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ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 14/19 2日目、20時から21時にかけての30分間(結)




 ノブは椅子を鳴らして立ち上がり、テーブルから一歩離れて両手を広げる。


「来い!」


 すぐさま実幸はノブへ飛びついて、二人は泣きながら熱い抱擁を交わした。


(あ~、チョロい~、すき~♡)


 相変わらず情に流されやすいノブである。

 まさか結婚まで許すとは。

 実幸としてはミユ、引いては夕濵家との付き合いを再開し、あわよくばミユと一歩先の関係になることを許してもらおうとしていたわけだが、話の成り行きで結婚さえ許された。

 『結婚』だの『鈍感』だの、あまりにも喋りすぎる自分に自分でも驚く実幸だが、ノブが許したんだから結果オーライである。


 しかし、アヤは正気だった。


「ちょっとなに勝手に決めてるんだか。」


 男二人、中途半端に抱き合ったまま、アヤを見る。


「実幸くん、ミユにはもう伝えてるの? プロポーズはした?」


「いえ……」


「もうまったく勢いだけで、二人だけでなに勝手に決めてるんだか。」


 呆れて溜息をついてから、アヤは実幸を直視して話す。


「実幸くん、ずっと骸廓坑の、経理部で働いてるんだってね。」


「……はい。」


 これは不味い。実幸は経験則から察する。

 アヤは論理的な人だ。

 突然の話題転換や、話が遠回りしていると感じたら、それは一種の誘導尋問だととらえたほうがいい。でないと最後には詰められることになる。

 迂闊な言動は命取りだ。


「つまり君は内部告発側、……勝ち残った、ってことよね。」


 数年前の話である。

 実幸が務める骸廓坑病院――より正確には、国中の医療機関を総括する事務組織で抗争があり、不正の温床になっていた上層部が一掃、業務改革が行われたのだ。


「パワハラだとかモラハラだとか酷かったらしいじゃない。そんなところで働いてた実幸くんからしたら、ミユのツンツンなんて子猫の甘噛みみたいなもんよね?」


 昨日今日のミユは威嚇さえしてくれなかった。

 噛んでくれてもよかったのに。


 そんな内心をおくびにも出さず、実幸は口を滑らせないように黙る。


「目の上の瘤がすっきりしたんでしょう。いま役職は?」


「課長です。」


「まぁ立派じゃない。君は大人になったし、精神面も強くなったし、経済力だってある。女なんて選び放題なんじゃないの? なのに幼馴染と再婚? どうして? ――ううん何も答えなくていいの。実幸くんが何を言ったって、わたしがそれを信じることはない。十年ぶりだもの。もう知らない人よ、君は。」


 地震雷火事――となるとめっぽう強い親父のノブだが、厄介なセールスやしつこい勧誘の相手をし、そしてたちまちに始末してきたのはアヤである。

 彼女は相手によっては、冷酷でさえある。


「ミユはずいぶん丸くなってたでしょ? 大人になったししっかりしてるし生活能力もある、なのに純情で初心、おまけに美人になった。寂しいところにそんな子が現れたら飛びつきたくなるのも当然よね。でももし君が、復讐のつもりでミユに近づいたんだとしたら、遊ぶだけ遊んでポイなんてしたら、わたしは絶対に許さない。二度と女を抱けない体にしてやるから。」


 結局、アヤは怒っているのだ。

 ついさっきは『ミユを傷つけてくれて、ありがとう』なんて言っていたが、本音ではどうしようもない。

 ミユには傷つける側になってほしくないから実幸には『逃げて』と言ったが、しかしもちろん傷つく側にもなってほしくないから実幸に釘を刺している。

 悪い虫なら殺すつもりだ。

 もう、ミユを傷つけさせるわけにはいかないのだった。


 実幸は怯えている。

 アヤは自分の怒りをなだめ、短く吐息をはいた。


「大丈夫よ。そんなふうにはならない。ミユはバカじゃないもの。自分の相手くらいしっかり選んでくれるって信じてる。だからもしミユが実幸くんを選ぶんなら、わたしは文句は言わない。」


 アヤはふと思うことがあって、視線を外した。


「でも、ミユはきっと君を選ばないでしょうね。ミユは優しい子だから。」


「……それって、」


 どういう意味なのか、問うより先に、ダイニングの扉が開いた。


 風呂から上がってきたミユは、目を丸くして硬直する。


「ちょっ、ナニコレ、これどういう状況? 大丈夫?」


 驚かずにはいられないだろう。

 幼馴染と父が泣きながら抱き合っていて、それを母が睨んでいるのだから。

 いったいどういうタイプの修羅場なのか?


 実幸がノブを離れて近寄ってくるから、ミユは顔の下半分をタオルで隠した。

 化粧を落としたからなのだ。


 実幸は、そんなミユの手首を掴んだ。

 ミユはドキリとして全身が力む。

 実幸が耳元にまで口を近づけて、ささやいた。


「ミユ、俺大丈夫じゃないから、明日も(うち)に来て。八時……いや、十二時集合。」


「え? ……うん、まぁ、いいけど……。」


「あとおでん持ってきて。」


 黒目と顎をすこしだけ動かして、キッチンのコンロの上の土鍋を示す。

 中身は正解で、おでんだ。

 残り香から推測できていた。

 そして実幸の記憶違いでなければ、夕濵家では明日もおでんになるはずだ。


「え? ……でも、」


 彼女が拒否する前に言葉をかぶせる。


「あとあと、いまみたいな部屋着で来ていいよ。ノーメイクでいいし。自分()だと思って来てくれれば。」


「やだよ、普通にちゃんとして行くわ。」


「だめだよ、これ許可じゃなくて罰だから。いい?」


 不審がってミユは一歩引くが、実幸は手を離さない。


 それで、眉をひそめたまま仕方なしにミユは頷く。


 実幸はにんまりと笑ってやっと手を離した。


 ミユは半ば睨みつけ、しかし困惑まじりになけなしの非難しかできないのだった。


「……悪い(ひと)。」




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