淑女が行く(れでぃ ごー)
あ、あけましておめでとうございます(震え
この時ばかりは常識人である俺も、近隣の迷惑という言葉を忘れた。諸手を上げて万歳だなんていったい何年振りか、それほどまでに俺は歓喜した。
どうやら今まで俺は、ブリッツという男を勘違いしていたようだ。
自分でいうのも語弊があるかもしれないが、コイツはてっきり俺に気があるのかと思わせる節があった。仮面はアレだが、典型的な幼なじみ美少女ノワイエともそういう感じではなさそうだったし。
俺だってなんだかんだでブリッツに殺されもしたが、結局のところ嫌いではない。もちろんお友達としてで、おホモ達なんて受け入れられないからな。うん、何を考えてるか解らなくなってきた。まぁ、何にせよめでたい事である。
「おぅ、キョウもテンション上がって来てるな!!」
「ったりめーだっての。俺にはもう怖いもんなんかないんだからな!!」
ついつい勢いに乗ってハイタッチを交わす俺達は、そのまま肩を組んで笑い合う。
少し前までならば、このスキンシップすらブリッツのアプローチではないかと怯えていたのに、今ではちょっとした青春ドラマのように――
「っとと……」
「おいおい、大丈夫かよ」
くらりと歪む視界に足がもつれるが、そこは流石のブリッツ、俺の身体を支えるくらい朝飯前と苦笑する。
同時になんとなく理解した。恋をすると人は魅力的になる、ブリッツのこの笑顔にはそんな側面があったのかも知れない。
……と、そんな俺達の背に向けられる視線がひとつ。
「じぃ……」
「ん、どうしたノワイエ? なんならお前も一緒に肩でも組もうぜ」
恐らく、乗るべくもないブリッツの提案にノワイエは小さく溜め息を吐いて肩をすくめた。
「わたしは遠慮するから、どうぞお二人でお好きなように……」
何も解っていないと呆れるノワイエのおかげで俺も冷静さを取り戻せた。
ブリッツと一緒にノワイエからそういう目で見られるとか、心外だしさ。俺、ノンケだし。
そんな事もあってか、停留所までの遠くない道のりを俺達は微妙な沈黙で歩くのだった。
しかし、このブリッツが片思いね。どんな子なんだろうか。
◆ ◆
「少なくとも、一人前の淑女ってのはこんな朝イチから人の家には突撃しないものよ」
閑散とした住宅街の朝は寒い。夜型の人間を自負する私には特に辛い時間だ。
「うっさいカズホ。このアタシがこんなに振り回されて、いい加減にもうなりふり構ってられないのよ」
「なりふり構ってられないなら昨日の昼過ぎにでも決行すべきだったかと――」
まだ微かに残る睡魔のせいか、思ったままに出てくる言葉は、隣をノシノシと歩く金髪ツインテールの怒気によって噤まれた。
「じゃあカズホは久方振りに知人と再会するのに、あんな規格外なパフェのせいでまん丸に膨らんだお腹のままで会えるの? そんなんだから陰で『独身貴族』なんて揶揄されるのに゛ょっ!! こ、拳は卑怯よっ!! 淑女にあるまじき暴挙だわっ!!」
「あら? 拳で語る言葉というのも淑女の嗜みよ」
涙目で此方を見上げる愚か者を鼻息で一蹴し、私は金髪頭をぽんぽんと叩く。まったく、この程度の痛みで根を上げるくらいなら牙なんて剥かなければいいに……
軽く手を振って痛みを散らしながら、私は改めて視線を移した。直後に去来した胸の痛みは……そう、まさしく私でも痛みと呼ぶに値する痛みだ。
「相変わらずなのね。ここは……」
恐らく、同じ感情の発露から滲んだであろうプリエの声に私は沈黙でもって肯定した。
所々で破損の見られるレンガの壁は、乱暴に撒き散らした塗料によって汚され、見るに耐えない。既に空き家だと判る近隣の家には一切の手もかけられていないといった丁寧さには、吐き気すら覚える。
『九流実洋服店』
今でも鮮明に思い出せる。
ただただシンプルな名前を描いた看板がこの場所に初めて掲げられた瞬間を、笑顔しかなくて、笑顔だけが溢れた幸せの時間を。
小さな、本当に小さな服屋さん。人であろうと多種族だろうと差別される事なく、ごく普通に、ただありふれた当たり前の物を手に入れられる場所だった。ここで買った時の服は、大人になった私にはもう着られるサイズじゃなくなったけど、今も大切な宝物としてしまってある。
