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第一話 領地を護る者たち


時は遡り、半刻前——。


ドラゴンの襲来により、燃え盛る領地。


この領土を治めるペリオン伯爵家の領主カウス・サジタリアは、領民を避難させつつ、自身もこの平原へ逃れた。


その妻であるチャラ・サジタリアはしゃがみ込み、娘であるヌンキの手を握りしめ、寄り添っている。


カウスは、チャラに小さな声で伝えた。


「こうなったらやってみるしかない」


チャラは目を見開き、カウスを見上げた。


「……っ!あなた、ヌンキはまだ四歳よ!?」


「そんなことはわかっている。だが我々の召喚獣はもう駄目だ……一か八か、賭けてみるしかない」


カウスは頭を抱えて、ただただ壊されていく街と逃げ惑う領民を見つめることしかできなかった。


チャラは、ヌンキに視線を戻し、その顔をじっと見つめる。


ヌンキと繋いだ手に、ギュッと力が入る。


「……わかったわ。ヌンキ、やってみましょう」


バスケットに大切に入れて持ち出していた二つの召喚エッグのうち一つを、メイドがヌンキの前に置く。


通常であれば領地を受け継ぐ際、あるいは共同で領地経営をするにあたって、夫妻揃って召喚するのが習わしだ。


チャラは、ヌンキに召喚の儀式の確認をする。


ヌンキは頷き、胸元に手を当てて、栗色の長い睫毛を伏せた。


(——我に仕えし、召喚獣よ。今ここに!)


ヌンキが呟くと、目の前の召喚エッグが光り出す。


それと同時にメイドが手に持っていたバスケットの中の卵も光り出した。


メイドはその眩しい光に驚き、バスケットごと地面に落としてしまった。


ドサッ——


その拍子に、光を放つ召喚エッグはコロコロとヌンキの前に転がり出て、ぴたりと止まった。


カウスとチャラは顔を見合わせ、先程までとは打って変わって歓喜の声を上げる。


「こんなことが起こるとは!奇跡だ!」

「これなら領地も守られるかもしれないわ!」


遠くまで逃げ終えていた領民もざわつく。


「一人につき、一つじゃないのか!?」

「しかもまだ成人してないのに!」

「ヌンキ様は規格外なのですね!?」

「聡明であらせられるとは思っておりましたがここまでとはっ!」


ドクンドクンッと脈打つ召喚エッグは

だんだんと大きくなり、やがて内側からヒビが入った。


光が収まるとともに白煙が上がる。


サァーーッと草原を駆け抜ける風の音がその瞬間の静けさを物語っていた。


やがて卵の中から、二人の男たちがゆっくりと立ち上がる。


暗闇の中から、少年の黄色い左眼がギラリと光を放つ。


チャラは息を呑んだ。


数秒の静寂——


それをチャラの悲鳴が破った。


「きゃあーーー!不吉よ!」


カウスは額に手を置いて

顔を左右に振っている。


領土から逃げ遅れていた領民が、

その傍らを駆け抜けていく。


ヌンキは、じっと召喚獣と見つめ合い、言葉を交わした。


しばらくしてから、

腰を抜かして原っぱに尻餅をついている母チャラの元へ、ヌンキは駆け寄った。


「ママ?召喚、できたよ?」


チャラの手を、その小さな手で掴もうとした瞬間——


パシンッ……


乾いた音が響いた。


チャラは、反射的にヌンキの手を振り払っていた。


ドスドスと足音が近付いてくる。


大きな影が、ヌンキの上に落ちる。


振り払われた手を見つめていたヌンキが顔を上げると、そこにはルタバドがいた。


ルタバドは、ヌンキを肩に乗せると、

カウスとチャラに向かって「チッ」と舌打ちをした。


ダビフは、夫妻を冷徹な目で一瞥する。


それから、ルタバドとヌンキ、ダビフは、

ドラゴンの暴れる街の中へと

避難する領民の間を逆走するように進んでいった。


「やれやれ。人間はすぐパニックになりますね」


ダビフは肩をすくめて、真っ直ぐにこの炎の原因に視線をロックオンしながら言った。


「それに、ルタバド。

あなたも主人様(あるじさま)を連れてくるなんて

怪我させたらどうするんですか?」


ギロリと睨みつけられたルタバドは、

焦った声で反論する。


「だだだだってよぉ!!仕方ねぇだろ?

あんなとこにヌンキ様を置いていくわけにはいかねぇよ」


「まあ、それもそうですね」


フッと笑うとヌンキの方をチラリと見る。


ヌンキはルタバドの肩の上で、

ギュッと彼の頭に手を回してしがみついている。


「ちゃんと障壁作るから、大丈夫だ」


その言うと、ルタバドは

スキットルから酒を前方へ半円を描いて注いだ。


その瞬間、地面から天へと向かって

まるで天の川のような煌めきと共に

薄く白いオーロラのような障壁が立ち昇る。


ヌンキは、ゆらゆら揺れ動く美しい障壁に目を奪われている。


「じゃあ、いっちょやりますか」


ダビフに目配せをすると、

ルタバドは腰に下げていたスキットルからウイスキーを口に含んだ。


口から吹き出された酒が、逆さの円錐を描いて広がる。


うっすらと見える霧状になった酒の粒子に、ダビフの火魔法が宿ると、美しい青い炎が一瞬でその輪郭をなぞる。


その瞬間、猛烈な赤黄色の爆炎が渦を巻いて広がった。


その圧倒的な火力に晒されたドラゴンは、瞬く間に炭へと変わっていった。


ドラゴンが炭となり、ドサリと倒れた。


ほっとしたのも束の間——


ヌンキは美しい障壁に手を伸ばし、

その星を掴もうとしていたようで

障壁からその小さな柔らかい指がわずかにはみ出ていた。


小さな火の粉の残火が

ヌンキの肌を掠めていた。


ヌンキの怪我が目に入った瞬間、

怒号が轟いた。


「ルタバドォオオ!!!」


ダビフの表情は、神話の怪異ゴルゴンを思わせるような形相に歪んでいた。


しかしすぐに理性を取り戻し、

ヌンキの怪我の状態を丁寧に確認する。


ルタバドは額から冷や汗を滝のように流し、

謝り続けた。


そしてすぐにその怪我にスキットルのお酒をかける。


みるみるうちに火傷の痕がなくなっていく。


「いくら皮膚を再生できたとしても、

主人様に痛い思いをさせたことに変わりはない。

次はないと思え」


そう告げるとダビフは上空へと浮遊し、

煙の上がる街を見渡した。


ダビフが手を翳し詠唱すると、漆黒の空に大きな水の球体がふつふつと生み出された。


パチンッと指を鳴らすと球体が弾け、街に残った炎を鎮火させる。


ザァァーーという水音が、しばらく街を包み込んだ。


そこここに漂う焼け焦げた匂いと

大地を濡らす水の匂いが混ざり合い、

人々の心には安堵とこれからの不安が満ちていた。



読んでいただきありがとうございました。評価いただけると励みになります。

毎週金曜日21時頃更新予定です。

よろしくお願いいたします。

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