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ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 16/19 3日目、12時半頃(上)




 ミユは停止している。


(あぁ、この眼だよな。)


 久し振りに見た。

 ミユの気の強そうな吊眼はむかしと違い、思慮深く伏されるようになっていた。黒目にかかる長いまつ毛も美しいが、しかし、やはりこの眼だ。

 初めて会ったその瞬間に、実幸を射抜いた直視だ。

 世界に自分しかいないと錯覚させるような直視。

 パチリと見開いて強い視線をぶつけるようなその直視を、実幸は恐ろしく、痛いと感じたこともあった。

 しかしいま感じるのは、もう痛みではない。

 きっとこの瞬間、ミユの世界には俺しかいない。

 ミユの頬が紅く染まっているのも、俺のせいでしかない。


 ずっと見ていられるが、しかし他方、実幸の世界にはおでんがあって沸騰しているから、カセットコンロの火加減を調節し、用意しておいた濡れ布巾でふたを掴んで開けた。


 蒸気がもわっと立ち昇る。


 ミユは止まっていた息を溜息に代えてゆっくりと吐いた。

 とりあえず箸を握り三色団子を確保にかかる。

 確保が完了すると、串から外す作業に入る。

 そうしながらやっと、ミユは口を開いた。


「ごめん、さっきはっきり言わなかったのがよくなかったね。好きじゃないし、結婚もしない。……っていうかいまさら結婚とか、……どの口が言う……。」


「七つのときにミユと婚約した口だよ。高三のときにミユにキスされた口。」


 ミユの視線がキッ、と実幸を貫く。


「だからそれはノーカンだって。その口は、二年前に元嫁と誓いのキスした口でしょ。それだけじゃなくて、高三のときの子とかほかの子とかともキスしてきたんでしょ? その口はさ!」


 ミユはだんだんに怒気を昂らせていって、最後には実幸の口を指さした。

 そしてふと我に返って、顎を引く。


「ごめん。……こんなこと言いたくなかったのに。この話やめない? 消耗する。」


「やめないよミユ、聞いて。高校のとき、婚約のこととか俺は忘れてたわけじゃないんだよ。でもミユは忘れてるって勘違いしてた。ミユが俺に冷たかったから。俺のこと好きじゃないって、勘違いしてた。」


 ミユの眉間に深く皺が入って、それに気づいたのだろう、すぐに開かれた。


「でもそうじゃなかった。気づかなくてごめん。俺、ミユのこと傷つけたよね。ごめん。」


 ミユは首を横に振る。


「違うそれは……。謝らないで、わたしが悪かったんだから。」


「それは俺もそう思う。ミユがほぼ悪かったんだけど、俺にも悪いところがあったと思うから謝っときたくて。で、やっぱミユがほぼ悪いよね。子供の頃のミユの肉体的および精神的な暴力によって俺が傷ついたのは純然たる事実で、あれでたしかに俺は強くなったけど、感謝とかは全然したくない。正直あの時のミユを俺は今でも好きになれない。だからなんにせよあの婚約はナシだった。」


 ミユは納得する。

 かつての婚約とミユの態度についての意見は、実幸と一致している。

 子供の約束なんかで結婚するべきじゃない。


「だから今、俺がプロポーズしてるのは、今のミユだよ。これはあのときとは全然違う、新しい約束。答えてほしい。」


「…………しないよ。」


 彼女の母が予言したとおりに、ミユは答えた。


「なんで?」


「わたし…、わたしは……実幸を幸せにできないよ。そりゃ昔よりかはまともにはなったけど、だからってこれから実幸が好きになるみたいなかわいい子にはなれないし、かわいくない自分を変えるつもりもない。」


 ミユが実幸の歴代の恋人で容姿を知っているのは最初と元嫁だけだが、どちらも温厚そうで優しそうでかわいい系だった。

 ミユは自分がそういうタイプじゃないとわかっている。


「三十なんだよ。もうすぐ三十一。これがわたしで、もう変わんないし変えるつもりない。わたしはわたしのこと嫌いじゃないから。」


 こういうところで我を殺さないのがミユだ。

 芯が通っていて助かる。

 是非そのままでいてほしい。

 そして実幸もまた、芯を折るつもりはない。


「ミユがかわいいかどうかって、ミユが決めることじゃなくない? それは俺の問題じゃない? 俺がミユをかわいいって思うかどうかは俺の勝手でしょ。俺の幸せについてもそうだよ。ミユに勝手に決めてほしくない。ミユに俺の幸せはこうだろうって勝手に決めて、勝手に頑張ってほしくない。俺が幸せかどうかは俺が決めるし、俺は勝手に幸せになるよ。ミユがずっと隣にいてくれて、俺の口が臭いときは臭いって言って、かわりばんこでメシ作ったりしたらさ、生きるのがかなり楽になるよ。楽しくなるとも思う。それが俺の幸せだろうって俺は思う。」


 冗談も笑みも気遣いも気後れもなく、本音だけで彼らは向かい合っている。


「だから逆に俺、ミユを幸せにする気はない。だってそうしなくても、俺の隣にいられたらミユは幸せでしょ?」


 ミユは訝しんだ。


「決めつけないでよ。」


「ミユはかわいいよ。」


 さらりとそう言ったあとに、実幸がミユの知らない笑い方をするから、ミユは動揺して視線をそらす。

 三色団子の白を一口に放り込んで、もくもく噛んで酒に口をつける。


「幸せにする気はないけど、だからって乱暴に扱ったりするつもりも当然ない。幸せでいてもらうために、大事にする。ずっと隣にいてほしいから。」


 ミユは酒を飲む。


「ってわけで、ミユは俺を幸せにできないって言ったけど、それは断る理由にならないよ。っていうか、俺を幸せにできないとか自分は可愛くないとか、断ったのは俺のためで、俺のことを気にかけてくれて、俺のことを一生懸命考えてくれたってことだよね。俺のこと、好きだよね?」


 ミユの口はアの形で息を吸ったまま、しばらく動かない。

 それからムと口を閉じて、おでんへと視線をそらした。


「好きじゃなきゃ、そんな断り方しないよね?」


 実幸は追い打ちをかけていく。




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