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セカンドシーズン ─好きな人を、真っ直ぐに。─ 〜第二章〜高2編〜  作者: 波方 真季


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第71話 不意打ち大戦争


俊輔は、バルコニーで倒れた陽向をなんとかベッドへ移動させた。


ふわりと沈むマットレスの上にそっと寝かせると、陽向はすぐに静かな寝息を立てはじめた。

さっきまであれほど大騒ぎしていたのが嘘みたいに、今はすっかり力が抜けている。


俊輔は冷凍庫から保冷剤を取り出し、タオルに包んで彼女の額や頬へ順にそっと当てた。


真っ赤に火照っていた頬と額は、まだ少し熱を帯びている。

倒れたときの衝撃でどこかぶつけていないか、何度も顔を覗き込んで確かめた。


「だいぶ…赤み引いたかな…?」


小さく呟く。

陽向の呼吸は穏やかだった。

胸が、ゆっくり上下している。

長いまつ毛が、月明かりに淡く影を落としていた。

それを見て、俊輔はようやくほっと息をつく。


静かな寝室。

窓の外から差し込む月の光が、白いシーツの上を淡く照らしていた。


俊輔はそのままベッドの横に腰を下ろす。

ふと、さっきのバルコニーでの出来事が頭に蘇る。


(……無理って……ひどくない? 汗)


思わず、苦笑が漏れる。


もちろん、わかってはいた。

陽向がそういうところで驚くほどウブなことも、ちゃんと知っていた。


でも──


今日一日、自分がどれだけ理性と戦っていたかを思い出すと、どうにも納得がいかない。

あれだけ無防備に近づいてきておいて。

“何が起きても大丈夫”だなんて言っておきながら。


(全然大丈夫じゃないじゃん……)


あれが全部、天然だとは。


予想を遥かに上回る、とことん意表をつく子。


俊輔は思わず額に手を当てる。

今日一日、自分がどれだけ翻弄されてきたか。

理性を保とうとして、必死で距離を取って。

心臓を何度も爆発させられて。


どこまでも無自覚で。

どこまでも無防備で。


そのくせ、こちらの理性だけは確実に削ってくる。


肝が小さいくせに………


(………恐ろしい蠍だな……)


