俺の取り得
人に誇れるような特技を持たないという自負のある俺だが、それでもここは実家の手伝い程度の経験が活かせる場面というヤツだろうか。リンゴに似た赤い果物の皮の下をシャリシャリとナイフが滑るように進んでいく……うむ、心地良い切れ味だ。
これなら途中で切れたりせずに、一本の皮が出来上がるだろう。
「っ……!?」
働かざる者食うべからず。我が家の家訓にもあるが、よく小遣い稼ぎや繁忙期にこうした下処理をやったものだ。懐かしい気持ちを覚えながらまずは一個、と。
惜しくも体感的には時間にして30秒切れてはいない。まぁ、準備運動だからね。仕方ない仕方ない。
「あ、ノワイエ? これってジャムにしちゃうんだよね?」
「え……あ、はい。あの、京―― 」
よし、だったら切り方を変えても構わないだろう。まずは四つに切り、種を先に切り取り、それから皮を剥く、シャッシャッと思い通りに滑るナイフはやはり心地良い切れ味であり、楽しくなってくる。
ふむ、今度は30秒は切れたか。いや、この調子で行けば――
「も、もう出来たんですか?」
「え?」
なぜかノワイエの驚くような声に顔を向け、すぐに視線を逸らす。見慣れないノワイエの素顔がすぐ近くにあったからだ。大丈夫かな? 俺の顔、真っ赤になってないか? シャイか。
「あ、うん。ノワイエの厨二術に比べたら多分遅いだろうけど……一応、こんな感じな事はやってたからね」
「……試してみます?」
何を? どこか楽しげな声に問いかけるよりも先に、果実を手に立ち上がるノワイエを見上げた。今度はキチンと見られた表情はなにがあったのか、笑みがあった。
少し失礼しますね? と前置きに告げたのは、多分厨二術を使うつもりなのだろう。俺としてもノワイエの厨二病に興味はある、厨二病アレルギーとしてはこういった前置きはありがたい。身構えても無駄なパターンが多いけどね。
果実を持つ手を水平に掲げてノワイエはそっと目を閉じる。なんかの儀式でも始まるような厳かなムードが漂い、思わず唾を飲み込む。
な、何が起きるんだ……って、皮むきだよな。だよな?
「吹き抜ける春風が如く軽やかに……刃となれ!! 出でよ!! 我が命に従え!! 体現せよ!!『風刃乱舞』!!」
ふわりと宙に飛ばした果実が、パカンッ!! と真っ二つに割れ、そこから更に表皮は不可視の刃に切り刻まれて散っていく。 残された果肉の部分がノワイエの手に落ちていく……よかった、皮むきだ。普通ではないけど、ただ大袈裟なだけで結局は皮むき、俺もノーダメージで済んだ。
「どう、でした……?」
「相変わらず厨二術ってのは凄いね。道具要らずで――」
「ありがとうございます……でも、これじゃダメですね」
賞賛する俺に対して、ノワイエは厳しい顔付きで果実へと視線を落とす。これ? と首を傾げながら改めて果実を見ると、成る程と合点がいった。
所々で、赤い皮が残っているのだ。しかも二つ割りした片方には種が残ってる。確かに、これではダメだ。ついでに言えば、厨二術を使うまでの時間も長かった。果実を放ってからは早かったけど。
「……"練習"は、もうひとつ行けますよね?」
マジか。なぜかやる気満々なノワイエに俺は苦笑しながらも肯定する。練習という事は、この後の展開も予想がつく。負けず嫌いというか、なんだかなぁ……
真剣な顔付きで果実を取るノワイエ。その素顔こそ見慣れない美少女だけど、仮面を付けている時と中身は変わらないんだな、だなんて当たり前の事を今更に感じた。まったく、かゆいかゆい。
ふわりと吹く風に、果実が浮き上がり、二つ割りからの皮むきと種取り。先とは違い、突如として始まった厨二術に俺は驚きと同時に理解する。
『再現』だ、と。
いわゆる詠唱破棄、無詠唱と呼ばれる厨二術をノワイエは使っているのだ。先程とまったく同じ光景……いや、微かな調整があったのだろう。皮を剥く工程がゆっくりと丁寧になって――
「……満足な出来だった?」
「……はい、でも次はもっと速くいけると思います」
処理を終えた果実を鍋へと入れるノワイエと視線が合う。射抜くように真剣な表情は、やはり予想に違わぬ言葉を告げようとしていた。
「京平さん。わたしと勝負してください」
ほらね。どうやら冗談でもなく本気らしい。何でこんな展開になったのか、誰か教えてください。
テレレンテレレンテレレンテレレンテンッ!!
『ノワイエ が しょうぶ を いどんできた !!』
テッテッテッテーレッテッ♪
脳内でなぜかポケ○ンバト○が始まりました。しかも初代バージョン。ノワイエはゲット出来ませんので悪しからず←
ここまでお読みいただきありがとうございます。
本筋から外れたがる寄り道スキーでごめんなさい。しかも引っ張ります。




