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第三話:作者は午前二時に書く(そして俺がその代償を払う)

【原稿の源泉】


場所:日村さくらの自室、地球

時刻:午前二時十七分


部屋の中で光を放っているのは、ラップトップの画面だけだった。その青白い光が、自己満足的な二次創作を書く十代の少女にしか出せないような、あの必死の形相を照らし出していた。彼女の自室の壁はポスターで埋め尽くされていた——窓の近くには少女漫画の主人公たち、ドアの脇には色あせた『週刊少年ブレイズ』の付録ポスター、そして本棚の隣には、少し傾いた小さめのプリント。それは、薄青い空を背景に、中空で静止した少女が描かれた『白き月落ちの運命』のポスターだった。さくらはすでに二回もまっすぐに直したのだが、どうしても傾いてしまうらしかった。


日村さくらはゾーンに入っていた。


空になったうまい棒の袋いくつかと、半分残ったピザポテトの袋と、本当にかっこいいドラゴンのシーンを書けたという興奮の余韻を燃料にして、彼女の指はキーボードの上を滑るように走っていた。前話に寄せられたコメントは、圧倒的な大絶賛ばかりだった。「戦闘シーンの描写がすごくリアルでした!」「こんな風に書けるなんて知らなかった!」といった具合に。


彼女の胸に、誇らしさがこみ上げていた。うん、と彼女は思った。私だって、自分にこんな文章が書けるなんて思わなかった。


いま、彼女はこの勢いを止めたくなかった。今週ずっと夢に描いていたシーンを形にする時間だった。姫サクラ・アリアとハルト卿による、初めての、本物の対話。


ハルト卿は月光にシルバーの鎧を輝かせながら、姫へと近づいた。彼は片膝をつき、その瞳には深く、語られぬ敬意が満ちていた。「姫」彼はベルベットと誇りのような声で話し始めた。「告白せねばなりません。お持ちの、あのドラゴンに立ち向かう勇気。それが私の心を——」


彼女のまぶたが急に重くなった。画面の文字がかすかにぼやけ始める。


あと……あとひと段落だけ、彼女はあくびを噛み殺しながら、自分に言い聞かせた。


姫は彼を見下ろした。その心臓は、肋骨の鳥籠に閉じ込められた小鳥のように羽ばたいていた。「ハルト卿」彼女は囁いた。「跪く必要はありません。私の目には、あなたはすでに——」


彼女の頭ががくりと下がった。指の動きが鈍くなり、キーの上に載ったまま止まる。


文章は、途切れた。


次の瞬間、彼女の頭は腕の上へと沈み込み、社会科の参考書と、山積みの漢字練習プリントがそのクッションとなった。ラップトップの画面には、可愛い猫たちのスライドショーが映り込むスクリーンセーバーが起動した。


さくらは眠りに落ちた。



---


【その代償】


場所:ラブラブハーツ王国の王室庭園。俺の世界。

時刻:今。


俺は大理石の手すりに寄りかかり、夜空に浮かぶ月を眺めていた。昨夜は満月だったはずなのに、どういうわけか完璧な三日月の形をしている。そのとき、体に温もりが広がるのを感じた。


それは温かいお茶が静かに染み渡るような、穏やかな感覚だった。ドラゴンとの死闘で骨の髄まで溜まりきっていたあの泥のような疲労感が、ゆっくりと引いていく。俺の体内にある創造エネルギーの源泉——編集容量が、みるみると回復していくのが分かった。


「書いているな」と俺は呟き、安堵の波が体に広がるのを感じた。「助かった」


彼女が書き続ける限り、この世界は安定を保つ。彼女が書き続ける限り、俺には彼女がやらかす不可避のミスを修正する力がある。彼女が書き続け——


温もりが、止まった。


唐突に。


俺は瞬きをし、エネルギーの流入が再開するのを待った。だが、何も来ない。今のは、文字数にして二千ワード分くらいの、しっかりとした勢いのあるチャージだった。おかげで容量はほぼ満タンまで戻ったが、そこで供給がぴたりと途絶えた。


俺は手すりから体を離した。首の裏に、嫌な予感がチクりと走る。「まさか、書くのをやめたのか?」


そのとき、俺は静寂に気づいた。


魔法の色が変わるコオロギたちの鳴き声が止んでいた。怪しく光る月光草のかすかな唸りも消えていた。風すらも止まっていた。


そして、俺はそれを見た。


俺の左側には、これでもかとばかりに詰め込まれた少女漫画的なナンセンスの極みのような王室庭園が広がっていた。ハートの形をしたバラの生垣に、キラキラと輝くグリッターの川、何もかもが揃っていた。


