VSノワイエ 前編
どうして、こんな事に……
胸中の嘆きに天を仰げば、薄曇りだった空の端には青空が微かに顔を出していた。結局、雨は降らなかったか。降らなかったら降らなかったで、ここでの初めての雨を見られない訳で少し残念だったけど。
「勝負、ねぇ……」
「はい。京平さんとわたし、どちらが早くルビルの皮を剥けるかという勝負です」
突きつけられた言葉を口の中で転がして思案。そうそう、このリンゴみたいなやつルビルって名前の果物だったか。ルビーのように真っ赤なアップルだからルビルなのかな、違うか。
コイツをジャムにして手土産にしようとの事で、テーブルには未処理の真っ赤なルビルが11個。つまり互いに5個ずつの皮むきタイムを競うとなるわけで……
「……本当にやるの?」
「えっと、やらないん……ですか?」
「やるのは構わないけど、ノワイエにしては好戦的というか珍しい提案だなって」
当初の意気は俺の反応に萎み始めていた。優しいノワイエの事だ、俺が嫌だと言えば普通に皮むきをするだろう。
しかし、問い返しの応えの通り、ノワイエから俺に対するこういった提案は珍しくもある。先もブリッツに対してランク上げの勝負を挑んだりと、負けず嫌いな部分のある彼女を思えば不自然ではない。
むしろ、ブリッツではなく俺に対して訪れたこの機会、それを尊重すべきだと思うところもある。
「よし、じゃあやりますか」
「あ、ありがとうございます!!」
「いやいや、礼を言われる覚えはまったくないんだけど――」
花咲く笑顔とはこの事か、むしろこちらがお礼を言いたくなってしまう。受けてしまったからには後に引けないし、仕方ない。
「それじゃ、負けた方の罰ゲームなんだけど――」
「え?」
「うん?」
なにかおかしい事でも言っただろうか? ぱちくりと可愛らしく目を瞬かせるノワイエに俺も小首を傾げてしまう。
「罰ゲーム、ですか?」
「あぁ、罰ゲームっていうのは……勝負で負けた人に何かしらの罰を受けてもらうっていうやつで……さっきノワイエがブリッツに言ってたみたいな、そんな物騒な罰じゃないから安心して」
「いえ、罰ゲームの意味は解るんですけど……」
異世界ギャップかと思えば違うらしい。しかし、改めて説明すると重いな罰ゲーム。しかも先日危うく処刑されかけたノワイエに罰を与えるとか不謹慎か俺。
逆にノワイエから罰を受けるとか…………うん、これ以上考えては不味い気がする。御褒美の三文字が頭を過ぎる変態なんてここにはいない。
「えっと、それじゃわたしが勝った時は京平さんになんでもお願いできたりするんですか?」
「も……出来ることならね」
ポニテを揺らして尋ねるノワイエから放たれるのは、どんなお願いでも叶えてしまいそうな可愛さの誘惑。即答しそうになったのを、ぐっと抑えて答える事が出来た自分を褒め称えたい。
うーん、と罰ゲームに思いを馳せるノワイエに俺も考える。勝負といえば罰ゲーム、それを当然な物という考えを植え付けた我が家を参考に……
浮かんだ内容は、一週間下僕。
敗者は勝者からあらゆる命令を受け、また、敗者は命令なくとも奉仕の精神で邁進せねばならない。
一週間限定ではあるが、佐居家カーストの頂点に君臨する権利を得るのだ。しかし、偽りの頂点に酔いしれた暴君に対して期限切れがどんな末路を辿るか。想像に難くないだろう。
過去を遡れば、罰ゲーム期間終了前に新たに勝負を仕掛け、勝利する事で期間を延ばした結果、半年も暴君として君臨した存在がいる。
そう、俺だ。
ちなみにその後、一年間下僕に成り下がった。
通称、佐居紀伊戦争。隣家を巻き込んだ出来事は……思考が逸れ始めたな。
「罰ゲームを考えるのは後にして、さっさと勝負しようか」
「わかりました。あと、手加減は無用ですからね?」
テーブルを挟んで座るノワイエに勿論と頷き、俺はルビルを手に取る。どれも似たような大きさだから適当に――
手加減?
まったく何を言ってるんだ?
