厄介事
早朝の静けさとは無縁の場所だな。扇状に開けた停留所と思われる場所から都市の内外へとひっきりなしに馬車が駆け出していく、この都市の物流を担っているであろう光景に俺は思わず足を止めてそんな感慨を抱いていた。
幌馬車に始まり、樽を満載にした台車、大きいものから小さなものまで多様に渡るが、それを牽く存在もまた多様だ。
競走馬のようなスマートなフォルムとは違い、輓馬のような逞しい四肢で力強く荷を牽く馬。全長5メートルはあろうかという犬、ダチョウに似たずんぐりとした身体で走る鳥に、トカゲとサイを足して二で割った生き物。まさにファンタジーと言わんばかりの生物だ。
「どうした……って、ここを見るのは初めてか、キョウ」
訝しげな表情は一瞬、すぐに合点がいったと得意気な笑みを浮かべるのはブリッツ。お上りさんよろしくな反応をしてしまった俺だが、ブリッツなんぞにどや顔をされるのは癪だ。
「ここがディスティーネ東停留所です。西停留所と合わせて都市の物流を担っている場所でして――」
観光ガイドさながらの説明は最早お馴染みのノワイエだ。仮面はアレだけど、美少女で親切丁寧な彼女には本当に頭が上がらない。
しかし、再び辺りを見回せば異国情緒というか異世界観溢れる光景。数日過ごした程度ではまだまだ見慣れる事のない世界の広さに身体が思わず震える。この震えは厨二病アレルギー由来なのか、果たして――
突如、そんな情緒を壊す音が高らかに響いた。ラッパのように鳴る音に目を向ければ、ある意味聞き慣れた"エンジン音"が耳に付く。
すれ違う馬車とは違い、長四角な箱型の荷台は朝日を照り返す銀色。四隅の下方に備え付けられている黒縁の大きな車輪こそ、荒れた大地でも突き進めるような変化を遂げているが……
そういえば、この前もコレを見たな。あれは確かノワイエにメインストリートを初めて案内してもらった時だったか。改めて見ても浮く存在に、俺は死んだ魚みたいな目になる。
と、俺の様子に何を感じたのか。ブリッツはポンと肩を叩く。
「あれは、トラックってヤツだ。すげぇだろ」
うん、知ってる。何もすごくない。
本当に誰だよ。異世界にトラックぶち込んだ馬鹿は。
「ちなみにわたし達が乗る予定の馬車は……えっと――」
「おっ、ちょうどトラックの止まった隣だな。ソルス領主の紋が入ってる馬車がそうだぜ」
「……まじか」
別にトラックが嫌な訳ではない。たくさんの馬車の行き交うこの停留所で200メートル先にあるひとつの馬車を見つけたブリッツの視力と探索力に驚きだ。ノワイエでさえもすぐに見つけられなかったのに。
さらに言えば紋といっても御者台の上部に描かれた数センチのマーク、二本の杖が交差している物か。近付かなければ俺には判らないが……本当によく見えたな。
そして一見するとシンプルな幌馬車だが、やはり隣にある馴染みのある現代技術とのギャップに違和感が拭えない。
ブリッツの視力への驚き半分、トラックへの呆れ半分で歩み寄っていく俺達の姿を向こうも確認したらしい。馬車の御者台から一人の男性が降りる。と、同時に俺は新たに驚きを覚えた。
執事。その人物の様相は全てがこの一言に尽きた。
ベージュのスーツと、ある意味典型的なカイゼル髭を蓄え、余裕と深みのある好々爺とした表情。外見的な年齢とは裏腹に曲がる事を知らないかのように真っ直ぐ伸びた背筋、身長はブリッツより少し高い。
そんな執事さんの前へとノワイエは歩み寄り、自身への仮面へと手を伸ばす。まぁ、挨拶するのに仮面したままというのも……あれ? 俺の時は……まぁ、いいか。
この世界での仮面の定義の縁を摘まむ俺の視線の先、仮面を外そうとするノワイエを、執事さんはそっと手で制す。
「……お久しぶりです。セバさん」
「はい。お久しゅう御座います、ノワイエ様。僭越ながらこのセバ、再びお目通りが叶い感慨無量にございます」
仮面越しに聞こえた声は微かな哀愁を思わせたが、対して執事さん……セバ氏は微かに震える目を細めて笑み、頭を垂れる。その一挙手一投足が洗練された動きに俺は視線も声も奪われていた。
すげぇ、執事だ。ナマ執事だ。初めて見た。
ノワイエから話かけられるまで発される事のなかったセバ氏の声は、言葉通りに喜びに打ち震えているようだった。その時点で俺のなかでセバ氏の株は上昇を続けている。
「ブリッツ様も、変わらぬようで」
「あぁ、セバ爺。アンタもな」
続いて交わされる視線。やはり、というか流石に知り合いらしい。しかし、互いに交わす言葉はそれだけで、微かにブリッツの雰囲気が固いような気がする。
もしや……と、思考が加速していき、ひとつの予想を立てる。
ブリッツが片思いしているというのが、セバ氏の雇い主の娘らしい。
こんな見た目だがブリッツはいいヤツだ。しかし、こんな見た目だ。チンピラだ。俺がセバ氏の立場ならば仕える主人の娘にこんなチンピラ然とした奴が近寄ろうものなら…………アウトだな。
「――さん、京平さん」
「ん、あぁ……ごめん。考え事をしてた」
不意にノワイエに肘をつつかれ、思いの外に思考がはかどってしまった事に反省する。ブリッツとセバ氏が拳を交わす辺りまで妄想し、ぶるりと鳥肌が立ってしまった。アレルギー的に。
気が付けば、セバ氏の視線は順当に俺へと向いていた。灰色の瞳に険がない事に致命的な失態には陥ってないらしい。よかった。
「お初お目にかかります。私は、セバと申します」
「ど、どうもこれはご丁寧に……えっと、佐居京平です、はじめまして」
が、庶民的生活を送っていた俺だ。咄嗟に高齢の執事と遭遇してしまって完璧な反応なんて出来る筈もなかった。せめて言葉が通じてよかったと本当に思う。
「サイ……京平様ですね」
「あ、あの様とかはつけなくていいんで」
「不快、でしょうか?」
その聞き方はズルいと思う。好々爺なセバ氏に対して不快を覚える筈がない。普通であればそうなのだが――
「いや、その……むず痒い、っていうか」
「そう、ですか。しかし――」
男として、カッコ良く映るセバ氏から様で呼ばれてしまう。考えるだけで鳥肌ものだ。いや、心境としては嬉しいけどさ。
これは多少なら我慢するかな。そう思いかけた時、俺の目の間に背中があった。
「セバ爺、キョウは嫌だってよ。わかってくれるよな?」
「ブリッツ。俺は別に嫌ってわけじゃ――」
「京平さん」
思わぬ展開を止めるべく肩へと手を伸ばそうとするが、それを更にノワイエが止めた。
もしかして……いや、もしかしなくても二人は動いたのだろう。俺のアレルギーを知る二人だからこそ。
まったく、なんだろうかね。俺を思ってなんだから嬉しいんだろうけど――
「ブリッツ。退いてくれないか?」
俺を制すノワイエを一瞥。そして改めてブリッツの肩を叩く。あぁ、叩いた手の甲に蕁麻疹出来始めてら、早くない?
「キョウ。だけどよ」
「頼む」
「……わかった」
悪いな。視線で謝るけど伝わったかな。あとでちゃんと謝るか。
「何やら至らぬ点があったようで、御容赦を……」
再びセバ氏と対面、といっても相手は頭を下げていた。
さて、ややこしい事になったな。




