41.やっちゃいけないことだってする
【前回までのあらすじ】
創始者の幽霊、狂ったバイオリンのごとき長広舌を喰らわせてターンエンド。
でも怖くはない。
手っ取り早くこいつをここから消す方法を知っているからだ。
学校で習ったもんね。
『投卵』――この国特有の、政治家の葬り方だ。
いまはリコールの投票には紙が使われてて、生卵の投擲は禁止されてるけど。
(卵あったっけ?)
と、記憶を巡らせるより早く、利き手のなかに硬く温かな感触があって、見ると、卵を握っていた。
いつのまに……いや、解ってる。
化け猫先輩が“説明”してくれてたから、知ってる。
冷蔵庫――いや、この家のなかの卵は、箱のなかの猫と同じ、宇宙のなかの人と同じで、エネルギーは時間も空間も関係なく在るんだから。
この意味を求めたんだから。
当然、手のなかに在るさ。
おれは創始者を見つめて言う。
「冥途の土産に教えてやるよ。」
だって必殺技だからね。
こいつとはこれでお別れ。
完全に除霊する前に、言いたいこと言ってやるぜ。
「これが、おまえに笑われるだけの人生なはずない、そうはさせない。
誰になんと言われようが、おれのことはおれが決める。
おれが成功か失敗かはおれが決める、し、……絶対に幸せになってやるッ!!」
創始者に卵を投げる。
一直線に飛んでいって、さっと俯いた創始者の額やや右側にぶつかる。
コツンと割れた卵から、――しかし、黄身も白身もあふれない。
殻の割れた隙間に黄色く小さいものがキラリと光って「ピヨ」と鳴くやいなや、白く広がって羽ばたいた。
_人人人_
> 鶏 <
 ̄^Y^Y^ ̄
畳にトス、と着地すると、取り乱して走り回ったあとにガラス戸から庭へ飛び出していった。
限りなく呆然としたおれには、鶏を目で追うのがやっと。
ふらとガラス戸に寄って、つと空を見上げる。
いつのまにか、外は晴れていた。
創始者がクククと笑う。
「いや……ナニコレ。なに……なに? …してんだよ。」
塀のすみに寄っておろおろしている鶏から目を離せないまま、おれは創始者に文句をつけた。
「結局、おまえが優しい奴だってことだろうよ。」
「? おれのせい? そんなはずないおれはおまえに……、」
……まぁたしかに投げる寸前、食べ物を粗末にしたくないと思ったし、後片付けするのもメンドイって脳裏をよぎったけど。……てか有精卵だったんだね? ――っていう感想は正解? いまなにを考えるべきなんだろ? わかんない。鶏、とりあえず生きててよかった……殻のなかで死に絶えることなく、生まれてこれてよかったぁ……なんてぼんやり思いながら首を傾げるおれの後ろで、創始者が呟く。
「しかしまぁ、俺にはきちんと効いたようだ。」
振り返って見ると、卵の当たった額の右側を起点に、縦に罅がビキィッと入った。
それだけではない。
みるみるうちに彼の姿が変形していく。
服がほどけて糸がニョロニョロと空を泳ぎはじめる。
一枚一枚、皮がペラペラはげる。
脂肪がトロトロ垂れ流れる。
筋肉がプリプリ剥かれる。
内臓が露わになってヌルヌルほどけていく。
神経がスルスル抜けていく。
細胞がキラキラ舞い上がる。
血がシュワシュワ霧散する。
骨が残る。
右の眼窩の暗がりのなかから、細い茎がニョキニョキ伸びていく。
やがて先端に小さな紫の花が、咲いた。
頭蓋骨の内には脳の代わりに小さな鉢植が隠されていて、わずかな土のなかにはスミレの根と細いミミズが1匹、絡まっている。
紫の不気味な花の根と、食って糞して伸縮して進む管。
不吉と貪婪の脳神経によって、創始者はモノを考えるのだ。
創始者は、この姿のほうが有名だ。
この姿で、魔都の国会議事堂である“赫塔”のエントランスに今日も今日とて吊られているからだ。
創始者はそうして自らの死を衆目に晒すことで、死後数十年経った今もなお、国民の意識に顕在しつづけているのだ。
骸骨がカタカタ笑う。
「俺は死者として永遠に生きながらえる。」
白骨の暗い眼は赫塔の開かれた門から外へ――魔都の街並みへ向いている。
その足元には遺言が刻まれている。
――おまえを視ているゾ――
「ま、退屈するまではー、ネ。」
しゃれこうべの能天気な微笑みによって、スミレの花が揺れた。
この地縛霊は、この家はもちろん、この世から出て逝くつもりがないらしい。
「そんな……おれに勝ち目…ないじゃん。」
まさかの第二形態。
絶望的。
必殺技さえ効かないんだったら、どうやってこいつを倒せばいい?
【次回予告】
実幸、果たして創始者を倒すことができるのか?
そもそも、戦うことに意味はあるのか――?
【Respect】
室生犀星「しゃりこうべ」




