表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~  作者: KEINO


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/40

第19話

 地響きと共に、輸送機『バロー』が駐屯基地のハンガーに着陸した。

 重厚なハッチが開くと、生暖かい夜風と共に、整備員たちの怒号と機械の駆動音が流れ込んできた。


 俺は『ナイトハウンド』の拘束ロックを解除し、ゆっくりと機体を立ち上がらせた。

 HUDの端で、活動限界を示すタイマーが赤く点滅している。

 エネルギー残量、十数パーセント。


 並んで降り立ったハルの『タイラント』が、ガクッと膝をついた。


『も、もうダメですぅ……。二度とあんなところ行きたくないですぅ……』


 通信機から、緊張の糸が切れたハルの泣き言が聞こえる。

 プシューッという排気音と共にコクピットが開き、中からふらふらとハルが這い出してきた。

 彼は地面に降りるなり、へたり込んで空を仰いだ。


『……悪くない腕だったわよ。カバー、助かったわ』


 レベッカが愛銃を整備ラックに戻しながら、ボソリと呟いた。

 彼女なりの賛辞なのだろう。

 ハルは「えへへ……」と力なく笑っている。


 俺も義体のジェネレーターと、神経接続の同期率を下げた。

 どっと疲れが押し寄せてくる。

 だが、それは不快なものではなく、全力を出し切った後の心地よい虚脱感だった。


「よう、生きて帰ったな」


 タラップの下で、ギデオンが待っていた。

 彼は泥だらけになった俺たちの機体を見上げ、満足げに頷いたが、その表情はどこか厳粛だった。


「船長。……これから宴会か?」


 俺が軽口を叩くと、ギデオンは首を横に振った。


「いいや。今日は『追悼会』だ」


 彼は懐から、先ほど回収したドッグタグの束を取り出し、チャリと鳴らした。


「運悪くババを引いちまった連中が、地獄への道中で迷わないように景気よく騒ぐのさ。……アマミヤの支給する酒は安酒だが、量はたっぷりとある。お前らも付き合え」


 追悼会。

 それが、この過酷な惑星で生きる彼らの流儀なのだろう。

 死を悼みつつも、生き残った者たちは生の喜びを噛み締める。


 行きたい気持ちは山々だった。

 このむさ苦しい連中とグラスを交わし、今日の出来事を語り合いたい。


 だが、視界の隅にある時計表示は、現実世界での朝が近いことを告げている。


「残念だが、パスだ。……俺には帰らなきゃならない場所がある」


「ああ、そうか。その物言い。お前、渡り人なのか」


 ギデオンはどこか納得したように頷くと、俺の肩をバンと叩いた。


「渡り人ってなんだ?」


 思わず聞き返す。


 「意識だけの来訪者。別の世界に本体があるんだったか何だったか。まあ、向こう側の身体に、美味いもんでも食わせてやんな」


「詳しくはアマミヤの嬢ちゃんに聞いてみな」


 ひらひらと手を振るとギデオンたちは、居住区画にある酒場の方へと消えていった。

 

「ああ」

 

 俺はその背中を見送り、一人、整備デッキへと向かった。


 

