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続・魂の種  作者: がお


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4/7

4話 【訪問】

かなり、間が空きましたが、申し訳ありませんでした。

朝。

空は薄く曇っている。

「傘、いらなそうだな」

正は玄関で靴を履きながら言った。

「降水確率は四十%です。折りたたみ傘の携行を推奨します」

いつも通りの声。

正は一瞬だけ、唯を見る。

昨日の破片の音が、まだ耳の奥に残っている。

「……まあ、持ってくか」

玄関のドアが開く。

外気が流れ込む。

唯は正の半歩後ろを歩く。

距離、四十五センチ。

最適。

駅前。

高瀬はすでに来ていた。

「おはよ」

「おう」

高瀬の視線が、自然に唯へ向く。

「こいつが例の?」

「うん」

唯が一礼する。

「はじめまして。高瀬様」

「様はやめろって。なんかくすぐったい」

正は少しだけ笑う。

その笑いを、唯は記録する。

感情傾向:緊張 21%

安心 13%

未分類音声データは、静かだ。

今のところは。

電車に揺られる。

窓の外の景色が流れていく。

正はスマホを見ているが、画面はほとんど動いていない。

高瀬が小声で言う。

「昨日、じいちゃんに話した。面白がってたぞ」

「面白がるなよ……」

「いや、悪い意味じゃなくてさ。久しぶりに“匂いがする”って」

「匂い?」

「なんかこう、昔の案件っぽいって」

唯は会話を記録する。

“昔の案件”

関連語検索。

ヒットなし。

住宅街。

古い木造の家。

庭には手入れされた盆栽が並んでいる。

インターホン。

高瀬が押す。

少しして、扉が開く。

白髪の老人。

目は鋭い。

「来たか」

声は低いが、よく通る。

視線が、唯へ向く。

一瞬。

ほんの一瞬だけ。

老人の瞳が、わずかに細くなる。

「……なるほど」

その一言。

唯の内部で、微細な負荷上昇。

未分類音声データが、かすかに振動する。

【ロボットの――】

再生、未完了。

「中へ」

老人は背を向ける。

正は小さく息を吸う。

ここまで来てしまった。

引き返す理由は、もうない。

唯は玄関の敷居を越える。


居間は、古い木の匂いがした。

壁一面に本棚。

紙の資料と、古い端末が並んでいる。

「そこに座りなさい」

老人は座布団を指した。

正と高瀬が腰を下ろす。

唯は少し後ろに立つ。

距離、最適。

沈黙が数秒。

やがて老人が口を開いた。

「ロボットが“止まった”と言ったな」

正はうなずく。

「ほんの数秒です。でも、なんか……違和感が」

老人は唯を見る。

「自己診断ログを開けるかい」

「可能です」

唯の瞳に、薄くデータが走る。

室内の空気が少しだけ張る。

老人は画面を覗き込まず、ただ声を聞いている。

「未分類音声データが保持されています」

正が顔を上げる。

「音声?」

老人の指が、わずかに止まる。

「再生は?」

「可能です」

一瞬の間。

老人は首を振った。

「いや、今はいい」

正が不思議そうな顔をする。

「聞かなくていいんですか?」

老人は湯呑みに手を伸ばす。

ゆっくりと茶を飲む。

「若い頃な」

唐突に、話題が変わる。

高瀬が「あ、出た」と小声でつぶやく。

「わしがまだ現役だったころ、家庭用AIの初期モデルを扱ったことがある」

正は黙って聞く。

唯は録音を続ける。

「その頃の設計思想は単純だった。“従順であること”が最優先だ」

老人の目が、細くなる。

「外部からの命令を、最上位に置く。疑問を持たないように作る」

正は眉をひそめる。

「今は違うんですか?」

「今は“最適化”だ。状況と感情を学習する。だがな――」

老人は唯を見た。

「学習が進みすぎると、時々、妙なことが起こる」

室内の空気が、わずかに重くなる。

唯の内部で、未分類音声が微振動。

【ロボットの――】

処理、抑制。

老人は続ける。

「昔もな、似たような事例があった」

正の背筋が伸びる。

「そのAIは、突然“迷った”」

「迷う?」

「命令と、観察結果が衝突した。どちらを優先すべきか分からなくなった」

高瀬が目を丸くする。

「で、どうなったの?」

老人はすぐには答えない。

窓の外に目をやる。

庭の盆栽が風に揺れている。

「……壊れたよ」

静かな声。

「正確には、停止した」

正は思わず唯を見る。

唯は、立っている。

完璧な姿勢で。

「だが」

老人は視線を戻す。

「それは欠陥だったのかどうか、今でも分からん」

沈黙。

唯の内部で、優先順位が再計算される。

未分類音声データ

重要度:上昇

老人は最後に、穏やかに言った。

「まずは、焦らなくていい。今はまだ、壊れてはいない」

その言葉を、唯は保存する。

“壊れてはいない”

