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ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 10/19 2日目、20時半頃




 やにわにミユは背を丸め込むように前のめりになり、


「……ぅっぷ……」


 と、胃からせり上がってきたものを、実幸にぶちまけないように慌てて口を塞いだ。


 実幸は真顔で呆然とする。


 ミユはしばらく眉間に深く皺を入れて耐えていたが、ようやく開口した。


「あぅ、ごめん、ちょっとくらくらして。体動かしたせいか、酔いが回った、かも。」


 ガラガラの声が切れ切れに出る。

 エロさは皆無だ。


 実幸の面倒見の良さに、久方振りに火がつく。


「いま水持ってくるから、体どかせる?」


 うーんと言いながら、上半身だけがふらついて、なかなか動けずにいる。


「ごめんおもいよね……すぐどくから…………………………あれ地震?」


「いやあミユがふらついてるからじゃなーい?」


 実幸はからがら誤魔化す。

 本当のところは七割方、実幸の鼓動がドッコンドッコン(>>>ドキドキ)いっているせいなのだ。

 ミユはずるずると体を動かして、畳へへたり込んだ。


 実幸がミネラルウォーターを手に戻って来たとき、ミユは脱力して横たわっていた。

 スコートはめくれあがって、照明を反射してシルクがピカーッと光っている。


 実幸は素早くスコートの裾を正し、コップをミユの口元に寄せた。


「大丈夫飲める?」


「そんな焦んないでよ大丈夫だって。ちょっとふらついただけ。」


 ミユは自力で上半身を上げると、素直に、ゆっくりと水を飲んだ。

 その間、実幸の頭がますます冷える。


「ほんとにごめん。どうかしてた、完全にどうかしてた。お手拭きとか洗面器とか、なんかほかに欲しいものある? お茶入れようか?」


「ほんとに大丈夫。むしろそっちの肋骨が大丈夫? 折れてない?」


「大丈夫だよ全然重くなかったよ。」


「ならよかったけど。」


 ミユはぼうっと視線を外してうつむいていて、赤い唇が力なくわずかに開いていて、実幸は弱った彼女の横顔を見つめる。

 彼女の背中に手を伸ばしたい欲求があるが、それが、介抱のために背中をさすってやりたいからか、抱き寄せたいからなのか、区別はつかない。


「今日、……どうする? 泊まっていく?」


「大丈夫だって。帰れるよ。」


 ミユの心に住む実幸はいつだって優しい。

 “彼”によって、本当の実幸の心に住むオオカミはあっけなく殺されてしまった。


「そっか……。」


 ミユは立ち上がろうとし、実幸は慌てる。


「ミユその格好で帰ったら駄目。」


 ミユはくすくす笑う。


「そうだね。」


「着替えて。終わったら呼んで。今日は送って帰るから。」


「大丈夫だって。ひとりで帰れる。」


「駄目だよ、こんな状態でひとりにさせられない、俺がヤなんだよ。俺のせいだけど。……ほんとごめん気持ち悪いと思うけど、ほんと、送らせて頼む。」


 実幸の気迫に押されて、ミユは「うん」と小さく頷いた。


 仏間の板戸を閉めたあと、すぐに、かつ忍び足でトイレに行った実幸であった。




 夕濵家へ向かう道中、ミユがふらついてトンッ、トンッとぶつかるから、実幸は肩に腕を回すことにした。

 ミユはくすくす笑って「ごめん」と言ったが、実幸としては、掌で包み込んだ彼女の肩の小さく硬い丸さを知って、どうしようもない、もどかしい気持ちになる。


 玄関先で、「じゃ」と、手を上げた実幸に、ミユは、


「上がってけば?」


 と尋ねた。


「ノブとアヤに会っていったら?」


 ミユの両親の名前だ。

 実幸が彼らと親しかったのに、しかし自分と実幸の確執のために距離を置いていたと知っていたから、ミユは言った。


「いや、遅い時間だし、いいよ。」


 実幸は門扉を閉じ、外から内に手を入れて錠を回した。

 玄関に立つミユが、「そう」と言って、小さく手を振って、扉の向こうへ消えた。


 実幸はしばらくその場を動けず、鍵がかかった音を聞いてやっと、深く溜息をつきながら俯いた。


 徒歩五分余りの距離なのに、ここはあまりにも遠い。


 いつでも会えると思っていたのに、再びここに来るまでに十年以上かかった。


 そして、次がいつになるかも、わからない。


 約束。――と、実幸は思う。


 彼らのあいだに、もう約束はない。


 幼い頃は違った。

 子供らしく無邪気に、結婚の約束なんてしていたのだから。

 しかしミユは忘れたものだろうと、高校生の時分に実幸は思っていた。だがミユが実幸をずっと好きだったというのが本当なら、きっと彼女は覚えていたに違いない。

 どうしてそんな勘違いをしたんだろう。

 ミユが――誠実で責任感の強いミユが、約束を忘れるはずはないのに。

 好きの裏返しにツンツンするしかないミユも、それを額面通りに受け取ることしかできなかった自分も、単に子供だったのだ。

 それだけのこと。

 しかし(こしら)えた生傷を生傷のままに、罪悪感さえ背負わせて、ミユは大人になったのだろう。


(俺はとっくの昔に忘れて、今じゃ別の傷がいくつか重なった。)


 約束のひとつもすればよかった。

 また、ミユに会いたかった。


(俺を好きでいつづける人に。)


 玄関の扉の鍵が、ガチャリと鳴った。


 実幸は顎を跳ね上げる。


 出てきたのは、夕濵ノブだった。




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