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プロローグ 始まり 其の弍

 聞けば、おっさんは元国会議員の秘書だかなんだかで色んなところにパイプがあるらしく、これまでヤバい宗教や組織に入っては出て、出ては入ってを繰り返してきたらしい。絶対に関わってはいけないタイプの人間だ。そして最後に入った組織がめちゃくちゃヤバい組織だったのだ。その名は——


『上様会《うえさまかい》』


 上様会は上杉謙信、伊達政宗等の戦国武将の末裔《まつえい》で結成されたテロ組織だ。


 聞けば、その『上様会』は二〇二五年にクーデターを企てているという。『時代を室町時代に戻す』をスローガンに掲《かか》げているのだとか。流石のおっさんも、この組織はヤバいと思い直《す》ぐに抜け出してきた為、詳しいことは分からないらしいのだが、戦国武将の末裔が考えることだ、今の日本でクーデターと聞いて何をするのかと考えた結果、『皇族の抹消《まっしょう》』、まずこれが頭に浮かんだ。結構ガッツリ右翼な俺がそれを放っておくわけもなく、俺は民間テロ対策会社ゴッドアローズを創設し、調査を始めたのだ。


 結論から言うと、『上様会』は実在した。おっさんの話は本当だったんだ。

 酔っ払いの言うことだ。普通は真に受けたりなどしない。俺だって真には受けなかった。しかし、俺は万が一を考えて遊び半分で調査をしたんだ。それがまさかの『モノホン情報』だと分かった時にはど肝を抜かしたものだ。今となっては、おっさんには感謝しかない。


 その後、テロ対策会社を立ち上げた俺は調査報告書を政府に提出しようとしたが門前払《もんぜんばら》い。目の前でゴミ箱に捨てられた。それから様々努力を重ねた。でも全て無駄だった。政府も警察も検察もあてにはならないと判断したオレは、確実にテロを阻止する為に米軍特殊部隊の協力を得るべく、米軍の戦争に参加して命懸けで関係を築《きず》いていった。


 俺達、テロ対策会社は事実上の傭兵集団《ようへいしゅうだん》と化していった。戦争で勝つ為には金が必要だ。俺達は資金作りの為に、隣国を乗っ取ったりもした。平和の為だとか、国民の人権を守る為だとか、民主主義の為だとか言って、ミサイルおじさんを闇討《やみう》ちしたんだ。正直言ってそこに大義も正義もありはしなかった。そこにある地下資源の利権の為、俺達は戦った。その独裁国家には世界の67%に相当するレアアースが埋蔵《まいぞう》されていたからだ。


 結局、商いの才がない俺は手にした鉱山採掘権《こうざんさいくつけん》を米政府に八兆円で売却することにした。仲間からはもっと稼げたはずだとか、中国ならもっと出したはずだとか、散々文句《さんざんもんく》を言われたが、アメリカとの関係構築も目的の一つなのだから仕方がなかったのだ——と言い訳に終始した。


 そして二年前、アメリカとの信頼関係を築いた俺達は米特殊部隊に協力を仰ぎ、目論《もくろ》み通り『上様会』を根こそぎ引っ捕らえることに成功したわけだ。


 聞いて驚け見て笑え。実は来週、勲章の授与式《じゅよしき》があるのだ。天皇陛下への拝謁《はいえつ》もある。俺はこの日の為に生きてきたと言ってもいい。先の作戦に関し、平和ボケした国民から批判を浴びたこともあり受勲《じゅくん》が相当遅れてしまったものの、クーデター阻止の件がやっと正当に評価されたのだ。


 俺は朝のルーティンを終えシャワーを済ませるといつものレザージャケットを羽織り、ジャンニと共に訓練場へと足を運んだ。


 いつもと同じ道をいつもと同じ様に歩き、いつもと同じ信号でいつもと同じように足を止めた。何故だか俺はいつもこの信号に捕《つか》まってしまう。これも世界の強制力か……。そんなどうでもいいことが頭によぎる。大体この信号は五十秒ほどで青に切り替わるのだが、何故だろう。今日はいつもよりも赤信号が長いように感じる。


 そんな違和感に気を取られていると急に目の前の景色が『モワッ』と滲《にじ》んできた。視覚だけではない。聴覚にまで違和感が現れた。低音が鼓膜ではなく骨を伝って直に脳に響くような感覚だ。空爆を受けた時よりも酷い音。このままでは脳が壊れてしまう。きっと癲癇発作《てんかんほっさ》の類《たぐい》だろう。

