32.一方“コチ”にて化け猫は、
【前回までのあらすじ】
化け猫はマグロ欲しさに、ヒトを助けようとした。
【御注意】
今回は3人称文体です。
「マグローマグロー今夜はマッグッロー。」
三善実幸が忽然と姿を消したあと、コハクは楽しげに歌った。
そんな彼女にロロは冷静な視線を向け、「うにゃあうにゃあ」と高い声で鳴く。
人類の言葉に訳すると以下のようになる。
『さすがに今夜は無理じゃろう。そもそも導師でないコハクが“説明”など、笑止千万、上手くゆくはずもないがのぉ。すべからく精進することじゃ。』
彼女が実幸に“説明”したのは、御路々経典第1~3、飛んで7部に当たる。
化け猫の存在に関わる重要な内容であり誤謬を避けるため、導師と認められた者にしか“説明”は許されていない。
御路々というのは、もとは学派である。
しかし魔都において科学は金箱や、金回りをよくする潤滑油のように扱われるから、初めて入国した御路々の面々はその一端を担うのを嫌い、宗教という形に落ち着いたのである。
しかしもちろん内情は変わらず、物理学も生物学も哲学も、あらゆる学問の集大成として、化け猫を含むすべての事象――真理を探究している。仮定としていたものが崩れ、真実や新たな仮説にすげ変わることがあれば、経典が訂正されることももちろんある。
その“説明”が、生半にできるはずもない。
数多の分野にわたる甚深な理解と、高い伝達能力がなければ、導師とは認められないのだ。
「……ロロさまへそ天してたくせに。」
叱られた悔しまぎれにコハクがぼやく。
『コハク、よもや気づかぬとは修業が足らんのぉ。』
「え?」
『あれはよいモフリ手になるぞ。その才がある。……が、しかし、――』
コハクは実幸を病院のベッドの上で目覚めさせる算段で“説明”を進めていたわけだが、しかし、残念ながらそれは叶わない。
実幸が“説明”を理解できなかったからだ。
無理もない。
彼は生霊であり、加えて思春期真っ只中の童貞なのだ。
あの状況ではなおのこと、まともに思考が働くはずもなかった。
働いたのは思考ではなく、欲だった。
そして意味よりも約束よりも、欲こそが彼に力を与えた。
コハクがまったく予期しない形で、彼は目覚めることになる。
【次回予告】
夢を見る。