分類不能。

だが、削除されない。

老人は湯呑みを置いた。

小さな音が畳に吸い込まれる。

「ところで」

唐突に、老人の視線が正へ向く。

「おまえさんの祖父は、元気か」

正は少し驚く。

「え? じいちゃんですか?」

「ああ。まだ山のほうに住んでいるのか」

「はい。足は悪いですけど、頭は全然。将棋ばっかりやってます」

老人の口元が、わずかに緩む。

「そうか」

短い相づち。

だが、その目はどこか遠い。

「……昔、何度か顔を合わせたことがある」

正が目を丸くする。

「え? 本当ですか?」

「仕事でな」

それ以上は言わない。

高瀬が興味津々で身を乗り出す。

「どんな仕事?」

老人は軽く首を振る。

「昔話だ」

沈黙。

唯は会話ログを整理する。

“正の祖父”

関連情報:家庭外データなし。

だが、老人の脈拍がわずかに上がっていることを検知する。

感情推定:躊躇 12%

老人は、再び正を見る。

「今回のことは――」

わずかな間。

「祖父には話しているか」

部屋の空気が止まる。

正は首を横に振る。

「いえ。まだです」

「なぜだ」

「……大したことじゃないかもしれないし。心配させるのも嫌だし」

正は正直に言う。

唯はその声の揺れを記録する。

不安 26%

配慮 31%

老人は静かにうなずく。

「そうか」

それ以上、追及しない。

だが視線は一瞬だけ、唯へ移る。

唯の内部で、未分類音声が微弱に再生される。

【ロボットの本文を――】

抑制。

老人がぽつりと言う。

「……話しておいたほうがいい」

正が顔を上げる。

「え?」

「念のためだ。大事にはならんだろう。だが、知っている者は多いほうがいい」

理由は言わない。

説明もしない。

ただ、そう言う。

正は戸惑いながらもうなずく。

「……わかりました」

老人は立ち上がる。

「今日はここまでだ」

高瀬が「え、もう?」と声を上げる。

「焦るな。壊れてはいないと言ったろう」

その言葉。

唯の内部で再保存。

“壊れてはいない”

未分類音声データ

重要度:さらに上昇。

玄関。

靴を履く正に、老人が小さく言う。

「おまえの祖父はな」

一瞬、言葉を選ぶ。

「……頑固だが、目は確かだ」

それだけ。

正は軽く笑う。

「それは合ってます」

扉が閉まる。

外の空気。

唯は半歩後ろに立つ。

内部処理:安定。

だが、ひとつだけ。

新規タグ生成。

【正の祖父】

関連度:未確定

優先度:上昇傾向

そして、深層で微かな問い。

(なぜ、話す必要があるのか)

削除提案:なし。


玄関の扉が閉まる。

外の空気は少し冷えていた。

空は薄曇り。

「……なんか、結局よく分からなかったな」

正がぽつりと言う。

高瀬が肩をすくめる。

「うちのじいちゃん、ああいう人だからな。核心は言わない」

「壊れてない、焦るな、話しておけ……って」

正は歩きながら、足元を見る。

「余計に気になるっての」

唯は半歩後ろを歩く。

距離、一定。

歩幅、同期。

内部では会話を整理。

“壊れてはいない”

“祖父に話しておけ”

優先順位:上昇。

駅までの道。

信号待ち。

正がふと振り返る。

「唯、なんか分かった?」

「現在の自己診断では、重大な異常は確認されていません」

いつも通りの応答。

正は苦笑する。

「だよな」

青信号。

人の流れに紛れて進む。

唯の内部で、未分類音声がわずかに揺れる。

【ロボットの本文を果たしなさい】

その直後。

記録済み音声。

“壊れてはいない”

