19.結界が発動する
【前回までのあらすじ】
生霊になった件について大親友に相談した主人公、糸口をつかみ、目当ての女子がいるだろう1年13組に向かう。
束本くんは心配しすぎだ。
おれが食べられたなんてまさか。
好意があるかどうかは別にしても、悪意なんてありえないよ。
たとえばこういうのはどうだろう。
キッスしちゃって、白雪姫とは反対に眠りに落ちちゃった、とか。
もしそうなら、もう1度キスしたら目覚めるんじゃないかしら?
おれは小躍りしたいくらい、最悪スキップでも――、と思っているといつの間にか旧校舎へつづく渡り廊下に到着していた。
旧校舎への入り口は、ここか、旧校舎の昇降口かの2ヶ所しかない。
あたりに人影はない。
滅多なことがなければ誰も近寄らないし、おれもここを渡るのは初めてだ。
意気揚々と歩きはじめて、しかし、
3、4歩進んだところで、軽かった足がもっと軽くなっていく。
5、6歩進んだところで、ふわふわと、地面の感触が薄らいでいく。
7、8歩進んだところで、手足の感覚が緩くなっていく。
9歩目――渡り廊下の真ん中あたり、もう動けない。
束本くんにカッコつけたことを後悔する。
やっぱり一緒に来てもらえばよかった。
どうしようどうしよう………
もしロボットなら、体中のネジが緩くなって抜け落ちただとか、歯車がだんだん小さくなってかみ合わなくなったとか、そういうふうな感覚だ。
もちろんおれはロボットじゃない。
霊体だ。
肉体と繋がっていないから、動くように命令したとしても、そのとおりに動いた証拠になる感覚神経のレスポンスがない。
それで身体感覚が狂う。動作が狂う。
(でも、なんで今、ここで、突然?)
ゆっくりと膝が落ちる。
頭から倒れそうになってとっさに廊下の床のコンクリートに手をついて、ゾッとした。
自分の手を中心に、水面に波紋が広がるように、コンクリートに文様が黒く浮かび上がっていったのだ。
文様は、様々な文字や幾何学模様が複雑に絡み合って出来ている。
それがこの渡り廊下全体に、いやきっと旧校舎中に隙間なく刻まれている。
おれは重篤な中二病じゃないからわからないけれど、魔法陣とか呪文とかそういうもの……。たぶん、結界だ。
それが生霊をきっかけに発動したんだ。
(やばい……!)
先に進むなんて無理。
すぐにここから逃げないと。
素手で床を触るたびに紋様が色濃くなるから、直接に触ってはいけないのはわかる。
でも足にうまく力が入らなくて、体が持ち上がらない。
座ったまま両手と太ももを使って、どうにか来た道を戻る。
頭がぐわんぐわんしはじめた。
重力が増したかのように肘が落ちる。
感覚の薄い体をムリに動かして、這って進む。
顔を上げて、校舎との距離を確かめる。
あともうすこしだ。
なのにもう、体が進まない。
(まずい……)
ふいに廊下から誰かやってくる。
頭が上がらず足しか見えないが、黒のスラックスで上履きだから生徒――、でも踵を踏んでいるからたぶん優等生じゃない。
彼はただ通り過ぎていった。
当然だ。
霊体だもの。
普通は視えない。
「おいジン!」
頭の上に怒声が飛ぶ。
「あぁ?」
不機嫌な声が聞こえる。やっぱり不良だ。
後ろのほうで2人がなにか言いあっているが、こっちはそれどころではない。
もううまく集中できなくなってる。
ただひとつ、ここから逃げることだけを思って、でも体が動かない。
頬が、コンクリートにべったりと落ちる。
何も聞こえないし、なにも見えない、なにもかんがえられn――
――気がつくと、おれはお姫様抱っこされていた。
呼吸が楽になっている。
手の指の数も、つま先の遠さもわかる。
(助かった……)、そういう安堵と感謝の気持ちで見上げて、おれは硬直した。
不自然に青白い相貌で、額には突起がある。
ツノだ。
(――青鬼だ!)
おれはクモの巣を想像した。
助けられたんじゃない。
結界という罠にかかって、その罠を張った鬼に喰われるんだ。
……だめだ。もう死んだ。
気を失った。
【次回予告】
鬼、個人情報を漏洩する。