俊輔は、ゆっくりとベッドへ身を乗り出した。

両腕をシーツに置き、そのまま顔を伏せる。


視線のすぐ先に、陽向の寝顔がある。

俊輔の視線は、自然と彼女の唇へ落ちていく。


柔らかそうな唇。


こんなにも近いのに。


それでも──


遠い唇。


それが欲しくて、胸の奥に熱がじわりと広がる。

俊輔はそれを誤魔化すみたいに、自分の腕へ熱くなる唇を抑えるように押し当てた。


ぐっと力を入れて、息を吐く。

小さく、拗ねた声がこぼれる。


「……ちぇ…………お預けか…………」


静かな寝室の中で、その独り言だけがぽつりと落ちた。

俊輔は陽向の手をそっと握る。

しばらくその顔を見つめたまま、ゆっくりと目を閉じる。


胸の奥に残る熱を、どうにかやり過ごせますように。


月明かりの中、寝室には陽向の穏やかな寝息だけが静かに響いていた。




────────。




「…………なた…………陽向…………」


遠く、意識の向こうから、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

柔らかくて、少し心配そうな声。


大好きな声。


「……はっ!!」


陽向は、バチッと目を開いた。


視界いっぱいに広がったのは、やわらかな月明かりに包まれた部屋。


そしてすぐ近くに——


「陽向、大丈夫?」


覗き込む俊輔の顔。

心配そうに、少し眉を寄せている。


「…あれ……私……寝てた?」


まだ少しぼんやりした声で聞く。

俊輔は小さく苦笑した。


「バルコニーで、いきなり倒れたんだよ」


「えっ!!」


一瞬で意識が覚醒する。

陽向は慌てて記憶の最後を手繰り寄せる。

星空。

夜風。

抱きしめる俊輔の腕。

頬に触れた手のひら。


そして——


顔が近づいてきた瞬間。


思い出した途端、顔に再び火がついた。


「ほんっっとーーにごめん!!!めっちゃ大事なところで!!!」


布団の上で、両手を顔の前で合わせてガバッと頭を下げる。

俊輔は少し困ったように笑った。


「陽向が出来ないことを、無理にしようとした僕も悪かったから…」


その言葉は、責める気配が一切なくて、むしろ優しいくらいだった。


「…そんな事ない…私、出来なくないよ!」


思わず食い気味に言い返す。

俊輔は優しく笑った。


「無理しなくても大丈夫だよ」


「無理じゃないもん!出来るもんっ!」


陽向の声は、ちょっとムキになっていた。

俊輔は、そんな彼女を見つめて、ふっと息をつく。


「… 陽向…………」


その呼び方は、どこかやさしくて、少しだけ甘かった。


「…俊ちゃん…………」


二人の視線が、自然と重なる。


夜の静けさの中で、互いの呼吸が少しずつ近づいていく。




俊輔の顔が、ゆっくりと近づく。




月明かりが、二人の間に淡く落ちる。




陽向は、目を閉じた。






そして────────。







ちゅーーーーーーーーーーーーー






────────。





「……ぅわぁっ!」


陽向は勢いよくガバッと身体を起こした。

息が荒い。

胸が激しく上下している。


「はぁ……はぁ……」


部屋の中は、もう月明かりではなかった。

カーテンの隙間から、やわらかな朝の光が差し込んでいる。


「あれ…夢……?」


胸の奥で、心臓がまだバクバクしていた。

さっきの感触が、妙にリアルで。

思わず自分の唇に触れてみる。


当然、何も変わらない。


ふぅ……と大きく息を吐く。

そして何気なく、隣へ視線を落とした。


「………っっっ!!!」


そこには——


同じベッドで、安らかに眠っている俊輔。


ピシャーーーーーーーーーーーーーン!!!


陽向の頭上に雷が落ちた。


(………美し……過ぎる……)


思わず両手で口元を覆い、絶句。

朝日の柔らかな光が、俊輔の寝顔をやさしく包み込んでいる。


整った横顔。

長いまつ毛。

少しだけ乱れた前髪。

寝息に合わせて、胸がゆっくり上下していた。


その姿は、あまりにも静かで、あまりにも綺麗で。

まるで映画のワンシーンみたいだった。

時間だけが、この場所でそっと止まっているみたいな空気。

神聖な光が、彼の周りだけに降り注いでいるようだった。


陽向は思わず息を呑む。


(俊ちゃんの寝顔なんて、初めて見るな……)


胸の奥が、きゅっと鳴った。

昨夜の出来事が、ゆっくりと頭の中に蘇ってくる。


星空。

静かなバルコニー。

背中から回された腕。

触れた頬。


そして——


(キスがしたい)


その直後で、記憶はぷつりと途切れている。

思い出した瞬間、顔が一気に熱くなった。


けれど、そんな陽向の動揺とは関係なく。

俊輔は静かに、安らかな寝息を立てていた。


その寝顔は、あまりにも無防備で。


あまりにも、綺麗だった。


陽向は、そーっ…と再び枕へ頭を戻し、横になる。

息を潜めるみたいにして、隣に眠る俊輔の寝顔を見つめる。


トクン。


トクン。


胸が、また高鳴り始める。



じーーーーーーーーーーーー



俊輔の顔に穴が空くんじゃないかというほどの勢いで、凝視する陽向。


キスがしたい、と言ってくれた彼。


その瞬間を、何も言わずにちゃんと優しく待ってくれた彼。


それなのに…私は——


(…夢の中では………自然に出来るのにな……)


小さく唇を噛む。

胸の奥に、申し訳なさが広がる。


「俊ちゃん…ごめんね………」


ポソッと小さい独り言がこぼれたその瞬間。


パチッ


「…………っ!!」


凝視する陽向のあまりにも熱烈すぎる視線に気がついたのか、俊輔は突然目を開いた。


「………陽向…?」


まだ完全に覚醒していない、ぼんやりした声。

寝起き特有の柔らかな響きが、静かな朝の部屋に溶けた。

俊輔は軽く目を擦る。

朝の光が、まつ毛の隙間にきらりと差し込む。

その仕草があまりにも無防備で。


「お…お、おはよう…!」


陽向は思わず声を裏返しながら挨拶した。

俊輔は一瞬きょとんとして、そして——


ふんわり笑った。


「おはよう。」


朝の光に包まれたその笑顔は、

まるで天使みたいに柔らかくて、無垢で。


ズキューーーーーンッッッ!!!


陽向の胸を、まっすぐ撃ち抜いた。


(寝起きスマイルの破壊力……えぐっっ!!!)


心臓が爆発しそうになる。

俊輔はそんな陽向の様子に気づくこともなく、優しく首を傾げた。


「体調大丈夫?」


その言葉は、昨晩倒れた陽向の容態をすぐに心配していた。


「全然大丈夫!」


陽向は勢いよく答えると、そのまま布団の上でガバッと両手を合わせた。


「まじごめんっ!!昨日はせっかくのところでパニック起こして、ガチで本当にごめん!!」


頭を下げる。


俊輔はその姿を、ぽーっと一瞬眺める。


そして──


「…………。」


プィッ!