しかし、俺の右側には……何もなかった。


暗闇でもなければ、奈落でもない。ただの、特徴のない真っ平らな薄グレーの広がり。開発中のゲームでテクスチャが貼られていないポリゴンのように、庭園がそこから先、直線の断面でスッパリと途切れている。俺が寄りかかっていた手すりは、右側に三メートルほど伸びたところで、綺麗にぶった切られて終わっていた。


まるで、世界のデータがそこで尽きてしまったかのように。


俺は慎重にその境界線へと歩み寄った。崖もなければ、壁もない。ただ、過剰に描き込まれた庭園から、何の特徴もないグレーの虚無へと、シームレスに世界が切り替わっている。


「嘘だろ……」


編集本能が火花を散らし、俺は事態を理解した。脳裏に、ドキュメントの末尾で途切れた半端な文章が投影される。


「姫は彼を見下ろした。その心臓は、肋骨の鳥籠に閉じ込められた小鳥のように羽ばたいていた。『ハルト卿』彼女は囁いた。『跪く必要はありません。私の目には、あなたはすでに——」


そこで終わっている。


彼女は文章の途中で寝落ちしたのだ。


彼女はこのシーンで庭園の描写をしていた。左側を描き、キャラクターが立っている中央を描き、そして右側を描写する前に力尽きて意識を失った。


だから、庭園の右半分は、まだこの世界に実体化していない。


俺は膝をつき、境界線の外側の虚空へと手を伸ばしてみた。指先はグレーの空間へと侵入したが、何も感じなかった。熱さも、冷たさも、感触すらない。白紙の原稿用紙そのものが形を持ったかのような空間。


近くを、名もなきモブの衛兵が巡回していた。彼は自分の決められたルートを歩き、存在しないバラの生垣の角を曲がり、そしてそのままグレーの虚無へと足を踏み入れた。


彼は消えた。悲鳴も、煙も出なかった。ただ、いなくなった。一瞬前まで鎧をきしませるだけが取り柄のモブNPCだったのに、次の瞬間にはいなくなっていた。


削除された。


俺は緑の生垣へと視線を移した。衛兵がいた場所には、何もなかった。世界は悲鳴を上げなかった。他のNPCたちは誰も気づかなかった。彼はただ、消去されたのだ。俺はそのとき初めて理解した——初稿の世界において、命とはこれほどまでに安いものなのだと。


血の気が引いた。


もし他の誰かがこの未記述の領域に迷い込めば、容赦なく消去される。キャラクターが失われ、辻褄が崩壊し、世界の安定性が一気に崩れる。


「違う、違う、違う」と俺は呟きながら、境界線から慌てて後退した。「待て、考えろ。どうやって修正する?」


無からアセットを創り出すことはできない。ルールその一だ。俺が自分で庭の続きを描き足すわけにはいかない。


だが、編集ならできる。


何もない場所に新しく追加するのではなく、すでにそこにある記述を『引き伸ばす』だけならどうだ?


俺は宙から赤ペンを引き抜いた。さくらの深夜の執筆のおかげで、ペンにはずっしりとしたエネルギーが満ちている。


俺は、描き込まれた領域の端にある、完璧に手入れされた生垣に目を向けた。すでに存在する、公式アセットだ。


【編集発動:構造調整——複製&延長——適用済み】

【対象アセット:王室の生垣(過剰な装飾仕様)】


俺はペンで線を引いた。新しい生垣を創るのではなく、今ある生垣を選択し、それをグレーの虚無へとコピー&ペーストして引き伸ばすイメージで。


赤いワイヤーフレームが虚空に伸び、生垣の骨組みを形成した。それはちかちかと点滅した。世界がその命令を拒絶しようと軋む。これは単に単語を書き換えたり、噴水を修正したりするのとは次元が違う。世界そのものの一部をコピー&ペーストしているのだ。編集容量が削られていく。


俺は歯を食いしばり、さらにエネルギーを注ぎ込んだ。「頼むから……!」


紙を引きちぎるような音がして、赤いワイヤーフレームに一瞬で実体が満ちた。生垣が複製され、グレーの虚無を塞ぐように緑の強固な壁を形成した。新しい庭を創ったわけではない。だが、侵入を防ぐバリケードとしては十分だ。応急処置は完了した。


