15.大親友と昼休みを過ごす 1/3
【前回までのあらすじ】
主人公は怪現象を経験し、自分が生霊であることをある幽霊から知らされる。
女子高校生に体をカチコチに凍らせられたことを思い出したり、教室に闖入してクラスメイトを驚かせたり、委員長にお守りを貰ったり、右往左往しているうちに昼休みになった。
おれの大親友、束本大貴くんはそこらの女子よりも肩幅が狭くひょろりとしていて、顔色はいつも悪く、土気色か最悪青白い。「ぎゃはは」とか「うひょひょ」とか下品な笑い方はしない。目を細めて呼吸を弾ませるくらい。といっても貴族のような上品さはない。貧相だ。幸薄そうでおまけに薄命そうだ。顔つきは地味で、いつもかけている眼鏡を外すと途端に個性を失って探すのが難しくなってしまう。冬の日の帰り道に寄ったラーメン屋で、彼は眼鏡を外し、机の上のそれに話しかけていたら怒られた。嬉しそうに怒っていた。
そんな束本くんは、人通りのすくない職員駐車場近くの花壇に腰かけて、昼ご飯を食べる。
いつものことだ。
ただおれがいないから、束本くんはひとりだった。
隣に座っているけど、霊体だから存在しないのも同然だろう。
「久しぶりに学校に来たね。」
束本くん、独り言喋ってら。
おれは切なくなる。
束本くんは声が小さい。
喉がそういう仕様なのだ。
だから出会った頃、それが話しかけられているのか、独り言なのか聞き分けられなくてひとつ残らず返答していた。
今でははっきりわかる。
これは独り言だ。
寂しい思いをさせてごめん。すぐにまた学校行けるようにおれ頑張るからね。
「三善くん。久しぶりに学校に来たね。」
同じこと2回言ってる……。
…ってか…あれ? これ視線あってる?
恐るおそる振り返って、おれの後ろには誰もいないからまた顔を戻す。
「……しゃべっ……た?」
「たしかに寡黙ではあるけれど、プランクトンに比べたらよく喋るほうだよ僕は。」
「見えてたの言ってよ!」
いつものノリで肩を軽く叩こうとしたら手がすり抜けて、おれは「キャッ」と叫んでしまった。
「いきなり現れたから驚いた。どういう状況なの? 君。」
いつもどおり声に抑揚はなく、いつもどおりのローテンションで束本くんは訊いた。
「ちょっと聞いてよ束本くーん!」
おれは喜びのあまり爆発したように事の成り行きを話し、束本くんはお弁当を食べながら聞いた。
「不思議な話だね。」
束本くんは、すべて世はこともなし、というような表情だ。
「君は君の主観でしか物事をとらえられないから、君の観測する世界では僕の実存を証明できない。逆にいえば、僕は君の実存を証明できないということでもある。君が認知する僕は虚構かもしれないし、逆に、僕の認知する君は虚構かもしれない。しかしそれでは議論が進まないから、君も僕も同じ世界に実存すると仮定しよう。そうするとこの状況は君の夢や妄想が原因ではありえない。君の状態に最も近い現存する言葉は、やはり『生霊』ということになると思うよ。」
喋らせるとこうだ。
束本くんはデフォルトで頭の上に「?」が乗っかっているような顔をしている。
まぶたが重たげというか、目がゾウっぽい。
だけど親しくなってみれば、かなり色々考えていて、知識も豊富で、頭の回転も速いとわかってくる。
「うん、じゃあそれでいいよ。それでいこう。」
おれは束本くんに全幅の信頼を寄せているので、すっかり納得してしまった。
「仮にそう決めたところでなんの解決にもならないよ。君がなんとかしないと。」
束本くんははっきり言う。
言葉のキャッチボールなら球種はストレートだけ。
ときに剛速球で胸をえぐって来るが、束本くんはそこがいい。
ちなみに、実際にボールを投げると後ろに飛んでいくからキャッチボールにならない。
束本くんはそこがいい。
「束本くんはなにか聞いてないの? おれが意識不明の理由。」
「君を意識不明だとは形容できないんじゃないかな。ここに意識があるから。質問を添削するなら、『君の意識が体から外部に出て戻れない理由、あるいはそうなってしまったきっかけ、昏倒した理由を知らないか?』、じゃないかな?」
「『知らないか?』」
「残念だけど。」
束本くんは首を横に振る。
「担当医に訊いてみたけど、『原因不明で君は倒れ、一時心肺停止、自発的に蘇生はしたけど、原因不明で意識不明』。それ以上のことを家族以外に話すのは守秘義務違反だって。外傷は見つからなかったらしいし、犯罪に巻き込まれた痕跡もないそうだから、警察は捜査をやめている。いわゆる植物状態とかロックトイン症候群とかも調べてみたけど、僕にできることはないみたいだ。すくなくとも君の体には。」
「えーじゃあ生霊には? 生霊にアドバイスちょうだいよ。」
束本くんが一時ぼうっとした顔をして、それから言う。
「病院に行ってみたら? 君、君自身の体に入り込めないかな?」
「よしッ!」
おれはパァンッっと手を叩くと、目を閉じ息を止め、念じる。
【次回予告】
引き続き親友と会話する。