   ***



 整備デッキは、静謐な空気に包まれていた。

 溶接のスパークが散る奥の区画とは対照的に、ナイトハウンドの整備スペースだけは、スポットライトに照らされて教会のような静けさだ。


「お疲れ様でした、アキトさん」


 声の方を向くと、ユイが立っていた。

 泥と油にまみれた基地の中で、彼女の清潔な制服姿だけが、咲き誇る白百合のように浮いて見える。


「待っていたのか?」


「はい。義体のメンテナンスチェックもありますから」


 彼女は微笑みながら、手に持っていたスポーツドリンクのラッピングがされたカートリッジを差し出した。


「どうぞ。エネルギー補給を」


「気が利くな」


 俺は礼を言って受け取り、一気にポートに差し込んだ。

 冷たい液体が喉を通り抜け、乾いた身体に染み渡っていく感覚。

 今回のカートリッジは甘さと、微かな柑橘系の酸味がした。


「……味覚まで再現完璧かよ」


 俺は空になったカートリッジを見つめ、苦笑した。

 味、喉越し、冷たさ。

 どれをとっても、現実のそれと区別がつかない。


 整備ドロイドたちが、高圧洗浄機でナイトハウンドの泥を洗い落とし始めた。

 黒い水が流れ落ち、その下から、無数の傷がついた装甲が現れる。

 まるで現実の自分自身の身体を洗われているような、奇妙な感覚。


「ユイ、一つ聞いてもいいか」


「はい、なんでしょう?」


「このゲーム……いや、この世界は、リアルすぎる。命の重みも、痛みも、そして死の臭いもだ」


 俺は、先ほどの惨劇を思い返していた。

 あれは、娯楽として消費するには重すぎる体験だった。


「これを作った作者は、一体何を考えているんだ? ただのゲームじゃない。……俺は今日、一度も『遊んでいる』という感覚にならなかった」


 ユイは少しだけ目を伏せた。

 その表情には、AIとは思えない憂いと、そして深い慈愛が浮かんでいた。


「やはりあなたは……渡り人なのですね」


「渡り人……? ギデオンも言っていたけど、なんなんだ?」


「はい。あちらの世界から、電子の海を渡って私たちの世界に干渉する、異邦の魂」


 ユイは傷ついたナイトハウンドの装甲に、愛おしそうに手を触れた。

 まるで、遠い旅路を経て帰還した旅人を労るように。


「私たちにとって、この世界は紛れもない現実です。痛みも、死も、そこにあります。……ですが、貴方たち『渡り人』にとって、ここは仮初めの夢かもしれません」


 彼女の声は透き通るように澄んでいたが、そこには確固たる意志があった。


「神は、その境界を限りなく薄くしたかったのかもしれません。夢と現が混ざり合い、魂が本当に『ここに在る』と感じられるように」


 彼女は俺の方へ向き直り、改まった表情で問いかけた。


「確認させてください、アキトさん。貴方は、ただの遊戯としてここに来ていますか? それとも――」


 彼女は言葉を切った。

 続きを言わずとも、その瞳が語っていた。

 『共に生きる仲間として、ここに来てくれますか』と。


 俺は自分の、いやナイトハウンドの手を見つめた。

 現実の無力な手ではない。

 運命をねじ伏せられる、力強い鋼鉄の手。


 今日の戦い。

 ハルの涙、レベッカの援護、ギデオンの背中。

 それらを「ゲームのデータ」と切り捨てることは、今の俺にはできなかった。


「……遊びじゃない」


 俺は答えた。

 自分でも驚くほど、自然な言葉だった。


「俺は、この世界で生きたいと思った。この鋼鉄の身体で、お前たちと共に」


 思わず格好をつけたセリフが口から出た自分自身に驚いた。

 ユイの表情が、花が咲くように明るくなった。

 彼女は胸の前で手を組み、深くお辞儀をした。


「ようこそ、ギャラクティック・フロンティアへ。……改めまして、歓迎します。一人の『渡り人』として」


 それは、システムのアナウンスではない。

 この世界の住人からの、正式な受け入れの言葉だった。


「また明日も、来てくれますか?」


 ユイが上目遣いに尋ねてきた。

 「ログインしますか?」ではない。

 「来てくれますか?」という響き。


 ここに居たい。

 ずっと、この世界に浸っていたい。

 そんな誘惑が脳裏をよぎる。


 だが、俺は「渡り人」だ。

 帰るべき肉体が、あちら側で待っている。


「ああ。必ず来る。……ここは、俺の新しい居場所だからな」


 ちょっとキザな言い回しだっただろうか。

 俺は頷き、システムメニューを開いた。

 空中に浮かぶ半透明のウィンドウ。

 その一番下にある『LOGOUT』のボタンが、赤く点滅している。


 それを押すことへの、奇妙な躊躇い。

 だが、これは別れではない。


 俺は小さく息を吐き、意を決してボタンに指を伸ばした。


『ログアウト・シークエンス、開始』

『神経接続、解除まで……3、2、1……』


 視界が徐々に暗転していく。

 世界が粒子となって分解され、遠ざかっていく。


 意識が途切れる寸前、最後にユイの声が響いた。


「おやすみなさい、アキトさん。……境界の向こう側でも、どうかご無事で」


 その言葉は、まるで戦場へ送り出す祈りのようだった。

 現実という名の、もう一つのフィールドへ向かう俺への。

 

 プツン。


 世界が消えた。

 次の瞬間、俺を襲ったのは強烈な落下感だった。

 無重力の浮遊感から、急激に重力の鎖で縛り付けられる感覚。

 鋼鉄の強靭な四肢から、生身のひ弱で小さな肉体へと、魂が無理やり押し込められる窮屈さ。


 息苦しい。  暑い。  重い。


 ジジジジジジジ……。


 鼓膜をヤスリで削るような、耳障りなノイズがフェードインしてくる。

 機械の駆動音ではない。

 生物の放つ、圧倒的な夏の生命力の音。


 セミの鳴き声だ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