ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 11/19 2日目、20時から21時にかけての30分間(起)
玄関の明かりに照らされた彼の頭がずいぶん白くなったのがわかっただけで、実幸は涙をこらえなければならなかった。
「ひ、さしぶり…、です。」
実幸は、自分を親不孝だと感じる。
およそ十年前の春以降、三善家と夕濵家との関係は親しいものではなくなったが、途切れたわけではない。ただ、実幸だけは夕濵家との関りが一切なくなっていた。
しかし事実、家庭を顧みない父や生活力のない母に代わり、自分を、そして妹・弟を育てたのは夕濵夫妻だ。
恩を返せないままに離れていたことを、深く後悔した。
長く会わずにいた寂しさが、胸に押し寄せた。
「上がってけ。」
ノブが言った。
懐かしい食卓の、いつもはミユが座る席に実幸は座った。
眼前にはノブとアヤが座っている。
色違いのパジャマだ。
相変わらず夫婦円満らしい。
「今日はどういうわけか知らないが、ミユとはしばらく会わないでくれないか。」
ノブが言い、実幸は存外の言葉にどうして、というような顔で停止する。
「大事な時期なのよ。」
アヤが言う。
「大事な……? あの、詳しく訊かせてもらっても?」
ノブは掛け時計を見たあと、アヤを向く。
「あと三十分くらいか、ミユが風呂から上がるのは。」
「そうねそのくらい。」
「じゃあちゃっちゃと済ませたいから、アヤから頼む。」
話し下手には自覚のあるノブである。
「そうね、端的に言うと、ミユ、いまモテ期なのよ。」
「モテ期……」
「凄くてな。お父さんびっくりしちゃって。」
自慢の娘なのだ、ノブは露骨にはしゃぐ。
「三人の候補からひとりに決まりそうってところなの。」
「ああ。……え?」
「弁護士と、農家の後継ぎと、職場の後輩。」
「イチゴ農家がな、いい奴なんだよ。筋肉もムキムキでな。」
「弁護士よ、弁護士に決まってる。農家なんて大変よ? 休みなんてないんだから。あの人なら羽振りもいいんだからミユ専業主婦できるじゃない。」
「ミユは体を動かしてないといけない子だから、農家ならちょうどいいだろ。あの弁護士なんてなんだ、やらしい顔して、年もずいぶん上だったろ?」
「十歳くらいなら普通でしょ? 女に慣れてるくらいがちょうどいいのよミユはじゃじゃ馬なんだから。」
二人がミユの旦那候補について嬉々として議論を交わしているのを聞きながら、実幸はモヤモヤする。
「どういうことなんですか? お見合いとか? その三人とも、この家に挨拶に来たってことですか? ミユが同時に三人と付き合ってるみたいな、そんな逆ハーレムみたいなことないですよね?」
勢いづいた実幸にノブが若干引く。
「なに言ってるんだ当然だろ。」
「ミユ、役所で働いてるって、知ってる?」
「はい。」
昨晩本人から聞いたし、以前に家族伝いに知らされていた。
「もう一年になるのね、……革命があったでしょう?」
「はい。」
「ミユ、過労で倒れたの。」
この国――魔都の政府機能は小規模であるため、公僕は安賃金で働かされている。他方、革命やクーデターは頻繁に起こるから、暴徒の的やら市民の救援やら鎮静後の法整備やらで忙殺されるのが必定だ。
「あの子むかしから頑張りすぎるから。」
実幸は俄かに思い出す。
(やっぱりあれはミユだったんだ。)
当時、実幸も仕事で何度かこの国の国会議事堂――赫塔を訪れていた。ミユもきっと役所から救援に来ていたのだろう。
赫塔はテロの最初の標的にされやすい一方、いざ始まったあとには政治家連中は離れるから攻撃対象になりにくくなる。そして陥落しなかったとなると、近隣のケガ人や病人の急場しのぎの避難場になる。
一年前もそうだった。
どこを向いても飛び散った血痕に粉塵がこびりつき、阿鼻叫喚と罵詈雑言で溢れかえっていた。
その喧噪のなか、若い男性の声で「夕濵さん!」と呼ばれるのを聞いた。声の元を探すと、彼は髪を結い上げた女性へ駆け寄ったところだった。若い彼はどうやら上司らしいその女性に肩を触られ、顔を寄せて語りかけられ、目に溜まった涙を引っ込めてまた走っていた。
実幸の視線は、止まったままだった。
彼女はこちらに背を向けたまま振り返らず、自分より体躯の大きな怪我人に肩を貸して階段を昇って行った。
「入院はできなくて自宅療養ってことになって、……そのときミユ一人暮らししててたんだけど、ひとりにしたら仕事に戻っちゃうような子だから、ここに帰したの。」
「そのときにお見舞いで来てな、男たちが。イチゴ、美味しくてな。イチゴってそんな好きじゃなかったけど、実幸取れたての食べたことあるか? 美味いぞぉ。」
「なによ弁護士が持ってきたメロンのほうが美味しかったじゃない。」
「なんだメロンが美味しいなんて決まってるじゃないか、金に物言わせやがって。」
「お金持ってるか持ってないかなら、持ってるほうがいいじゃない。子育てだって大変なんだから、ミユには専業主婦になってもらいます。ノブくんだって孫は二人は欲しいって言ってたじゃない。」
ノブがムムムと閉口する。
「あの、ミユの気持ちは?」
耐えられなくなった実幸はとうとう口をはさんだ。
「あの子は仕事を続けたいだろうが……。正義感が強くて役人になったのはいいんだが、もう見てられなくてな。俺たちとしてはミユには結婚してもらって、仕事も辞めてほしいと思ってる。」
「そうじゃなくて、……いや、そうでしょうけど、じゃなくて、ミユは、…ミユはまだ俺を好きですよ。」
二人の顔が曇る。
「俺は鈍感じゃないからわかるんです。ミユはまだ、俺のこと好きです。てゆうかむしろ大好きです。」
実幸は語尾を荒くして言い切った。




