強い意志と秘めたる想い
さて、時刻は正午過ぎといった辺りか。外食する程に金銭的な余裕のない俺達は、重い荷物も楽々運搬するブリッツという荷物持ちがいる事もあり、買い物を済ませて帰宅。
午後からは何をしようかとのんびりと思考を巡らせる俺は、再び呆気にとられることになった。
「京平さん。家を出る前にお話しした仕事の件ですが……結局の所、どうしますか?」
「え……?」
なんのこと? と続けるより先に思い当たる出来事がひとつ。それは俺が家族への手紙を書いた後の事――
『実は、今日から少しだけ仕事で家を留守にしようと思うんですけど』
俺のなかでは当面の生活資金にと金貨を渡して終了していたのだが、ノワイエにしてみればそうではなかったようだ。
いやいや、落ち着いてる場合じゃない。
「先程ギルドの方で依頼の最終確認を取ったんですが、先方の都合もあって明日の朝に行く事になったんですけど……」
「…………」
血の気が引くとはこの事か。このままでは俺はどうなる。ブリッツの家にお邪魔するという危険極まりないイベントが発生してしまう……それだけは避けるべきなんだが。
「なんだノワイエ、どこか行くってのか?」
荷物持ちとして付いて来ていたブリッツが目敏く反応を見せる。買い物が楽になって助かるなと思っていたのだが、今はひたすら邪魔でしかない。
まさかこのままお持ち帰りされるのではないかと気が気じゃないんですが。
「あ、えっと……明日からちょっと泊まり込みの依頼を、ね?」
「うわ、コイツ本気でランク上げる気だよ。しかし今時の依頼で泊まり込み? 討伐依頼なんてやらねぇだろ? となると……」
胡乱気な目つきでノワイエを見るブリッツだが、確かに俺もノワイエが何の仕事をするのかは聞いてなかった気がする。
『裁縫師』というくらいだから衣服の製作とかその辺りだとしても変だよな。
「ダメ、依頼に関しては第三者に軽々しく教えられないの。そんな事も忘れてるの?」
「ちっ……別にいいけどよ。そんで? キョウは行かねぇのか?」
「いや、ついて行きたいのは山々だけど――」
そう言いながら、俺は首をひねる。そういえば俺もついて行けば万事解決なんじゃないか?
いや、衣食住を提供してもらって尚も迷惑省みずに子泣き爺よろしく付いて回るのも気が引けるわけで……
一瞬だけ、ノワイエに視線を向けてしまったのは迂闊ながらも反射的な行動だった。ノワイエの仮面の奥、綺麗な翡翠の色をした瞳もまた俺を見ていた。
もしかすると頼めばなんとかなるんじゃないか。そんな感じがする視線を交わして数秒の沈黙。
「……いや、いいんだ。迷惑をかけちゃうだろうし。でも、危険な所じゃないんだよね?」
「それは、はい……一応、両親の知り合いの所なので――」
それなら安心か。変装をしてるとはいえ、ノワイエの現状を考えると……
安堵する俺だが、不意にノワイエの目が大きく見開かれる。驚くように、もしくは何かやらかしてしまったかのように――
「ノワイエ。それは誰からの依頼だ?」
鋭く、それでいて重い声が視界の外から響いた。あまりにも突然の変化に驚き振り返ると、ブリッツがノワイエを睨んでいた。
圧力さえも感じる雰囲気には何故と思うが、咄嗟にノワイエとの間に体を擦り込ませて立つ。それほどまでに剣呑な雰囲気がブリッツにあるのだ。
「おかしいとは思ったぜ? D5とはいえ、今のお前が依頼を取ってこれるなんてな。で、誰だ?」
呟きながら、ゆらり……と立ち上がる姿はどこか不気味で、しかし確かに疑問を抱くのも解る気がする。
冤罪とはいえ、曰く付きの人物に頼むような事とはなんなのか。どう考えても良い方向の考えが浮かばない。
「だから、ブリッツには知られたくなかったのに……」
「え……」
一触即発。そんな雰囲気であるにも関わらず、背中の向こうから聞こえたのは呆れたような声。次いで溜め息を吐きながらノワイエは告げる。
「ソルス領の領主様よ。だから、ブリッツは付いてこないでよね」
「明日から、って言ってたな……よし、仕事はないから……」
「聞こえてる? ブリッツ、絶対ダメだって言ってるの判る?」
「お土産は……いや……」
ぶつぶつと呟くブリッツの表情には笑みが浮かび、より一層不気味に感じるのは俺だけか。そして、まったく話についていけない。
「京平さん。予定変更です」
「えっと、何が?」
「アレは多分なにがあっても付いてくるようなので……京平さんにも付いて来てほしいんです。ストッパーとして」
「……いいの? 相手側とか依頼の都合だってあるんじゃ」
いや、俺としては一向に構わないんだけどさ。ブリッツがテンション高めな事くらいしか判らないんだけど。
「大丈夫だって、キョウ。それに"向こうも"お前に会いたいんじゃないかと思うし――」
「あのさ、話がまったく見えないんだけど……ノワイエ。説明を頼む」
肩に手を回そうとするウザいブリッツを適当にあしらいながら、面識のある人物なのか? と疑問が浮かぶ。いや、親父の繋がりだろうか。
なんにせよ。俺の身の危険は減ったようで、なによりだ。




