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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第90話 眩しい未来に行きたくて


生徒会室を出た俊輔は、図書室で陽向と合流した。


窓から差し込む夕方の光は、少しだけ橙色を帯びて、本棚の背表紙をやわらかく照らしていた。


三者面談で担任と母親の圧から解放された陽向の世界が、ゆっくりと一段階落ち着いていく。


その静けさの中で──


俊輔の膝に座るこの時間だけが、どこか現実から切り離されたみたいに、ゆっくりと流れていた。


「どうだった?三者面」


俊輔の声は、いつも通り穏やかだった。

生徒会室で見せていたあの表情も、橘梨愛と話していた時のあの空気も、どこにもない。

甘くて柔らかい“恋人”の声。


「んー……取り敢えず、夏休みにオーキャン行った私大の文学部、第三志望まで固めたよ」


陽向は、軽く肩をすくめながら答えた。


「私大文学部一択?」


「まぁ……ぶっちゃけ私てきには勉強嫌いだから、専門でも短大でも良くね?って感じなんだけど……」


小さく息をつきながら、視線を横に逸らす。


「ママが……絶対4年制大学卒業しなかったら殺すって」


「過激なママだね…」


言いながら、陽向が少しだけ苦笑すると、俊輔が小さく笑った。

否定も、肯定もせずに、ただ受け止める声。


「でもさー、私大って4年間もお金かかるじゃん?専門とか短大のが学費も2年か3年で安く済むし、早く就職して自立出来る方が、親としては助かるくない?って思うんだけど」


考えてないわけじゃない。

でも、答えがあるわけでもない。

俊輔の声が、少しだけトーンを落とした。


「陽向は将来、何になりたいの?」


視線が、優しく向けられる。

それでも、向き合わなければならない問い。


「………。」


一瞬だけ、言葉が止まる。


「……それがわからんから困っとるんや……」


笑って誤魔化す。

けれど、その笑いはどこか空っぽだった。


「志望理由書はどう書くの?」


“志望理由書”