俊輔は、不貞腐れるように顔を背けた。


「無理、だなんて!陽向酷いよっ!」


拗ねた声。

一瞬で空気が変わった。


「えっ!?」


不機嫌な俊輔に、陽向は大慌て。


(夢とちがーーーーーう!!!!!)


だって、夢の中では優しく許してくれて。

そこから——


「わーーー!ごめんよーー!!俊ちゃん怒らないでぇ〜〜〜」


(なんでそこで夢の中みたいな優しい優等生くん出さないのぉ〜なんで子犬いじけモード出すのぉ〜)


思わず俊輔の腕に両腕を絡めて、ぎゅっと必死に縋りつく。

俊輔は顔を背けたまま、横目でチラッと陽向を見た。


そして——


口元が、ほんの少し吊り上がった次の瞬間。





ちゅっ





一瞬の早さで、俊輔の唇が陽向のおでこに軽く触れた。


「………っっっっ!!!!!!」


陽向の脳が、完全停止する。

何が起きたのか理解するより先に、バリッ!!と勢いよく身体を引き離した。

思わずベッドから落ちそうな勢いで距離を取ると、慌てて両手で自分のおでこを押さえる。


「陽向は不意打ちじゃないと無理だって、昨日学習したっ!」


俊輔は無邪気に笑った。

悪戯っぽく笑うその笑顔があまりにも子供みたいで。


陽向の心臓は、一気に暴れ出す。

顔が、急激に熱くなる。


「もーーーーっ!!心臓に悪いでしょーーー!!」


恥ずかしさで爆発しそうになりながら、陽向は思わずフードを被った。

うさぎ耳のついたパーカーのフードを、ぐいっと深くかぶる。

俊輔の唇の感触が残るおでこを隠すように、両手でフードをぎゅっと押さえつけた。


「真っ赤だよ?」


隠している顔をわざと覗き込んでくる俊輔。

その意地悪な顔が、妙に勝ち誇っている。


(くっそ〜〜〜〜完全にドヤってやがる!)


そんな俊輔の表情に、悔しさがカッと込み上げた。

陽向の身体は、思わず勝手にぱっと動いた。


その瞬間──




ちゅっ





覗き込んでいた俊輔の頬へ、素早くキスを落とした。


「……わぁっっっっ!!!!!!」


信じられないような陽向の行動に俊輔は仰天した。

咄嗟に、キスされた頬を手で押さえる。

そのまま、ベッドの上で腰を抜かした。


俊輔の心臓が暴れる。

唇が触れた頬が、尋常じゃない程に熱くなる。


陽向は悪戯っぽく笑う。



「えへへっ!不意打ち返し!!」



ドクンッ──



俊輔の胸は、大きく跳ねた。


垂れ耳うさぎのフード。

ふわふわのルームウェア。

ピンクに染まった頬。


そして——



無垢すぎる笑顔。



「………っ」


俊輔の理性は、一瞬で焼き切れた。




グイッ──




思わず陽向の身体を引き寄せて、そのままベッドへ押し倒した。




シーツが大きく沈む。


俊輔の指先が、陽向の顎を掴む。



逃げ場は、もうない。







「唇にするよ?」







低い声。


うさぎを捕まえた狼の視線。


“食べたい”


その瞳は、ギラリと鋭く光る。


穏やかな優等生の仮面の奥から、“雄”の本能が顔を出した。





しかし──







「ギャーーーーーーーーーーッッッ!!!」






ドッカーーーーーーーン!!!


バコーーーーーーン!!!


陽向の頭の中で、核爆弾が大爆発。


敵襲ーーーーー!!


迎撃ーーーーー!!


全陣、猛攻撃ーーーーー!!!!


小人軍団が全総力を上げて大戦争。



ボフンッッッ!!!



陽向が咄嗟に掴み上げた枕が、横から俊輔の頭にクリティカルヒット。


「キャーッ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっっ!!」


陽向は大パニックのまま枕を振り回し続けた。

その最中。




「あはは──!」




振り回される枕を両腕で必死にガードしながら、俊輔の笑い声が弾けた。


「….はぁ……はぁ……」


その声に、陽向がスッ…と枕を静かに降ろしたその時。




「不意打ち返し返し!」




無邪気な笑顔が弾けた。

穏やかで、優しい俊輔の顔に戻っていた。


「………〜〜〜〜〜っっっっっ」


またまた、私の負け。

完全敗北。


陽向の“一線”を最後に守るのは。

母親の厳しい束縛でも、朔也のうざい親父フェーズでも無く。

いつだって、陽向脳内小人軍隊なのかもしれない。


二人のキス。


そのハードルは——


星空よりも、遥かに天高かった。



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