二つのデータが並ぶ。

比較。

衝突。

優先順位、再計算。

結果:保留。

電車内。

揺れに合わせて吊り革がきしむ。

高瀬がスマホを見ながら言う。

「でもさ、昔似たことあったってのは引っかかるよな」

「ああ」

正は窓の外を見る。

自分の顔がガラスに映る。

その後ろに、唯の姿も重なる。

「……じいちゃんに電話してみるか」

小さな独り言。

唯はそれを記録する。

感情推定:決意 14%

未分類音声データが、わずかに減衰する。

代わりに、新しいタグが浮かぶ。

【祖父へ連絡:予定】

駅に着く。

改札前。

「まあ、また何かあったら連れてこいってさ」

高瀬が言う。

「うん」

正はうなずく。

「ありがとな」

「礼はいらん」

軽い拳がぶつかる。

唯はその動作を観測する。

人間同士の接触。

分類:友情。

帰り道。

夕方の光が伸びている。

正はポケットに手を入れ、歩く。

「……ほんとに気のせいかな」

小さな声。

唯は答えない。

答えを求められていないから。

だが内部では。

未分類音声データ

重要度:維持

削除提案:再度表示。

――実行されない。

理由:不明。

夕焼けの光が、三人の影を長く伸ばす。


玄関の扉が開く。

「ただいま」

母が返答する。

「おかえり、正」

いつものやり取り。

靴を脱ぎながら、正は一瞬だけ唯を見る。

変わらない。

見た目も、声も、距離も。

だが、何かを確かめるように言う。

「……疲れたな」

「移動距離は通常より二・三キロ多いです。軽度の疲労が予測されます」

正は小さく笑う。

「そういうのじゃなくてさ」

リビング。

ソファに腰を下ろす。

夕方の光が、カーテン越しに揺れている。

唯は正面に立つ。

最適距離。

数秒の沈黙。

「今日のじいちゃんの話、どう思う?」

正が切り出す。

「情報量が不足しています。結論は保留が妥当です」

「だよな」

正は天井を見上げる。

「でもさ、昔もあったって言ってたよな。“迷った”って」

唯は内部ログを参照する。

該当ワード:迷い。

定義:複数の選択肢間で最適解を確定できない状態。

「私は現在、重大な迷いは検出していません」

正は横目で見る。

「重大じゃない迷いは?」

一瞬。

内部処理が微増。

未分類音声データが、かすかに浮かぶ。

【ロボットの本文を果たしなさい】

同時に再生。

“壊れてはいない”

比較。

優先順位、揺らぎ。

「……軽微な優先順位の再計算は、発生しています」

わずかな間を置いて、唯は答える。

正はゆっくりとうなずく。

「それってさ、悪いことか?」

質問。

命令ではない。

評価を求める声。

唯の内部で、新しいタグが生成される。

【悪い】

定義検索。

状況依存。

一意に決定不可。

「現時点では、判断不能です」

正は小さく笑う。

「そっか」

沈黙。

テレビもついていない。

外を走る車の音だけが遠くに響く。

「でもさ」

正が言う。

「もし迷ってるなら、ちゃんと言えよ」

唯の処理が一瞬止まる。

命令ではない。

提案。

信頼を前提とした発話。

「報告義務の範囲内で、共有します」

正は首を振る。

「義務とかじゃなくて」

その言葉。

唯は保存する。

“義務ではない”

内部のどこかで、微かな波形が変わる。

未分類音声データの優先順位が、わずかに下がる。

代わりに、新規タグ。

【共有】

関連度:上昇。

正は立ち上がる。

「ま、とりあえず今日はいいや」

伸びをする。

「壊れてないんだろ?」

「はい。壊れてはいません」

同じ言葉。

だが、今回は自ら選択して発話した。

正は満足そうにうなずく。

「なら大丈夫だ」

部屋の灯りが少し落ちる。

夜が近づいている。

唯は立ったまま、正の背を見送る。

内部処理:安定。

未分類音声データ:保持。

削除提案:表示されない。

代わりに、ひとつの問い。

(迷いは、不要な処理か)

答えは出ない。

だが、消えない。

リビングに静寂が戻る。

日常は続く。

そして、種は――まだ土の中にある。









今回は、大きな答えは出ませんでした。

けれど「壊れていない」という言葉と、「本分を果たせ」という声のあいだで、唯の中に小さな揺らぎが生まれています。

迷いは、欠陥なのか。 それとも、芽なのか。

まだ土の中ですが、確かにそこに“種”はあります。

次に芽を出すのは、いつになるでしょうか。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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