プロローグ 始まり 其の壱
「ねぇ、健人。あたしのこと愛してる?」
「分かりきったことを聞くな」
「ねぇ、健人。もし、あたしがいなくなったらどうする?」
「なんだよそれ。何かの心理テストか? 死んでもマリアを見つけ出すさ」
「ねぇ、健人。あたしはずーっと健人のことを愛してるからね」
「あぁ、俺もだ」
「俺も? 俺も何なの?」
「……」
「ん?」
「……。……大好きだ!」
「うふふ、かっこわらい……ビックリマーク」
「この野郎ぉ……」
俺はまたいつもの夢を見ていた。ここ最近、毎日この夢だ。
マリアとは俺の恋人で、高一の頃に一目惚れした俺が三年に及ぶ大恋愛の末に告白し、見事付き合うことになった大切な彼女だ。それから六年間交際をし、見事婚約を果たしたわけなのだが、その後マリアは忽然と姿を晦ませた。それがちょうど二年前のことだ。
マリアは服も財布もその他の荷物も全て部屋に置いたままいなくなっちまった。
やれるだけのことはやったさ。インターネット、衛星画像、防犯カメラ、警察機構、諜報機関、ヤクザやマフィアに至るまで持ちうる人脈全てを使い、地球上を隅から隅まで調べ尽くした。しかし、結局マリアは見つからなかった。驚くことにマリアは姿が消えただけではなく、同級生の記憶からも消えていて、戸籍も綺麗に抹消されていたのだ。それが分かったのは捜索を始めて随分経ってからのことだった。
ある日、俺が参加した同窓会で皆が卒アルを見てこう言ったんだ。
「この子誰?」
この時、俺は目ん玉が飛び出たかと思ったぜ。いいや、多分マジで二、三個飛び出てただろうな。血の気が引くとは正にこのことを言うんだろうと初めて実感したのを覚えている。誰一人としてマリアを覚えていなかったのだから。そりゃ手を尽くしても見つからねぇわけだ。
俺はその時こう思った。きっとこの世には宇宙人や異世界人やそういう非現実的かつ空想的存在というのが本当にいて、マリアはきっとそういう存在だったのだろうと。きっと人智を越えた何かだったのだろうと、そうとでもしなければ納得できねえ。きっとマリアは退屈な俺の人生をほんの少しでも素敵なものにする為に天使の国から降り立った天使だったんだ。いいや、あれだけのいい子だ、天使だなんて凡俗な存在なわけがない、きっと『大天使』とか『熾天使』とか『女神』とかだったにちがいない。そして役目を果たしたマリアは神の国に帰っていったのだ。
俺の退屈な人生を彩ってくれた。幸せを与えてくれた。ミッションコンプリートだこの野郎。もうきっと、俺はこの先一生マリアには会えないのだろう。
そんな妄想に浸り、現実逃避をしては毎朝同じ夢でマリアを思いだしてしまう。毎日その繰り返しだ。まるでなんの進展もしないループもののアニメを見ているようだ。
そんな日常に嫌気がさしてマリアを忘れようとしたこともある。諦めようとしたこともある。だが何をしようとも諦められねぇんだ。そう、俺は結構しつこい男なのだ。
神の国だかなんだか知らねえが、どんな手を使ってでも行ってやる。どれだけ時間がかかろうが見つけてやる。運命なら手繰り寄せてやる。時空の歪み? 異世界転移? なんでもしてやるさ、はは、俺はそんなことを心の中で呟きながら、ありもしない空想に浸って毎日を送っている。つまり、俺は今、精神的にかなり病んでるということだ——
俺は朝が好きだ。 現実世界でどんなに足掻いてもマリアには会えないが、目が覚める直前に夢の中でマリアに会えるからだ。——気づけば俺は夢に依存するほどに傷心し切っていた。
だが夢は陽炎。すぐに目が覚めて現実に引き戻されてしまう。そしてまたくだらない現実の海を泳がなければならない。今日も俺はほんのひと時のマリアとの面会時間を終え、仕事の支度を始めるのだ。
俺の朝はいつも早い。午前六時、ベッドから転がり落ちるように起床すると、マリア直伝の味噌汁を片手に白飯をかき込む。食後は二段ベッドの縁にぶら下がり懸垂をし、プロテインを飲んで顔を洗う。これが毎朝のルーティンだ。俺が懸垂を始めると、ベッドを揺らされ目が覚めたイケメンがあくびをしながら俺に声をかける。
「おはよう。団長」
「おはようさん」
こいつの名前はジョバンニ・マンティエロ、通称ジャンニ。我が右腕でありゴッドアローズの副団長。とても頼りになる男だ。IQは160で、ありとあらゆる銃火器を操る銃火器の専門家で、体術の心得もあり六カ国語を話せるマルチリンガルだ。
あぁ、ゴッドアローズというのは俺が創った民間初のテロ対策会社だ。俺はゴッドアローズの創設者で、団長をしている。これが結構すごくて、国際テロ組織を壊滅させたり、テロ指定国家を潰したりと大活躍なんだ。世界中にもファンが多い。
きっかけは、たまたま居酒屋で意気投合したおっさんだ。おっさんはなんの恥ずかしげもなく宇宙人や妖怪などの話をする電波な野郎で、きっと普段から誰にも相手をしてもらえないのだろう。俺に何時間も電波な話を続けたんだ。案外そういう話が嫌いじゃない俺は、日が昇るまでその話に付き合った。