それは、なぜその大学・学部に行きたいのかを説明する書類。


行きたい理由。

やりたいこと。

将来のビジョン。


それらを明確に書き記し、志望校へ提出する。

高2の終わりから、作成に向けて練習が取り組まれる一環だった。


「……だから………それも困っとる……」


ぽつりと落ちる声。

さっきよりも、少しだけ小さい。


沈黙が落ちる。


俊輔は、すぐには次の言葉を重ねなかった。


急かさない。

決めつけない。

ただ、隣にある時間を、そのまま置くみたいに。


それでも──


「陽向はさ」


静かに、続ける。


「お母さんが怒るから、専門や短大に行きたくないの?勉強が嫌いでお金かかるから、私大に行きたくないの?」


整理された問いだった。

陽向のために、曖昧なものを形にしてあげる言葉。


「やだやだ!お説教しないでっ!」


陽向は、慌てて手を振った。

その動きは、少しだけ早かった。


「お説教じゃないよ」


俊輔は、やわらかく首を振る。


「保育園のアルバムとか、小中の文集とか、“将来の夢”って書かなかった?」」


その言葉に、陽向の視線がふっと上を向いた。


「んー……保育園は“クレープ屋さん”で…小学校はなんだったかな……漫画家だか…アニメーターだか……」


記憶を探るみたいに、目を細める。


「で、中学は声優だったかな……オタクだからね!」


その笑顔は、ほんの少しだけ懐かしそうで。

でも、どこか遠い。


「あるじゃん、好きな事」


俊輔が、静かに言う。


「好きな事と、食っていく事とは別の話しだよ」


即答だった。

逃げるみたいに。


「勉強が嫌いだから、そん時取り敢えず適当に書いただけ!」


言い切る。

少し強すぎるくらいの声で。

それ以上、踏み込ませないように。

その一線を、先に引いてしまうみたいに。


「取り敢えず適当に…ね。」


俊輔は小さく繰り返した。

否定もしない。

けれど、その言葉の輪郭を、わざと指でなぞるみたいに。


──この子は。


目の前にある困難や、今まさにぶつかっている壁に対しては、驚くほどの集中力と瞬発力で乗り越えていくのに。

まだ来ていない未来の計画という話になると、途端に、最弱になってしまう。


なんでも“先延ばし”にする癖。


そこが、どうしても不思議だった。


「俊ちゃんは、中学で“将来の夢”ってなに書いた?」


ふいに、話題を変えるように。

逃げるみたいに、軽く投げられた言葉。


「経営者。」


迷いのない即答。


「それはズルいよー!デフォルトチートじゃん。自分で考えなくていいって羨ましいなぁ…」


その、何気ない一言。


けれど──


俊輔の胸の奥で、小さく、何かが弾けた。


「ズルいってなに?」


声が、静かに落ちる。

温度だけが、すっと下がる。


「自分の人生なのに、人に決められる未来って羨ましいかな。自分は何が好きとか、自分には何が向いてるとか、関係ないんだよ?」


淡々と、正論だけを落としていく。


「自由に自分で選べる将来がある方が、普通に羨ましいと思うけど。」


きっと、誰が聞いても間違っていない。


それでも──


「そんなムキになんなくて良くない?」


陽向の返しは、強い。

その言葉があまりにも軽くて、俊輔の中にあった何かを、余計に逆撫でする。


「俊ちゃんは何でも出来るから、何にでもなれるって思うかもしれないけど、勉強スキルも器用さも無い人種に、自由に選べる選択肢なんてないよ。」


「何も持ってない人なんていないよ。」


言葉が速くなる陽向へ、俊輔は静かに返した。


「綺麗事だよ。」


差別。

偏見。

カースト社会。


この人は、世の中の黒さを何も知らない。


「眩しい世界でしか生きてない俊ちゃんにはわからない。」


その一言に、空気が、わずかに沈んだ。

一瞬だけ、時間が止まる。


「……陽向は、順番が逆だよ。」


俊輔の声が、低く落ちた。


怒っているわけじゃない。

でも、もう引かないと決めた声音。


「選べないんじゃなくて、選ばない理由を並べてるだけ。勉強が出来ないから選べない。器用じゃないから無理。向いてないからやらない。」


淡々と。

逃げ道を一つずつ塞いでいくみたいに。

言葉が、静かに積み重なる。


「全部、“やらなくていい理由”としては綺麗だけど“やりたい理由”は、一個も出てきてな──」


