きているのか、状況が理解できない。
そんな俺を尻目に、ティは立ち上がりながら背の長剣を鞘から抜き出す。
ティの視線の先を見遣る。
そこにいるのは、緑の肌を持つ小人。
いや・・・あれは「人」ではない。「魔物」だ。
一般世間で、最弱のモンスターとして認知されている魔物。
「ゴブリン」だ。
数は3匹。どれも体の一部分が欠損しており、見ていて痛々しい。
特に真ん中にいるでかい奴が酷い。
顔面の半分以上がひどい火傷を負っている。おそらく、片目は見えていないだろう。
体も至る所に深い傷が見受けられ、片腕は失われている。
そして、3匹とも目が血走っていた。あれは、怒りと憎悪に燃える目だ。
討伐した魔物の生き残りか?
まだ整理の付かない頭で考えを巡らせる。3匹はそれぞれ得物を構え、
こちらへ少しずつ近寄ってくる。
『何してるんですか!早く武器を構えて!』
ティの叫び声で、我に返る。
それに合わせたかのように一気に襲い掛かる3匹のゴブリン。
2匹がティへ駆け寄り、でかいゴブリンは俺に向かってくる。
咄嗟に手に持っていた斧を構える。
相手は手負い、素人の俺でも・・・・。
そんな楽観的な考えを、振り下ろされたゴブリンのショートソードが容易く粉砕する。
斧の柄で受け止め、その斬撃の重さを知る。
とても手負いが振るう剣とは思えない。
相手はすぐさま剣を引き戻し、今度は勢いよく薙ぎ払った。
これも斧の柄で辛うじて受け止める。木製の柄に刃が深々と沈み込む。
首筋を嫌な汗が流れ落ちた。
絶えず繰り出される、斬撃。
こちらへ向けられる、殺意。
刻一刻と迫り来る、死。
何が。
何が最弱の魔物だ!
こ、こんな・・・こんなのが最弱だっていうのか!
・・・知識として知っているつもりだった。
しかし、身を持って感じるこれは・・・・本に書かれてなど、いなかった。
死にたくない・・・死にたく、ない!
半泣きで叫びながら、がむしゃらに斧を振り回す。
助けは、来ない。
ティは2匹のゴブリン相手に手一杯だ。
こちらを助けることなど、できるはずがない。
コッコは、ゴブリンへ何度も体当たりを仕掛けているが、
当のゴブリンは、意にも介していない。
逆にコッコがダメージを受けている始末だ。
・・・・・・くそっ。
今、死ぬかもしれないって時に・・・・何を考えて・・・。
・・・そう、考えずにはいられない。
今の、非力な俺の魔獣を見て、考えずにはいられないのだ。
この魔獣で、本当に勝つことができるのか、と。
怒声とともに、再びゴブリンが剣を振り下ろす。
思考を中断し、目の前の事を対処することに全力を尽くす。
何度も相手の斬撃を受け止め、斧の柄はボロボロだ。
もう、受け止められない。
一か八かで、こちらも斧を振り出す。
刃と刃が激しくぶつかり合い、火花を散らす。
そして、ゴブリンの持つ剣はその衝撃に耐えきれず、折れた。
肉厚な斧の刃だったことが功を奏したか。
しかし、武器を失ったからといって、ゴブリンの戦意が喪失したわけではない。
俺はそれに気付かず、敵の武器を破壊したことに安心し、隙を作ってしまった。
ぐあ・・・・っ!!
首を、掴まれた。
片腕なのにも関わらず、俺を宙へ持ち上げるゴブリン。
抵抗するが、相手の腕から逃れることができない。
徐々に意識が遠のいていく。
遠くで、俺を呼ぶ声が聞こえる。
誰が、呼んで・・・・?
くそ、こんなことなら・・・クエストなんて、受けるんじゃ・・・・・。
俺の意識はそこで途切れた。
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死んでは、いけない。
死んだら、全部終わっちゃう。
「僕」は、それを知っている。
「僕」の全てを奪った鬼。
これ以上、「僕」から奪っていくな!
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目が覚めた時には、全て終わっていた。
相変わらず、悪運だけは一人前に持ち合わせているようだ。
目の前には、心配そうな顔をしたティが見える。
ん?いや、何で見下ろされているんだ。
それに、後頭部に感じるこの感触は・・・・?
起き上がって確認してみる。
・・・・コッコかよ。
一瞬、膝枕かと期待してしまった自分が恥ずかしい。
周囲には、息絶えたゴブリンの死体が3つ。
あの状況で、良く助かったものだ。
ティが言うには、2体のゴブリンを始末してこちらへ駆けつけた時には、
ゴブリンは目を押さえ、悶絶していたそうだ。
・・・あの時、俺を助けられる状況にあったのは、コッコだけだ。
だが、こいつにそんな力なんてあるはずが・・・・。
コッコに目を移す。
俺の魔獣は、呑気に毛繕いの最中だ。
あれから、結局のところ俺が助かった理由はよく分からないままだ。
しかし、少なくとも俺はまた命拾いした。ということだけは確かだ。
今は、それで良しとしよう。
コッコは能力【不倶戴天】を取得。
以降、特定の対象に対し補正が付与されます。
コッコは能力【憤怒】を取得。
以降、特定の対象に対し補正が付与されます。




