【第4話】脱衣所の鏡と、暴かれる惨劇の痕跡
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『レベル1の被害者だと思っていたら、全部私のせいでした ~雨の日に始まる連続殺人と、終わらない死のループ~』第4話です。
巻き戻ったはずの世界で、自室に残されていた殺人の痕跡。
主人公エリカの意図を無視して暴走する肉体と、逃れられない死のカウントダウンが始まります!
石造りの天井。湿った空気。ガラスを滑り落ちる太い水滴の音。
枕元の羊皮紙に刻まれた文字は、紛れもなく『七月十二日 午前六時四十三分』を示していた。
「……はは……嘘でしょ……」
エリカは自室の固いベッドの上で、力なく乾いた笑いを漏らした。
前島を殺し、ギルドの人間や騎士たちを皆殺しにしたはずだった。返り血の温もりも、肉を切り裂く感触も、すべて鮮明に覚えている。それなのに、世界は何事もなかったかのように「最初の朝」へと巻き戻っていた。
混乱と恐怖に震えながら、エリカは身支度を整えるために立ち上がった。
着替えようと脱衣所の扉に手をかけ、押し開けた瞬間――エリカは息を呑んだ。
「なに……これ……?」
狭い脱衣所の床に、「それ」は転がっていた。
真っ赤な血で汚れた、黄色の雨ガッパ。水滴と固まりかけた血が混ざり合い、床の石畳に黒ずんだ斑点を作っている。
そしてその横には、使い古された一振りの包丁。錆びと赤黒い血分に覆われた刃が、薄暗い部屋の中で鈍く光っていた。
「どうして……? 時間は戻ったはずじゃ……」
膝がガクガクと震え、その場に崩れ落ちる。
慌てて自分の両手を見つめると、細く青白い手指の爪の間に、びっしりと泥のような赤黒い固形物が詰まっていた。匂いを嗅ぐまでもない。干からびかけた人間の血だ。
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
(時間が戻ったんじゃない……? 私が……私が眠っている間に、もう一度あいつらを殺したの……?)
記憶がない。今朝目覚めるまでの間、自分が何をしていたのか、まったく覚えていないのだ。
パニックになりながら、エリカは蛇口をひねり、狂ったように手を洗った。冷たい水がシンクを赤く染めて流れていく。いくら擦っても、皮膚に染みついた鉄の匂いは消えなかった。
逃げるように家を飛び出し、泥水を撥ね散らしながらギルドへ向かう。
雨の降る石畳を走り抜け、ギルドの扉を押し開けると――そこには、やはりあの「既視感」が広がっていた。
あちこちで聞こえる不穏な囁き声。青ざめた職員たちの顔。
エリカに気づいた受付嬢のリリアが、怯えた様子で駆け寄ってくる。
「エリカちゃん……大変なの……! 今朝、バルトさんが……路地裏で刺されて発見されたの……!」
「バルトさんが……?」
昨日(あるいは最初のループ)と同じ展開。
エリカはめまいを感じながら、リリアの言葉を聞いていた。
「ううん、それだけじゃないの……。ギルド事務長のマグジさんも……自宅の前で首を深く切られて亡くなってたの……。ふたりとも、同じ包丁のような刃物で……」
血の気が引いていくのが分かった。
1周目のループでは、バルトが刺されたのが12日、マグジが殺されたのは翌日の13日だったはずだ。それなのに、今回は「最初からふたりとも殺されている」。
ループを重ねるごとに、事件のペースが早まっている?
それとも、記憶のない「今の私」が、最初からふたりを同時に仕留めたというのか?
「おい、エリカ・カナギ!」
突如、重い靴音が鳴り響き、完全武装した都市騎士団が押し入ってきた。
率いているのは、騎士団長のガルスだ。1周目でエリカが首を跳ね飛ばしたはずの男が、ピンピンとした姿でエリカを睨みつけている。
「貴様をバルトおよびマグジ殺害の連続殺人容疑で拘束する! 抵抗すればその場で斬り捨てるぞ!」
「違います! 私は何も覚えていません! 助けて!」
「黙れ! 貴様の借家の脱衣所から、被害者の血痕と凶器が検出されたのだ! 言い訳は取調室で聞く!」
エリカの頭の中に、脱衣所に転がっていた血まみれの雨ガッパと包丁の映像がフラッシュバックした。
騎士団は、すでにエリカの部屋を捜索していたのだ。
「いや……嫌ぁぁぁっ!」
二人の騎士がエリカの腕を拘束しようと手を伸びてくる。
その瞬間、エリカの意図とは無関係に、胸の奥で黒いマグマが弾けた。
【隠蔽スキル『虚飾の最弱』が強制解除されました】
【真のステータス:レベルMAX『血腥き災厄の魔女』起動】
「な、なんだこの禍々しい魔力は……!?」
ガルスが叫ぶ間もなく、エリカの手元に血塗られた包丁が自動的に召喚された。
自分の意思ではない。身体が勝手に動く。恐ろしい速度で踏み込み、ガルスの首を、迫り来る騎士たちの胸元を、正確無比に切り裂いていく。
「やめて! 止まって私の身体……! 私殺したくない……!」
エリカが心の中で叫び、涙を流すのも虚しく、彼女の肉体は熟練の殺人鬼のように滑らかに、残虐に騎士たちを解体していった。
ギルド内は一瞬にして地獄絵図と化し、悲鳴と血煙が巻き起こる。
――逃げなきゃ。
血の海となったギルドから駆け出し、激しい雨の降る街へと飛び出す。
しかし、外にはすでに数百人の都市騎士団と魔術師隊が包囲網を敷いていた。
「出たぞ! 凶悪な殺人魔女だ! 術式一斉展開! 撃てぇぇぇっ!」
ガルスに代わる指揮官の叫びとともに、無数の火炎弾と氷の槍が、雨空を払ってエリカへと降り注ぐ。
レベルMAXの身体機能をもってしても、遮蔽物のない大通りで、数百人規模の広域破壊魔法をすべて防ぎ切ることは不可能だった。
ドカァァンッ!!
「あがっ……!?」
激しい衝撃と焼き尽くすような熱が、エリカの身体を吹き飛ばした。
石畳に打ち付けられ、視界が真っ赤に染まる。全身の骨が砕け、内臓が焼け焦げる激痛。
「は……はぁ……私……死ぬの……?」
泥と血にまみれて倒れるエリカの頭上に、都市騎士たちの足音が近づいてくる。
雨粒が、傷口に染みて冷たくて、痛い。
意識が遠のく中、脱衣所の鏡に映っていた「笑顔の自分」の声が聞こえた気がした。
――またね、エリカ。次のループで待ってるよ。
パンッ!
止めの一撃として放たれた魔術の閃光がエリカの視界を塗りつぶし、彼女の生命は完全に途絶えた。
……はずだった。
――ザァァァァァ……。
耳元で、再びあの重く冷たい雨の音が聞こえ始める。
目を覚ますと、そこは石造りの天井だった。
羊皮紙の時刻は、『七月十二日 午前六時四十三分』。
二度目の死。そして、三度目のスタート。
エリカは果てしない絶望の中で、ただ雨の音を聞いていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
圧倒的な攻撃によって命を落としたはずのエリカ。
しかし、容赦なく「七月十二日」の朝へと引き戻されてしまいます。
第5話『巻き戻る時間と、レベル1の違和感』




