20.見送りと花言葉、そして現在
「――先輩、でも――お茶――」
「そっちの方が楽しそうだもの。出発まで、私、仕事も休みで手すきだし。一緒にやるわよ」
結局ベネッタに手伝ってもらって、俺たちはマンドレイクをエドラヒルが使っているギルド本部の裏庭に移植した。
「じゃあ、暗くなったし、帰るわね」
手を振って去って行く夕焼けのような赤い髪を見送って、エドラヒルは言った。
「――もう言ってしまえばいいじゃないか。これは、“お前に渡すための通信水晶だ”と。まどろっこしい」
俺はポケットから通信水晶の試作品を出し、ため息をついた。
――そう、これは、東大陸へ旅立つベネッタに渡そうと思って作成している通信水晶なのだ。
「いや、まだ、うまく通信できるか、わからないし」
「東大陸まで行ってつながるかは不明だが。船の途中くらいまでならいけると思うぞ。――何より」
エドラヒルは大きくため息を吐いた。
「彼女に渡すために、連日連夜、水晶を彫っているお前の……その気持ちを伝えることこそ、重要なのではないか、風の魔法使いよ」
「――……いや」
口ごもる俺の肩をエドラヒルはたたいた。
「私はお前より大分年長だからな。わかるぞ。お前はベネッタと結婚するだろう」
「――お前の話は、一足飛びすぎだ。結婚なんて。交際すらしていないのに」
「結婚せずに交際だけするつもりなのか。人間は移り気だからなあ」
「――そうは言っていない! 俺は真剣だ!」
そう言って頭を抱える俺を見て、エドラヒルは肩をすくめた。
「まあ、試作品は十分完成したといっていいだろう。あとは綺麗な箱でも用意して、手紙でも添えたらどうだ」
「手紙……書けるだろうか、俺に……」
「書けるだろうよ。――ベネッタは古代文字は読めるのか? こう古代文字で書いたらどうだ。“ねんねするよるを、ずっとこころでまっていたの”」
顔が赤くなる。あの古代人の遺跡の隠し空間で読んだ手紙の内容じゃないか。
俺はエドラヒルの背中をたたいた。
「――お前は、冗談が過ぎるぞ!」
――こいつを魔法使いギルドに連れてきて思ったことは。
このエルフが意外とお調子者なのだ。
「悪かったよ。――手紙が恥ずかしいなら、花を添えてみたらどうだ。星鈴草などよいだろう。私がお詫びに花を咲かせてやろう」
エドラヒルに言われて、俺はうなずいた。
「花か――それは、いいな。頼むよ、エドラヒル」
エドラヒルは「任せておけ」と微笑んだ。
――ベネッタの出発当日。
俺はエドラヒルが用意した両手いっぱいの星鈴草の花束と、試作品の水晶の片方を持って、船着き場へ行った。
派遣団として船に乗るベネッタに、それを渡す。
「オリヴァーくん、これって……」
ベネッタは水晶を見て目を丸くし、リンリンと海風に鳴る星鈴草を見て、驚いたように口を開けた。
「これは、試作品の連絡魔法の水晶です!」
俺は頭を下げて、花束と水晶の片方をベネッタの手に押し付けた。
「――もう片方の水晶は、俺が持っています」
彼女に渡した水晶と対になる、自分の水晶を見せる。
「どこまでつながるかわかりませんが、港を出て数日程度の距離なら届くはずです。魔力を込めれば、言葉のやり取りができます。連絡をしていただけると嬉しいです!」
――沈黙。
星鈴草がリンと鳴った。
顔を上げると、先輩が彼女の髪と同じくらい真っ赤な顔で俺を見ていた。
「その――えっと。とっても、嬉しいわ。水晶も花束も。――あの、返事は、ちょっと、よく考えて――」
そう言うと、ベネッタは水晶と花束を抱えて、たたたっと船に乗り込んで行ってしまった。
「――?」
俺は彼女の反応の意味がわからず、首を傾げながら出発する船に手を振った。
――夜。
俺の研究室でお茶を飲みながら、エドラヒルに尋ねた。
「エドラヒル。水晶と花束を渡したときのベネッタの様子が少し、変だったんだ――。“返事はよく考えて”と……」
「――星鈴草の花言葉をよく考えてみろ」
「“これからもよろしく”や“感謝”だろう……?」
エドラヒルは口角を上げて俺を見た。
「オリヴァーよ。花言葉というのは、状況によって、意味が変わるのだ。誰が、誰に贈るか。星鈴草の花言葉の根本の意味は“永遠”“感謝”――未婚の若い男が、未婚の若い女にそれを贈る意味は……わかるだろう?」
「……」
俺は赤くなった。
それは、もはやプロポーズではないだろうか。
エドラヒルは口ごもった俺に「わからないか」と肩をすくめた。
「――求婚だ」
「わかるよ! エドラヒル、どうして言ってくれなかった」
「私は、“悪食の友人”の背中を押してやったのだよ。人間をよく知らぬ私から見ても、お前たち二人は“いい感じ”だったぞ」
このエルフは、ときどき言葉遣いが短絡的になる。
“いい感じ”なんて言葉をどこで身につけたんだ。
そのとき、俺のポケットで水晶が震えた。
慌てて取り出すと、歪な音がした。
『――オリヴァーくん? ……今ね、船上なんだけど……』
「ベネッタ……!」
俺は思わず飛び跳ねて、エドラヒルを見つめた。
エドラヒルは紫の瞳を面白そうに細めると、手を振って部屋を出て行った。
◇
「――オリヴァー! オリヴァー・シュゼイン教授! “風穴を開ける者”!」
俺は数年前の――まだ研究員だったころの、あの船着き場の日の記憶から引き戻され、はっと顔を上げた。
書架が並ぶ教授室。机に座る俺の前に、皿とスプーンを持ったエドラヒルが立っている。
「――おい! “辺境の風使い”!」
「エドラ、なぜ何度も呼ぶんだ」
「お前がぼーっとしているからだ。どうした」
俺は部屋を見回した。
そうだった。エドラヒルが新しいマンドレイクのソースを開発したと、俺の研究室に持ってきたんだったっけ。
俺は笑った。
「いやな、君と初めて会ったときのことを思い出していたんだ」
「――ついこの間ではないか」
エドラヒルは視線を落として、つぶやいた。
「――お前にとってはな」
俺は笑った。あれから俺は、水晶を用いた遠距離連絡魔法を確立し、ベネッタと結婚し、名門魔法使いである彼女の実家――シュゼイン家の一員となり、教授になった。――こんど、子どもも生まれる。
エドラヒルだけは、あのときと変わらないままだ。
俺はエドラヒルを見つめて、呼びかけた。
「こんどまた、辺境地の遺跡探索に行きたい。エドラ、協力してもらえるか」
エドラヒルは顔をあげ、昔とちっとも変わらない笑顔で、にっと笑った。
「もちろんだ。――”悪食の親友”よ」
(了)




