26 君の魂を食べたい
魔王もイーサンもサラの前世の話を聞き、しばし黙って考えていた。
(サラ。顔が良い男に弱かったのか。今はどうなのだろう。私の顔を褒めてくれているから、この顔でも良いのではないか。いやしかし、口がうまい男が嫌いと言っていた。私はどうなんだ? 自分が口がうまいかどうか分からないが、子どもの私を可愛がって助けてくれたから、嫌われてはいないだろう)
(前世…よく分からないが、サラを騙したその男は、もういないんだよな。
家族も友達も望まなかったのは不思議だが、未練を残す存在があちらにいないのは僥倖だ。今のサラはこの世界で元気なんだから、問題ない。後は戻るのを諦めれば良い事だ)
イーサンと魔王はサラが覚悟を決めて話した前世について、そういう事もあるのかと軽く受け入れていた。その上でアイコンタクトをして、今はサラをこの地に、自分の側に引き留める事が第一と心が通じ合った。
サラは黙って何か考えている二人が、自分の告白を聞いてどう思っているか、帰還について協力してくれるのかと、心配そうにこちらを窺っている。イーサンも魔王も今は本心を隠し、サラを安心させる事にした。
「サラの前世の苦労と、日本で頑張ってきた事はよく分かりました。家族も友達も作らないと神に願ったのは、きっと理由があるのでしょうね。それは話したくなったら、聞かせて下さい。
帰還についてですが、サラが希望するのなら、勿論私たちは協力します。しかしこれから研究を始めるので、願いをいつ叶えてあげられるのかは分かりません」魔王が心苦しそうに言った。
イーサンも「出来るだけの事をすると約束する。ただ昨日も話したが、神殿の召喚についての書物を俺が全部消滅させてしまっただろう。だから、やつらの召喚陣の記録さえ残っていない有様なんだ。本当に申し訳ない事をした」と頭を下げた。
サラは疑っている訳では無かったが、反射的に二人の心を読んでしまった。
アンジェラ王国の人々がいなくなり、心を読む能力を閉ざしていたので、意図的に能力を使うのは魔王国に来てから初めてだった。
『サラは我々を助けてくれた恩人だ。彼女が望む事なら、何でも叶えてあげたい。それがたとえ、私が心底寂しく悲しい事であっても。しかし帰還の術を見つけるのは、一筋縄ではいかないのが口惜しい』
『サラは俺が神殿の記録を消滅させたのに、少しも責めなかった。本当なら手がかりを消した俺の事を、罵りたかっただろうに。今も何も言わないが、辛い気持ちでいるんだろう。俺は自分の全ての魔力を使って消滅しても、必ずサラを帰還させてみせる』
「だめだよイーサン!全ての魔力を使って消えるなんて!」思わず声に出てしまったサラは、驚く二人に謝った。
「ごめん!つい二人の心を読んじゃった。帰還の方法、無いのかなって思って…。でも、本当に難しい事みたいだね。
神官達の研究で聖女を呼ぶことが出来たなら、帰る事も出来るんじゃないかって、軽く考え過ぎてた。二人に謝らせようとか、無理させようと思ってる訳じゃないの。
…うん。まずはこの国の結界を張るね。帰還の事はまたゆっくり研究して、方法を考えれば良いや」サラは二人ににっこりと笑った。
すると突然魔王が感極まったように、サラの前にひざまずいた。
「サラ。私の聖女。私は、あなたの望みなら何でも叶えたい。…しかしもし万一、ここに残らざるを得なくなったとしたら、サラの美しい魂を私にいただけませんか。その代わり、私の魂もあなたに捧げると誓います」
そんな魔王を見ていたイーサンも、同じようにサラの前にひざまずくと
「サラ。俺も、お前を幸せにする為全力を尽くすと約束する。
だから、もしお前が安全に向こうへ帰る方法を見つけられなかったら、その時は俺に魂をくれないか。俺の魂と共に生きよう」
片膝をついた姿勢で、それぞれ手を差し伸べて来る二人に、サラは目を白黒させた。
助けを求めるようにアンナとミルコを見ると、二人共うっとりした目でこちらを見つめ、ミルコの尻尾はぶんぶん回ってちぎれそうだ。
(え、ちょ、これってどんな状況?)
混乱する頭で「魂って何?」とサラは声を絞り出した。
「魂が欲しいって、まんま悪魔みたいなんだけど。私の魂を取って食べるって、どう言う事?
魂食べられたら、私地獄に落ちちゃうの?」
混乱する内に『信じていたのに、こいつらもクソ男なのか⁈』と怒りが沸き上がってきたサラは、自分の周りに結界を張り巡らせた。
「「サラ⁈」」立ち上がり叫ぶ二人に、結界の中から怒鳴り返す。
「恩人だのなんだの言うくせに、ここに残るなら魂を取るってどういう事よ。結局あんた達も人を食い物にする最低男って事⁈」
「サラ、誤解です」「サラ。食べる…けど、食べるわけじゃない」
「やっぱり食べるんじゃない!」
「イーサン、余計な事は言うな」「魔王様が抜け駆けするからです」
ぎゃあぎゃあと言い合う三人を見ていたミルコが、ととと…とサラの結界の前に走り寄った。
「聖女様」「ミルコ。ミルコは、魂を食べたりしないよね」「はい」
「じゃあ、ミルコは中に入っても良いよ」
「サラ様、私も魂を食べませんから、入れてください!」アンナも駆け寄ってきて、サラ、ミルコ、アンナの三人で結界に包まれた。
結界の外では、魔王とイーサンがまだ二人で言い合いを続けている。
「ねえ、魂をいただくとか、食べるとかって、何なの。私、殺されるの」
少し落ち着いて考えると、国に結界を張らせる前に悪巧みを明らかにするのはおかしいと思ったが、言われた言葉が物騒過ぎて、不信感を隠せずサラはアンナとミルコに尋ねた。
二人は頬を赤らめ、互いをつつき合っていたが、やがてアンナが「永遠の契りを結ぶという事ですよ、サラ様。魔族は、魂の一部を交換して一つになるんです。獣人だと番と呼びますね」
「つがい…」異世界の小説によくある設定を思い出しつぶやくと、
「聖女様の魂の一部を相手が食べて、聖女様は相手の魂の一部を食べるの。そうすると、ぴったり同じ長さに生きられるって聞きました」ミルコも夢見るように言う。
結界から外を見ると、話が聞こえていた二人が激しくうなずいている。
「魂を食べるって、なんか気持ちわる…まずそう…」つぶやくサラに、二人は「美しい魂なら極上の味だそうですよ!」「俺の魂はきっとサラの好きなソーダ味だ!」と叫ぶ。
(え、じゃあ二人って、私の事好きなの?)今さら気が付いたサラは、結界に防音と不可視をかけ、二人が立ち去るまでアンナとミルコを巻き添えに立てこもった。
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