 オレが視覚と聴覚の異常な刺激に頭を抱えていると、やがて平衡感覚《へいこうかんかく》までおかしくなってきて、俺はその場に立っていることさえ困難になってきた。視野もだんだんと狭くなってきて、やがて視界が真っ暗になったかと思うと、今度は急に閃光《せんこう》が放《はな》たれた。


 オレはとっさに目を閉じた。

 

 いや、さっきから瞑《つむ》っていただろうか……。よく思い出せない……情報が統合《とうごう》しない……。ほんの少し前の記憶が、数秒前の記憶がすごく曖昧《あいまい》だ……。

 俺は意識が朦朧《もうろう》とする中、目を開けると、そこにはなんだろう……なんだか凄く懐かしい風景が広がっていた。雰囲気も音も匂いも全てが懐かしい。子供の頃よく歩いた通学路のような、異国情緒漂《いこくじょうちょただよ》う街中のような、それでいて昔よく遊んだ河川敷のような……。そうだ……これは俺の昔の記憶だ。さまざまな記憶が混濁《こんだく》している……。情報が混乱《こんらん》している……。


 気がつけば俺は、その場にしゃがんで心を落ち着かせていた。視覚情報《しかくじょうほう》を遮《さえぎ》るために目を瞑り、呼吸を整《ととの》え、精神を統一させる。

 そして再び顔を上げ、ゆっくりと目を開いた。


「ここは……どこだ……?」


 なんと言っていいのか、俺は見たこともない街の中にいた。

 辺りを見渡そうと首を捻《ひね》るのだが、上手く体が動かせない。まるで体と脳が一致していないかのように、まるで自分の体ではないかのように上手く動かせない。


 俺は死んだのか? 

 ここはあの世なのか? 


 無論、そんなことはない。実感として生きていることは分かっている。だが、そうとしか言いようのない状況に、俺は少し混乱していた。

 俺はあの時、交差点で交通事故に遭《あ》って、それを自覚する間も無く死んで、死後の世界に……そんなことまで考えてしまう。


 客観的に見れば、『非現実的な思考』と思うであろうが、この場においては結構正しい思考だと思う。……が、しかし、俺が死んだということは有り得ないことだ。

 あの時、あの道路に車は通っていなかったのだから交通事故になんて遭いようがない。じゃあ、いったい……。


まさか、今流行《いまはやり》の……。


「——異世界召喚?!」


 いかんいかん、つい声に出てしまった。流石に恥ずかしい。今のは、恥ずかしい。二十も半ばのいい大人がとても恥ずかしい。公衆の面前で厨二病的《ちゅうにびょうてき》オタ乙《おつ》発言をしてしまった。街ゆく人から変に思われていないか心配だ。


 ——その時オレはふと思った。


 いや、寧《むし》ろこいつらに俺の言葉が通じるのだろうか。よく考えれば俺はここについて何も知らない。文字、言語、通貨、何も分からない。ここがどこなのかすら分からない。そうだ、まずは散策《さんさく》だ。


 しかし体が思うように動かない以上、散策のしようが無い。しかし、そうも言っていられないと、俺は思い切って顔を回してみた。


「あれ?」


 顔が動いた。手も、足も、腰も動く。肩も自由に回る。先程から大して時間は経っていないはずなのだが、俺の体はいつの間にか自由を取り戻していた。

 そして改《あらた》めて辺りを見回すと、そこにはまるで中世ヨーロッパの様な街並みが広がっていた。街行く人の着ている服も髪型も中世ヨーロッパを思わせるものが多い。中にはルネッサンス期を代表するコアッツォーネの様な髪型の女性もいる。まるでゲームの中にいるようだ。

 まさかではあるが、ここまで条件が重なると、さすがの俺も疑わずにはいられない。俺は本当に異世界に召喚されてしまったのかも知れない……。


 馬鹿な発想ではあるが……だとしたら、主人公を異世界に召喚した美少女が現れるのがお決まりのパターンというものだ。そして二人のラブコメ的、異世界的、ファンタジー的ストーリーが始まるのだ。だが実際、そんなイカれた展開がある訳もないし、そんなことを考えている場合でもない。やはり今日の俺はどうかしている。


「あら、ようやく気がついたわね」


 美少女!! 

 美少女いたわ!!! 

 イカれた展開あったわ!!!!

 まさに、ここにあったわぁぁぁぁああああああ!!!!!!!


 こんなにも余裕のない状況だというのに、あろうことか俺は心の中でギャグ漫画のようなツッコミを入れてしまった。そこには赤いドレスを身に纏った金髪赤眼のお嬢様が不敵《ふてき》な笑《え》みを浮かべてこちらを覗《のぞ》き込んでいた。


「あ、あなたは……?」


「はぁ? イレーヌよ。覚えておきなさい」


  


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