窮地
麗らかな午後の陽気を一身に受け、俺はノワイエ曰わく九流実家が三大境の一つ『忘却されし箱庭』である裏庭にいた。
ブリッツが何やら準備があると家を飛び出していったのが少し前。何回も出発時刻を確認し、置いていった場合は恨むぞと言い残して、だ。
そうして今、俺は今非常に落ち着かない状況に陥っていると言っても過言ではないだろう。足元の籠一杯に入ってる赤い果実へと視線を落としながら思う。
事の発端は、ここを出る直前にブリッツが言い残した言葉からだ。
『ノワイエ、やっぱりいい加減に家にいる時くらい、その仮面外したらどうだ?』
ノワイエが仮面を付ける理由。それは彼女の境遇から来るものだ。遺憾な事だが、仮に外で素顔を晒すには彼女という存在はあまりにも有名なのだ、悪い意味合いで。
だからといって四六時中、特に人目に付かない家の中ならとばブリッツは提案していった。やっぱりというのも実のところ、この話題は一度上げられたのだ。彼女を救い出した日に。
事実、仮面を付けている事で生活に支障を来す事はある。それはノワイエも感じる部分があったのだろう。
その日から少なくとも食事の時など、彼女の素顔を見る事が増えた。といってもそれまで仮面を外した所を見た事がないレベルでの比較だが。
まぁ、ノワイエにも何か思うところがあるのだろう。結果的に家にいる時も仮面を付ける彼女の意志を尊重する形で現在までの状況である。
それで、なぜ俺が落ち着かない状況に陥っているかといえば――
「お待たせしました。京平さん」
「っ……あ、うん」
裏庭に響く声は、いつもより鮮明に俺の耳に入る。柔らかく温かな木漏れ日が声になれば、こんな声になるのかも知れない。
不意に思った例えに背筋をむず痒くさせながらも、上擦った声になってしまうくらいに緊張している俺は声の主を見た。
胡桃色のワンピースと白いエプロンは汚れも構わないようにと着替えてきたのだろう。思えばワンピースタイプの服装が多いのは作りやすいからなのか、好みからくるのか。疑問という建て前で逃避しようとした思考は、しかし絶体絶命の窮地に立たされる。
「…………」
心臓と思考が停止した。いっそのこと時間が止まってしまったのではないかと錯覚してしまう程、俺はただ彼女を見ていた。
「あの、やっぱり変ですかね……? 作業の邪魔になるので括ってみたんですが……」
その様子を困惑する彼女が後ろ手に纏めた白い髪を揺らす。頭の動きに連動して、ふりふりと揺れる髪はまさに尻尾のよう……
ドッドッドッ……!! と激しい脈動に俺の中で止まっていた時間が動き出した。これまでの遅れを取り戻す勢いで心臓は痛いくらいに血を巡らせる。
「あの、京平さん……?」
「あ、ぅ……いや、うん。いいんじゃないかな?」
こてんと首を傾げると一緒に揺れる尻尾髪。このままずっと見ていたい気持ちよりも気恥ずかしさが勝り、視線を逸らしながら俺はそう答えるしかなかった。
そう、俺の窮地とは。
仮面を外したノワイエが、美少女過ぎて緊張してしまう事にあった。鈴音はともかく灯衣菜だって美少女と呼べる容姿を持っている辺り、多少の耐性はあるという自負があったんだけどな。
そんな彼女がポニーテールときたのだ。誰も知らないであろうマイフェイバリットヘアースタイルだ。これは俺も心停止も辞さない構えである。いや、止まるなよ。
「あ、ありがとうございます。あと、これでいいですか?」
視線の外から聞こえる声に息を整え、改めて彼女の方を向く。その手には木製の鞘に入った小さなナイフがあった。礼の言葉と共にと受け取って感覚を確かめる。
木製のグリップにどこか馴染みのある感触、鞘から抜いた刃は有り難いことに両刃ではなく片刃だった。管理が良かったのか、それとも新品だろうか、あまり研いだ跡がない辺り後者か。
なんにせよ。これなら大丈夫かな? 親指の爪に軽く刃を当てながら切れ味を確かめていると、不意に感じる視線をひとつ。
それを感じつつも、果実を手に取ってナイフを当てた。
数日ぶりで短くて申し訳ありません。
ブリッツとの絡みのイラストを改めて更新しましたのでホモォが好きな方はぜひどうぞ。
多少更新頻度は落ちますが改稿しながら頑張っていきたいと思います。