「はぁ〜〜〜〜〜……」


俊輔の言葉を意図的に断ち切るように、わざとらしく、大きく、長いため息が落ちた。


空気が、そこで途切れる。


理屈。

的確。

正論。


「……………俊ちゃんのそーゆうとこ……まじ嫌い…」


本当に小さな声だった。


胸の内側が、うっかり。

そっと静かにこぼれ落ちた。


俊輔の呼吸が、止まる。


「………どんな俊ちゃんでも……絶対に大好きって言ってなかった?」


その表情は柔らかく笑いながらも少し引きつり、絞り出すような悲しい声。

あの日の言葉を、縋るみたいに掴み直す。


「その時の事は、“明日には全部忘れて欲しい”って、言ってなかった?」


返される言葉は、静かだった。

けれど、逃げ場がない。


「…………。」


「…………。」


沈黙が落ちる。


窓の外で、風が揺れる音だけが、かすかに聞こえる。


さっきまで柔らかかったはずの空気が、ゆっくりと冷えていく。


欠けたパズルのピースのように、お互いの足りない部分をピッタリと埋め合い、補い合える二人。

それでも紙のピースと、プラスチックのピース。

根本的な性質が正反対の二人。


沈黙が、長く落ちる。


重なっている体温も、触れているはずの距離も、どこか、遠い。


その静けさの奥で。

俊輔が、ゆっくりと口を開いた。




「…………幼稚園のアルバムに、“サッカー選手”って書いたんだ。」




唐突な言葉。

けれどその声は、さっきまでの鋭さとは違って、どこか遠い場所を見ているように、柔らかかった。


「え….?俊ちゃんって、サッカーやってたの?」


陽向が、思わず目を瞬かせる。

整っていて、どこか静かな印象の強い彼と、泥だらけでボールを追いかける姿が、うまく結びつかない。


「ううん。幼稚園の時はただ…園庭や公園で、友達とサッカーをして遊ぶのにハマってて。」


こんなにしとやかな彼にも、そんなやんちゃで、ただ楽しくて仕方ないだけの時間があったんだと。

陽向の胸の奥に、きゅっと固まっていた何かが、少しだけほどけた。


「小学校に上がった時に、友達から少年サッカーに誘われて、親にやりたいって言ったんだけど、許してもらえなかったから、入れなかったんだ。」


淡々と続く声。

けれど、その奥に、ほんのわずかな温度の差がある。

俊輔の言葉に、胸がちくりと傷んだ。


「小6の時の文集で、“中学で頑張りたい事”ってテーマの作文に、最初、サッカー部に入って部活を頑張りたいって内容を書いたんだけど……」


そこで、言葉が一度、止まる。

その時の自分を思い出すみたいに、ほんの少しだけ、遠くを見る。


「提出前、親がチェックした時に書き直しさせられた。」


静かな声だった。

怒りも、悲しみも、乗っていない。

だからこそ。

その奥に沈んでいるものが、余計に深く感じられた。


陽向の喉から、きゅっ…と何かが込み上げた。

あまりにも、胸が苦しくて、堪らない。


「…………ごめん……酷い事言って。」


自分が何気なく言ったひと言が、どれだけ残酷な言葉だったのかを、思い知った。


俊輔は、少しだけ目を細めた。


そして、ふっと笑う。


「……陽向は、何も持ってなくなんかないよ。」


その声は、優しいのに、真っ直ぐで。

無理に取り繕うような笑いじゃなくて、確かな温度を持っていた。


視線が、まっすぐ陽向に向く。


「誰より出来る事も、誰より夢中になれる事も、ちゃんと眩しい自分の世界を持ってるよ。」


その言葉が、胸の奥に落ちた瞬間──


陽向の中で、何かが、音もなく崩れた。




ずっと。

周りがみんな羨ましかった。


自分に出来ない事が、みんなは当たり前のように出来て。

怒られもしないで。

困りもしないで。

あまりにも簡単そうで。

何の苦労もなさそうな顔で笑っていて。


私がどんなに必死で手を伸ばしても、その場所には届かなくて。


そんなふうに生まれてきたことを、何度も憎んだ。


だから。




ずっとみんなが、眩しかった。






「僕の目には、陽向が誰よりも眩しい。」






「………っ」



その一言で。

全部が、ひっくり返る。

今まで見てきた世界が、音を立てて、裏返えるみたいに。


視界が、にじむ。

胸の奥が、熱くて、痛くて、どうしようもなくて──


「ごめん……っ」


陽向は泣いた。

