琥珀色のタイムマシン
お休みの日。
寛さんは、近所をぶらぶらとお散歩していました。
このところ、家にこもってお仕事をしていたので、運動のつもりでもあります。
とある喫茶店の前で、寛さんはふと足を止めました。
「ここ、まだやってたんだ」
どうしようか、ちょっと迷って、寛さんは木のドアをそっと押しました。
カランカラン、とドアベルが鳴りました。
「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」
店員さんに迎えられて、寛さんは窓際の席に腰を下ろしました。
「ホットケーキ、ありますか?」
「ございますよ」
「じゃあ、ホットケーキとブレンドをお願いします」
「かしこまりました」
寛さんは心の中で、運動のつもりだったのに、ホットケーキなんか食べていいのかなぁ、と苦笑いしました。
まぁ、その分、もうちょっと長く歩けばいいか。
店に置いてあった雑誌をペラペラめくっていると、湯気の立ったホットケーキが運ばれてきました。
「お待たせいたしました。コーヒーも、すぐにお持ちしますね」
「ありがとうございます」
寛さんは、ホカホカのホットケーキに、メイプルシロップをたっぷりとかけました。
ホットケーキが、とろりと暖かな琥珀色に染まって、甘い香りがフワッと鼻をくすぐります。
寛さんは、ホットケーキを丁寧に切って、口に運びました。
うん、おいしい。おいしいけど、こんな味だったかなぁ。
考え事をしながら食べていたからでしょうか、フォークの上のホットケーキから、ポロッとかけらが落ちてしまいました。
「ほらほら、寛、またこぼしてるぞ」
え?
寛さんが目を上げると、前の席に男の人が座っていて、笑いながら寛さんが落としたかけらを指でつまんで、自分の口に入れました。
おじいちゃん、だ。
「寛は、いつもポロポロ、よくこぼすなぁ。しっかり食べるんだよ」
おじいちゃんは、ニコニコ笑っています。
寛さんも、つられて笑顔になりました。
「うん、気をつける」
もう、こぼさないように、寛さんは慎重にホットケーキを口に入れました。
一口、二口。
おじいちゃんは、コーヒーを飲みながら、それをニコニコと見守っています。
最後の一切れ。
これを食べたら、おじいちゃんは、いなくなっちゃうのかなぁ。
そう思いながら、寛さんがゆっくり食べ終えると、おじいちゃんは言いました。
「うまかったか?」
良かった、いなくなってない。
「うん」、と寛さんが頷くと、おじいちゃんはにっこり笑って、寛さんの頭をなでました。
「それは良かった。よし、ボンが待っているから帰るぞ」
おじいちゃんは、コーヒーを飲み干して、さっさと出て行ってしまいました。
あ、待って、待って。
寛さんは、ひとり取り残されてしまいました。
お皿の上は、からっぽ。
前の席も、からっぽ。
冷めたコーヒーだけが残っています。
そうだった。
このお店だった。
おじいちゃんに連れられて、よく来た喫茶店。
僕が頼むのは、いつもホットケーキで。
ポロポロこぼす度に、おじいちゃんがそれを拾ってくれて。
ホットケーキを食べた日は、晩ごはんを残して、おばあちゃんに叱られたなぁ。
寛さんは、コーヒーを飲み干して、店を後にしました。
さぁ、もうちょっとだけ、歩くか。




