ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 8/19 2日目、朝から夜まで
朝食をとったあと、実幸はミユを大型電気店に連れて行き、大規模なホビーコーナーで思う存分ガチャガチャを回した。「年齢的にひとりでやるのには俺には覚悟が足りないから」とのことだ。一万円札を百円玉に変えるほどの覚悟とは裏腹に目当てのものはすぐに取れたらしく、それから移動した。開店前のこぢんまりとしたシュークリーム屋に並んだ。行列ができるほどの人気店らしく「男ひとりじゃ気恥しいから」とのことだ。店が出していた全五種類をひとつずつ買うと、最寄りの公園で半分に分けて二人で食べた。シュークリームもといシュー・ア・ラ・クレームは皮がパリパリのうちに食べなければならないらしい。「腹ごなしに歩こう」ということで、近所にある動物園をのんびりと回った。遅めの昼食はお洒落なカフェに入った。「気になってたけどひとりじゃ入りづらくて」とのこと。異国の郷土料理やなんかを注文した。
二人はずっと話していた。
馬鹿げた話もしたし真面目な話もした。
実幸が最近始めたお菓子作りの蘊蓄をはじめに、味噌汁の具についての講釈や、込み入った政治経済の議論や、職場のややこしい人間関係の相談をした。
彼らは自分自身が何者かをおおよそ捉えているし、自分個人の視点を定めて世界を評価できるようになっていたし、それを表現する力も身につけていた。
会話をしているうち互いに感じ取っていたのは、久しく離れてはいたが同じ人々に育てられただけあって価値観に大きなズレはないということだった。またズレがあったとしても、寛容であるということだった。
互いに、成長していた。
終日実幸に連れ回されたミユだが、一度も行先を尋ねなかった。
不安はなかった。
それどころか動物園で「パンダの尻尾の色は何色でしょうか?」という実幸のクイズの答えを目視した頃には、当初の目的――罪の贖いについては、すっかり忘れてしまっていた。
ただ今日を楽しんでいた。
スーパーに寄って食材を買って帰り、夕飯は二人で作った。
居間には三つのちゃぶ台の代わりにソファーとこたつがあって、食事はそこで、テレビを見ながらやった。
もちろん酒は飲む。
再生リストに入っていた国民的アニメ映画をあーだこーだ言いながら見て笑って、国民的滅びの呪文を二人で唱えて、それから成り行きでホームビデオを見はじめた。
三善家の各々の誕生日や、部活の試合や、小さい頃の牡丹の頭に大量のシジミチョウが止まっている動画やなんかを、ゲラゲラ笑いながら、あるいはちょっと涙ぐんで見た。
なかにはミユの動画もあった。
幼少の頃の、テニスの試合だった。
「これがねー、俺の性の目覚め。」
ミユがぎょっとして見た実幸は、酒のせいか幸せそうだった。
「ガキの頃さー、狂ったみたいに繰り返し見てたなー、パンチラ。」
「あの、これ、実幸ごめん、これ見せパンなんだよ。思い出を穢すようで悪いけど。」
そこはかとない胸糞悪さを解消するために、ミユは実幸に指摘する。
しかし実幸のまなざしは揺るがなかった。
「いいや、これは、罪だよ。」
「つ?……み……?」
「いたいけな俺に生涯にわたる性癖を植え付けた、これは、罪だよ。」
「ちょっと盗撮なんかしてないでしょうね? 一緒に警察行く?」
「行かないよしてないよそんなこと。そんなことしたことないし、いままで付き合ってきた子にも頼んだことない。そういうエッチな動画とか見ちゃいがちってだけ。」
声を荒げて否定して、はずみで性的嗜好を暴露する実幸である。
「あー……、そう。」
「じゃあ罰の話なんだけど、」
「あっ、そこにつながるんだ……。」
「ちょっと待ってて。」
実幸は二階に行き、しばらくすると戻って来た。
「これに着替えてもらっていいですか?」
差し出した手には、当時のマトコウテニス部のユニフォームがあった。
「嘘でしょ? なんで持ってるの? ……まさか盗ん」
「ちがうちがうそんなわけないだろ! 六花のだよ!」
言下を潰して否定するが、ミユはなお疑いの眼を向ける。
「嘘でしょ六花ちゃんに無理やり?」
「んなわけないだろ! 六花ってほんと一瞬だけテニス部だったんだよ。あいつ彼氏に合わせて部活変えてたから、んで彼氏とっかえひっかえだったからバスケ部にも陸上部にも弓道部にも入ってたんだよ。」
「えー……」
純真な印象しかないから驚きだ。
「でもなんで捨てずに? いままでこれ使ってやらしいこととかしてきたの?」
「するわけねーだろ妹のだぞ! 服とか勝手に捨てられねーから置いてただけだよ! おかげで二階の部屋ほぼ六花と結と晶の衣裳部屋になってるわ! ったくさっきから信用ねぇな!」
「…………そう……。」
猜疑心のたっぷりと乗った眼で返答する。
そんなミユに、実幸はユニフォームを押しつけた。
「いいからとりあえず着て!」
仏間で着替え終えたミユは実幸を呼んだ。
実幸は目を丸くして満足げに笑う。
「ポニテ! 再現度たっか。」
編み込みの癖は残っているし、前髪も短くないが、ミユはポニーテールを作っていた。
「いや当然でしょ本人だから。本人ご登場だから。」
羞恥心を隠し切れない反動でミユがツンツンする。
「でも越えられない時間の壁が……。」
「そりゃそうでしょ十年以上も前なんだよ。肌とか…毛穴とかもう……」
ミユの感傷を遮るように、実幸はそっとテニスのラケットを渡した。
「じゃ、素振り百回!」
目をキラキラさせて楽しそうに言う。
そして、ごろんと畳に横たわった。
ゴミを見るような眼でミユに見下げられながら、実幸はニタァと笑った。




