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水女 1/5

 ●義母(霙)エンド


【本編のあらすじ】

 主人公――三善実幸は六人の義理の妹・弟をもつ三善家の長男である。

 彼が小学一年生のとき、義父の結婚を機に一緒に暮らし始めた義母――白井霙は、母方が雪女の半妖であった。

 実幸が中学三年生のとき両親は離婚し、義母には接近禁止命令が出されていたが、なんとか家族と接近するために実幸と同じ高校に入学、再会する。

 しかし霙にかかった呪いのために、実幸は彼女のことを忘れていた。

 霙は実幸ががんだと気づき、彼女は自分の正体を明かさないままがん細胞だけを凍結させ根治させたが、その副作用か、実幸は倒れた。

 彼は生霊となり、彼女に淡い想いを抱きながらさまよって、およそ半年後に生身の体に戻る。

 それ以降、霙は妻としてではなく、再婚しないままで、ただ母として家に戻った。


 これは、それから更に三年が経ったあとの、夏の話である。




 遺伝子の問題だった。


 血で求め合っていた。


 それは例えば嗅げばわかる。

 家の狭い廊下ですれ違うとき、洗濯をするとき、風呂に入るとき、――自覚はなくても本能では気づいていたのだ。


 それは例えば見ればわかる。

 顔形、体付きは、遺伝情報の異なりを如実に表していて、出会った最初から年の差などは関係がなく、本能では気づいていたのだ。


 それは例えば触れればわかる。

 彼女の長い黒髪の毛先が掠めるだけで、びくりと震える。子供だと思って何気なく触れた彼の体が成長するたび硬くなっていくのを知って、どきりと脈打つ。触れられたならどこでも、そこから信号が発せられて全身が緊張するのだと、本能では気づいていたのだ。


 しかし本能の気づきを、理性は覚らなかった。


 彼らは“母”と“子”であったから。


 そうでなければならなかったから。







 玄関の引戸が勢いよく開き、帰ってきた妹が叫んだ。


「母さんが倒れちゃった兄ちゃあん!!」


 三善実幸(みよしさねゆき)が居間から飛び出して玄関に行くと、妹――六花が泣きそうになる。


「どうしたどうしたなにがあった?」


 立ち竦んでいた六花を引き寄せて上がり(かまち)に座らせ、腕のなかに入れたまま話を聞く。


「曲がり角と公園のあいだくらい。早く行って! 座って立てなくなっちゃった!」


 いまは真夏の十五時を過ぎた時分、晴天で、日射は攻撃的だ。


「あー熱中症? かなぁ?」


 実幸の言葉は間延びしていた。


「六花は仏間に布団引いてクーラーの温度下げて、あと氷嚢を用意しといてくれるか? 晶に手伝ってもらって。」


 呑気な兄に一度はやきもきした六花だったが、使命を与えられた途端に目つきをしっかりさせて頷いた。


「晶! 下りてこい! 六花を手伝え!」


 実幸は階段下から二階の弟に叫ぶと、母が倒れた場所へ小走りで行く。




 到着してみると、母はびしょびしょに濡れていた。

 別の妹――牡丹は赤いワンピースのスカート部分を器にして、そこに公園の水道から水を溜めて戻ってきて、母にかけていた。


「おにいちゃん!」


 実幸に気づいた牡丹が叫んでしがみついてくる。


「あー……。大変だったな。」


 母は素足で、足が汚れている。

 道の先を見ると転々と母のサンダルが落ちていて、そのまた先に大きな真ん丸のスイカと買い物バッグが落ちている。あそこで倒れたらしい。

 いま彼女らの居る木陰まで、一生懸命に引きずったのだろうと実幸は察した。


「お母さん死んじゃう?」


 胸が張り裂けんばかりに牡丹が問う。


 実幸は母を見下ろす。

 母が着ていたのは白いワンピースで、濡れて、下着の黒いのが透けていた。

 恥ずかしくて死ぬかもしれない、おれが。――と頭をよぎったが口にはしない。


「大丈夫死なないよ。」


 いくら暑くてもキャミソールくらい着ろ、と叱るのはあとにすると決める。

 いまは可及的速やかに三善家の恥を回収しなければ。


「おんぶするから手伝って。」


 背負って、妹に位置を調整してもらい、よいしょと立ち上がる。


「買い物バッグのなかから、財布とかスマホとかだけでいいから、持って来られるか?」


 言った途端に牡丹は走り出す。


「焦んなくてもいいから車には気をつけろよ!」


 耳元で大声を出されて、母が唸る。


「ぅんん……さねゆき……?」


 すこし安心する。


「これから帰るからね。」


 母は弱く頷いた。




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