俊輔を、ぎゅっと抱きしめて。


「…ごめんね…俊輔ちゃんごめん……っ」


その言葉しか出て来なかった。



自分が持っている“自由”。



選べること。

迷えること。

逃げられること。


それが、どれだけ恵まれている事なのか。

自分が、どんなに幸せか。


こんなに全部を持っている人が。

何もかも揃っていて、誰から見ても“恵まれている側”にいるはずの人が。


光の中で。


どれだけ苦しかったのだろう。



「悪かったのは僕だよ。陽向の気持ちを…ちゃんと考えてあげられなくてごめんね。」


俊輔の声が、すぐ近くで落ちる。

抱きしめ返す腕は、優しくて。

それでも、どこか離さない意志を含んでいる。


「嫌いなんて嘘だから…絶対大好きだから…っ忘れなくて…いいから…っ」


ぐしゃぐしゃで、まとまらない言葉。

涙で滲んだまま、必死に重ねる。

でも、それが全部、本音だった。


「…わかってるよ。陽向が僕を嫌いなわけない」


俊輔は静かな声で、柔らかく陽向の髪を撫でる。

優しくて、愛おしそうに。


「例え嫌われたって、僕は陽向が絶対大好きだよ」


その言葉は、あまりにも迷いがなかった。


真っ直ぐで。

重くて。


どうしようもなく、優しかった。



外では、夕方の光がゆっくりと色を変えていく。

オレンジから、少しずつ、薄暗い青へ。


その移ろいみたいに。

二人の中でも、何かが、確かに変わっていった。



抱きしめ合ったまま、お互いを──


いつまでも手離せなかった。






ひとしきり泣いて、ようやく呼吸が落ち着いた頃だった。


「……あ、ねぇねぇ」


俊輔は陽向を抱きしめたまま、ポンポンと、肩口を優しく叩いた。

その小さな合図に、陽向はゆっくりと顔を上げる。


泣き腫らした瞼はまだ少し熱を持っていて、頬にも涙の跡がうっすら残っていた。

陽向の涙を優しく拭ってあげながら、そんな顔を見つめる俊輔の目は、少し前までの張り詰めた色をすっかり失っていて、今はただ、どうしようもない愛しさを滲ませていた。


「誕生日、学校帰りどこ行きたい?」


あまりにも自然に落とされたその言葉に、陽向は一瞬キョトンと目を瞬いた。


さっきまでしていた話が、あまりにも重くて、深くて、胸の奥まで掘り返されるようなものだったから。

その流れのあとに差し出された“誕生日”という響きは、まるで傷ついた心の上にそっと毛布をかけるみたいに優しかった。


「……え?あ、もう来週か。」


「そうだよ。」


俊輔は、ふっと柔らかく笑う。

その笑顔が、いつもの俊輔だった。

王子様みたいに整っていて、恋人だけに向ける穏やかな顔。


「俊ちゃんの誕生日の時に行ったご飯やさんは?」


「……せっかくだから違うお店にしない?」


俊輔は、少しだけ困ったように目を細めた。


「んー、どこ行きたい……かぁ……」


陽向は、思考を巡らせるように視線を宙へ泳がせながら小さく唸る。

俊輔はそんな陽向を見つめながら、少しだけ首を傾けた。


「陽向の好きな食べ物ってなに?」


「カスタードのシュークリーム!」


間髪入れずに飛び出した答えに、俊輔は思わず笑いそうになる。

でも、問いたかったのはそこじゃない。


「……他には?」


やんわりと促す。


「えー?いちごタルトと、ミルフィーユ、あとアップルパイ!」


嬉々として並べられる名前は、見事に全部甘いものだった。

しかも、どれも陽向らしい。

ふわふわしていて、可愛くて、ひと口食べるだけで幸せそうに目を輝かせそうなものばかり。


俊輔はとうとう肩を揺らした。


「いや、可愛い過ぎるんだけど……そうじゃなくてご飯系だよ」


「あ、ご飯系かぁ……」


陽向は、ようやく質問の意図を理解したらしく、少しだけ真面目な顔になる。

そしてまた、うーんと唸ってから答えた。


「からあげ!」


コテッと俊輔の首が落ちた。


あまりにも陽向らしすぎて、否定しにくい。

けれど誕生日の外食として考えると、もう少しこう……何かあるだろうとも思う。


「………他にある?好きなご飯。」


少しだけ粘るように尋ねる。


「カレーとか?あとラーメン。」


「…………。」


俊輔は、言葉を失った。


カレー。

ラーメン。

からあげ。


記念日や誕生日の“特別なディナー”として並ぶには、あまりにも飾り気がなくて。