俺はよろめきながら後退した。赤ペンの光が急激に弱まる。体から一気に力が抜けていく。たった一枚の壁をコピペしただけで、容量の三分の一近くを持っていかれた。


俺は自分の成果を見つめた。グレーの虚無はまだそこにある。だが、これで誰も間違って迷い込むことはない。危機は去った。


気づかぬうちに止めていた息を、ようやく吐き出した。


その時だった。


悲鳴が聞こえた。


俺は振り返った。庭園の反対側——完全に記述が完了しているはずの領域で、また別の混沌が始まっていた。


サクラ・アリア姫とハルト卿が、会話の途中で完全に硬直している。しかし、彼らの周囲の世界がバグを起こしていた。月光が激しく明滅し、ハルト卿の鎧がシルバーからゴールド、さらには薄汚れたピーマンのような緑色へとまたたく間に変色を繰り返す。姫の髪は、まるでストロボライトのようにピンク、青、赤、ピンク、青、赤と激しく点滅していた。


「今度は何だ?」俺は呻いた。


脳裏の編集本能が、即座に答えを叩き出してきた。あまりにもお粗末な理由に、俺は笑うしかなかった。


彼女が寝落ちしたからだ。


シーンが完了していない。


キャラクターたちは、決して書かれることのない次のセリフを待ち続け、終わりのない処理ループに囚われているのだ。プログラムがスタックしている。


このまま放置すれば、いずれキャラクターデータそのものが破損する。


何か手を打たねばならない。だが俺に次のセリフを書くことはできない。だが、逃げ道を作ることならできるかもしれない。


俺は再び赤ペンを掲げた。体内からさらにエネルギーが吸い上げられていく。


俺は彼らの会話を編集したのではない。地の文を編集したのだ。


【編集発動:小構造調整——地の文挿入——適用済み】


俺は、彼女が最後に書き残した一文を探り当てた。


「……肋骨の鳥籠に閉じ込められた小鳥のように羽ばたいていた。」


その直後に、俺は極めて短い、一言だけの地の文を挿入した。


新しく書き加えられた、ただの一文。



---


冷たい風が吹いた。



---


庭園に、突如として不自然な突風が吹き抜けた。木の葉を揺らし、大気を冷やし、姫と騎士の体を物理的に震わせる。


処理ループが、強制的に遮断された。


姫が瞬きをし、まるで今まさに深い眠りから覚めたかのように周囲を見回した。「まあ」と彼女は自分の体を抱きしめながら言った。「すっかり冷えてまいりましたわね」


ハルト卿は、その鎧の色を無事に元のシルバーに安定させながら、立ち上がった。「そのようです、姫。このお話の続きは、城の中でいたしましょう」


二人は城の重い扉の向こうへと歩み去っていった。


俺は、彼らが城の中に消えるのを見届けた。二つのキャラクターデータは無事に保護され、シーンは完了し、物語の整合性は保たれた。


冷たい風を一吹き。たった数文字の地の文。それで済んだ。


綺麗だ。


四年間積み上げてきた技術を経て、それでも思い知らされた。最も効果的な修正が、ほんの小さな一手であることもあるのだと。


俺は新しくコピペした生垣に背中を預け、立ったまま目を閉じた。疲労で指一本動かせない。わずか五分の間に二つの重い修正。すべては、あの作者の悲惨な睡眠スケジュールのせいだ。


俺の人生も、存在も、すべてはナルコレプシー気味の、やたら劇的なことが好きな十代の少女の手に委ねられている。


脳裏の余白に、疲れ果てた手書きのメモが走り書きされた。


危機管理:成功。


編集要約:

【編集発動:構造調整——複製&延長——適用済み】

【編集発動:小構造調整——地の文挿入——適用済み】


編集容量残量:約50%


結論:作者はきわめて信用に値しない。深夜の緊急事態に備えよ。


提言:彼女に、プロとしての作業習慣について強い口調のメモを送る方法を見つけること。


——編集本能


俺は壁にそって地面に滑り落ち、膝を抱え込んだ。


「俺は、本当に詰んでいる」


【第三話 終了】

この作品を手に取ってくださり、ありがとうございます。

「編集転生」は、完璧を求めて生きた男と、まだ自分のスタイルを見つけようとしている女の子の話です。

異世界ファンタジーの皮を被っていますが、本質的には「物語を作ること」「物語に救われること」についての話だと思っています。

**毎週土曜日**更新予定です。よろしければ、お付き合いください。

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