「……あの人は、"本当に違う"のよね?」
馳せては切りのない思いを打ち切ったのは、プリエの小さく震える声。キチンと報酬を頂いたという建て前はあるけど本当なら、私の案内なんて必要がない程度には通い慣れた場所で彼女は何を思うのか――
「少なくても、真実も偽りも関係なく、あの子は世界から憎しみと悲しみを無くそうとしたわ」
ただ、あの病魔から生き延びて……生き延びてしまった。救いのない救いであの子の生き方を、人生を変えられてしまった。笑顔の咲く温かな場所で生きられた人生を。
単なる可能性だと割り切るにはあまりにも残酷な現実という結果のなか、あの子が至った考えを誰も思い知る事は出来ないけど――
「酷い話よね。自分が死んで悲しむ人を勘定にいれていない……自分勝手で身勝手な話」
だけど……と言葉を紡ぎ、プリエは目尻を袖で拭った。
「キョウヘイが来た。ブリッツだっていてくれた。だったら、もうこれからは大丈夫。なんたってアタシも力になれるんだから」
「そうね。あなた達なら、きっと……」
強く立つ小さな身体が不思議と大きくて、なんだか眩しく見えた。それはまるで、あの人達を見ているような気持ちになる。どんな苦境にも立ち向かったあの人達のように……
「そ、それにしても……キョウヘイがまさかもう許嫁と一緒の家に住んでただなんて……」
「……その辺りは保護者としても非常に気になってるのよね」
何を考えてるのやら、すぐに耳を赤くしてしまう辺りは淑女といってもいいのかもしれない。
「こ、これはパーティを指揮するリーダーとしては見逃せないわよねっ!! 風紀の乱れよ!!」
ふんすっ!! と鼻息荒く店へと歩むプリエがなんだか微笑ましくて……
……うん? あれ? なにかおかしいわね。
一歩一歩を踏み締めるプリエより先に覚える違和感。普段であれば、この時間くらいにはノワイエなら起きていても――
「……ん? ん!?」
玄関兼店舗入口に手をかけるプリエからも奇妙な声が聞こえた。同時、嫌な予感に額から冷たい汗が流れる。まさか。
一瞬の静寂。ドアを控え目にノックするプリエ。しかし返事はない。
「どうやら、留守みたいね」
「……カズホ?」
ゆらり、重苦しく響く声と共にゆっくりと振り返るプリエ。心なしかふたつに括られた金色の髪が逆立っているようにも見える。心なしか気温も上がってるような。
「というか、こればっかりは私に言われても……」
「じゃあ、これは何? なんなの? せっかくこのアタシが会いに来てあげてるっていうのにこの空回り。カズホ、貴女のクラスは何? 自分の口から言ってみなさい?」
「ナ、『案内人』……です」
「おかしいわね、カズホ。アタシ、鍛冶屋に料理を頼むような真似をしているのかしらね? あぁ、新人さんだったのかしら? カズホ、貴女のランク幾つだったかしら?」
「……B5、です」
「びーふぁいぶ? あらあらイヤね。アタシ、耳が悪くなってしまったみたいよカズホ。だってそうでしょう? B5って言えば最早その道のプロフェッショナルでしょう? あぁ、カズホ。もしかして人探しとか苦手なのよね? 同じ街にいて盛んに交流を持ってた人間の居場所さえ案内出来ない――」
「私が悪かったわよ!! 判ったわよ、本気でやればいいのね!?」
「ちょっ、カズホ。なんで入口に――」
「調べるからに決まってるでしょ!? こんなカギなんて私の手に掛かれば一瞬よ!! ほら、空いた!! さぁ、どこに行ったのやら、ちゃちゃっと調べましょうかね!! はぁっはっはっ!!」
「ああもうアタシが悪かったから!! 人が見てる!! 見てるって!! 警務隊呼ばれちゃうわよ!?」
「マッポが怖くてギル職やってられるかっての!! こちとら荒くれ揃いの冒険者相手にしてんのよ!!」
こうして、何の因果かプリエとキョウ君達の再会は果たされなかった。ちなみにこの後上司に滅茶苦茶怒られた。
新年一発目からこんな感じで申し訳ないです(笑)
さぁ、頑張っていきましょ!!