「それじゃ、俺のルビルはコレね? じゃあ正々堂々勝負しよう」
「もちろんです。負けませんからね?」
意気揚々とルビルを取って見せるノワイエの様子に、俺は内心で笑む。
そう、この時既に俺は勝負の勝ちを確信していた。
◆ ◆
開始と同時にわたしの手からルビルが宙を舞う。
正々堂々の勝負。京平さんから告げられた言葉が嬉しかった。なぜか、嬉しかった。
きっかけは、京平さんがルビルの皮むきをしたいと言い始めた事でした。厨二術を使う事が出来ないとは知っていたのでどうするのかと思いましたけれど……ナイフを貸してほしいと言われて合点がいった。
どうやら、京平さんはナイフを使って皮を剥いてくれる。嬉しく思う反面、皮むきなんて手間を京平さんにかけさせたくなかったので断ろうと思ったけど……
京平さんのナイフ捌きという光景に興味が湧いてしまっては断るなんて出来ません。いったいどんな風にルビルを斬るのか、前に一度だけ大道芸の方が片刃の剣で一振り、一瞬でルビルを八当分にするというのを見ましたが、あんな感じでしょうか。それが京平さんも出来るなら……素敵だと思います。
ともすれば、わたしの足は中庭から台所を通り抜けて階段を駆け上がっていく。ただのナイフを使って貰うなんて野暮という物。思い当たるそれを取りに――
「…………」
踏み入れた部屋のなか、自分の姿を映す大鏡の前を通り過ぎて、わたしは改めてその大鏡の前へと足を戻す。無意識のうちに手が仮面へと伸びて、それを取り払った。
大鏡の前に映るのは、白き髪に成り果てたノワイエの姿。揺らめく水面が凪ぐような静寂を心に感じながら、わたしは震える指先で鏡の向こうを指でなぞる。
「……"わかってる"」
今にも泣きそうな顔なノワイエに、わたしの胸が鋭い痛みを覚えた。本当なら、本当であれば"彼女"が――
だけど叶わぬ願い。叶えたい願い。ならばせめて、この後の時間は彼女の為に。彼女と彼の為に……
◆ ◆
中庭で待つ京平さんは、わたしの姿に驚いているようだった。食事の時や何度かは素顔を見せるようになったけれど。わたしの方もなんだか落ち着かない。
じっとわたしを見つめる京平さん視線が、少しだけ怖かったからかもしれない。どうして、いつも以上にわたしを見るのか……もしかすると変えた髪型のせいかも。
「あの、やっぱり変ですかね……? 作業の邪魔になるので括ってみたんですが……」
その問いかけの答えより先に京平さんの目に宿る力が強くなって、やっぱりどこか怖い。何も言わずにいられると余計に。
「あの、京平さん……?」
髪型でもないのでしょうか。いつまでも反応してくれない京平さんに再び声をかけると、突然その顔が赤く染まり顔を逸らして……
「あ、ぅ……いや、うん。いいんじゃないかな?」
消え入りそうな言葉。沈黙からようやく貰えた言葉が届き、すっとわたしの身体に浸透して、言葉の意味する所を思わせる。
気に入って貰えた、という事。それが無性にわたしの身体へ熱をもたらす。わたし自身に対する言葉ではないというのに、不思議な熱の正体はなんなんでしょうか。
「あ、ありがとうございます。あと、これでいいですか?」
そのままでいるわけにもいかないと、わたしは手に持つそれを京平さんへと渡す。
一見すると普通のナイフ。しかし、その正体は最終神極世界(ラグナレク=エンド)に名を馳せた刀匠が打った銘刀……
名を『隼の風切り爪』、かの刀匠ヴォルス=Z=ドラグノフが13番目に作ったというシロモノだという事を。
ありとあらゆる物を斬る事だけに特化させていたドラグノフが作った剣のなかで、このナイフは異端とされている。
曰わく、いかなる物も斬れ、いかなる物も斬らないナイフという。矛盾を孕む理由は両刃ではなく片刃である事という噂もある。しかし、それまで斬れない物はないとされる刃を打ってきたドラグノフの作品で生まれた初めての不斬のナイフ、巡り巡ってこの家に置かれていた物。
それを京平さんに説明したくもあるけれど、きっと京平さんの体質的に良くないと黙っておく事にした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
中途半端に引っ張ります。
なかなかどうして執筆が進まない…orz