でも、そのどれもが陽向の“好き”として出てくるのだと思うと、俊輔は可笑しくもあり、たまらなく愛しくもあった。


「あとママの作ったオムライス。」


とうとう俊輔は吹き出した。


「子供かっ!」



どうしてこの子は、こうなんだろう。



可愛い服も似合う。

甘いものも好き。

ロマンチックな空気にだって誰よりもときめくくせに、根っこのところでは妙に素朴で、飾らなくて、子どもみたいに真っ直ぐで。


俊輔の胸の奥が、きゅんっと小さく締めつけられる。


自分は、陽向に何をあげられるだろう。


おしゃれな店。

綺麗な夜景。

少し背伸びした特別な時間。

そういうものを用意することはできる。


けれど、彼女がぽつりと口にした“ママの作ったオムライス”みたいな、無条件に心がほどける味には、たぶん敵わない。

それが少し悔しくて。

でも、それ以上に、そんなふうに大事なものをちゃんと胸の中に持っている陽向が、愛しかった。


俊輔の視線は、ふと、何気なく──そこに落ちた。


机の端に置かれた、陽向のスクールバッグ。


カラフルで、やたらと主張の強いキーホルダー。

丸いフォルム。

大きな目。

誇張された愛嬌。

テーマパークの、人気キャラクターだった。


「…………ストーリーテイルパーク、行こうか。」


ぽつりと落ちたその一言に、空気がわずかに揺れた。


「……え?」


陽向は一瞬、言葉の意味を理解できなかったみたいに目を瞬かせる。


“ストーリーテイルパーク”


その名前は、聞いたことがない人はいない。

国内最大級のテーマパーク。

数々のアトラクション。

煌びやかなショー。

夜空を彩るパレード。

夢と非日常が、現実の延長線上に無理やり存在しているような場所。


恋人たちが、当たり前みたいに訪れる“特別な空間”。


「は?学校帰り?」


陽向は思わず素っ頓狂な声を上げた。

俊輔は、少しだけ肩をすくめる。


「いや、それは流石に……土日で行こうよ。誕生日当日じゃなくてもいい?」


その言い方は、提案というより、確認に近かった。

陽向の反応を、ちゃんと見ながら進めようとする声。


「………本当に?受験大丈夫なの?」


陽向の声が、ほんの少しだけ小さくなる。

俊輔は、あっさりと言った。


「EA終わったから。Regularの出願まで2ヶ月あるし、1日だけ一瞬小休止。」


さらりと。

でも、その“2ヶ月”という言葉の奥には、本来なら休んでいい時間なんてほとんどない現実も、ちゃんと含まれている。


それでも、あえて言う。

“今だけはいい”と、自分に許可を出すみたいに。


「嘘嘘嘘っ!!ガチ?本気!?」


一瞬で、陽向のテンションが跳ね上がった。


さっきまで泣いていた顔とは思えないくらい、目がキラキラと輝く。

その変わり身の速さに、俊輔は思わず笑いそうになる。


「うん。陽向、ストーリーテイル好き?」


「行ったことない!!」


満面の笑み。

少しの躊躇もない即答。

その言葉に、俊輔の動きが一瞬だけ止まった。


「え……じゃあ、あれは?」


視線を落として、バッグのキーホルダーを指さす。

陽向は、何の迷いもなく答えた。


「ギャル師匠がお勧めしてくれたから付けてる!」


「……あ、そうなんだ……笑」


ほんの少しだけ力が抜ける。

拍子抜けしたような、でも納得したような笑い。


「行きたいっ!!」


弾ける声。


「行きたい行きたい!!ストーリーテイル!!」


両手をぶんぶん振って、全身で喜びを表現する。

その姿が、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも子どもみたいで。


俊輔の胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「うん。わかった。じゃあ行こう。」


俊輔は柔らかい笑顔で頷いた。


受験の合間。

限られた時間。

確実に近づいている“別々の道”。


それでも大切にしたい“今”がある。

笑顔の奥の、守りたい“瞳”がある。


夕方の光は、もうほとんど消えかけていた。

窓の外は、ゆっくりと夜に飲み込まれていく。


けれど二人の間には、これから訪れる“夢の時間”の気配が、確かに灯っていた。


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