お願いの答え
不本意だ。まったく以て忌々しい。悪態付きそうになる自身の体質。
――気持ち悪い。
――こんな奴見たことない。
周囲から向けられる奇異の視線に、囁かれた声に自身すら賛同したくなる。ちょっとした事で腫れ上がる皮膚、痒みに苛まれ肌、本当に気持ちが悪い。
きっと、彼らが正解で、俺が不正解だったのだろう。俺は間違えてしまったのだから……
――いい加減にしてくれないか? 正直、君達の興味本位でしかない言動の方が醜いと思うんだが。
そう、だから。だからだった。
俺を忌避する周囲へと向けた声は強く、まっすぐだった。彼女の言葉が同情ではないと俺は誰よりも知っている。
だが、その言葉さえも、そこに込められた気持ちも、奇しくも俺にとっては……
◇ ◇
「突然なんですけど……俺、セバさんにお願いがあるんです」
微かに過ぎる思い出が胸に痛くて。だからこそ、俺はそこから目を背ける事が出来なかった。
「お願い、ですか?」
顔を上げるセバ氏。取り乱す事なく、ただ訳の分からない不徳とやらに嘆くでもなく、こんなガキの俺に頭を下げていた老齢の紳士に俺は頷く。
きっと緊張しているのは俺だけ、いや俺達だけだろう。セバ氏の瞳は揺るぐことなく俺の言葉を待ってくれている。
「はい。俺と……お友達になりませんか?」
告げた言葉に、背中越しで二人の驚きが伝わった。そりゃ、こんな歳の離れたセバ氏に何を言ってるんだと自分でも思うわ。
しかし、二人以上に目の前にいた執事の変化は劇的だった。まぁ、少し目を剥いたくらいだったけど。動揺しなさそうな感じだったけど、そうでもないみたいだ。
「お友達、でしょうか?」
細く閉ざされそうな目から向けられる視線は言葉以上に俺の真意を探ろうというのだろう。老齢と見受けられるセバ氏に比べればあまりに浅い人生経験の持ち主の俺である。CTスキャンでもかけられている気持ちすら感じてしまう。
だからといって言葉を引っこめるかといえば、むしろ開き直れてしまうわけで。
「えぇ、俺……いや、ワタクシとしても様と呼ばれるのは抵抗があり、しかしセバ様には責務があります故……」
「京平さん?」
「もしかしてセバ爺の真似か?」
後ろで囁く二人に顔が熱を持つ、格好良くさせない為におどけるしかないんだ。頼むからつっこむなと。
「なる程、友であれば気軽に呼び合えば良いと……僭越ながら私が断れば――」
「ずっとこの話し方で接していきますわよ。セバ様?」
あれ? なんかカマっぽい? まぁ、いいか。もう自棄だ。
さて、答えはどうか。
「ははっ!! こりゃ一本取られたなセバちゃん!!」
正否より先に響いたのは、破裂したような愉快を込めた声だった。反射的に声の主を見れば、トラックの運転席から笑むサングラスをかけた男がいた。角刈りとランニングシャツがよく似合う男だ。
「おっと悪い悪い。答えが出るまで見学させて貰おうと思ってたんだが……そういう答えがあったか」
「ウメ様。諸々の注意より先に、既に貴方と私は一種の同業者ということですので、呼び方に関しましては――」
「おう、気にしちゃいねぇよ今更。慣れたもんさ……っと、ジャリンコ達が困ってるようだから俺は引っ込むぜ」
活き活きとした声で梅次郎と呼ばれた男に呆気にとられていた俺達だが、セバ氏の咳払いに改めて視線を戻された。
「それでは改めましてノワイエ様、ブリッツ様……京平殿。領主様の館までの案内をこのセバが勤めさせていただきます」
果たして友達申請が受理されたのか。ただある程度の譲歩してくれたのかはさておき、俺もこの辺りで手を打つしかなさそうだ。殿でも背中が少しかゆいけど。
◇ ◇
「運搬関係で困った時は俺に相談しろよなっ!! 大きな物から小さな物まで安くしとくぜっ!!」
営業文句であろう言葉をトラックの運ちゃん、自らを角田梅次郎さんと名乗った男が親指を立てて叫んでいた。
もしかしなくても来訪者だろう彼の乗るトラックを見送って俺達も馬車に乗り込む。
「セバさん。よろしくお願いしますね。それとお昼を作ってますので良ければ是非」
「これはこれは……断るだなんてとんでもありませんな。優しき配慮に深く感謝を」
手籠と荷物を預けるノワイエに、セバ氏は穏やかな笑みと礼で返す。朝は作る暇なんてなかった筈だが、よく用意出来たもんだな。ルビルのジャムだけじゃなかったのか。
「セバ爺……」
「言われずとも解っております。ご健闘を祈らせて頂きます」
最初の険悪な雰囲気はどこへやら、それとも初めから険悪ではなかったのかもしれない。内容の不明な短いやり取りは気にかかるがどうせ後で判るだろう。
「えっと……よろしくお願いします」
乗る前に俺からも何か言うべきかと、結局宙ぶらりんなお願いのせいか敬語で会釈したのだが……
「京平殿。馬車は初めてで?」
「え? あ、まぁ……」
なぜか肩に置かれたセバ氏の手が馬車に乗る事を拒んだような気がして、問いかけに曖昧な返事をしてしまった。初めてなんだが、もしかして作法か何か?
一抹の不安に駆られる俺に、セバ氏は軽くウィンクして見せた。そして、ゆっくりと案内するように伸ばされた手の先が示すのは――
「本来は隣に誰かを乗せたりしないんですが、如何です?」
馬車の御者台の隣、いわゆる助手席への招待だった。
婚活失敗につき、ダークサイドに落ちます。ちきうばくはつしる。
そしてPV10000突破♪
ありがとうございます♪結婚してください←




