要注意人物
お待たせしました
薄曇りの空の下、人通りの少ない路地っていうのはあまり好きになれない風景だ。少し暗い道は不気味でもあり、いかにも治安の悪そうな印象が強いせいだろうか。
油断ならないと前を歩くノワイエの背の向こうで俺の足取りは、まさに慎重だ。視線にはノワイエの先を歩く男の背中がある。
こいつは危険だと……そう、本能が告げていた。
「ったく、せっかく家まで行ったってのに誰もいなかったとか……流石の俺もちょっと凹んだぜ?」
つい先程、ギルドで眠っていた俺達を起こして外まで連れ出した男は、言葉とは裏腹に犬歯を剥いて笑む。肉食獣を思わせる力強さを持つ笑みだ。
「あのね、一々確認を取らないと外に出ちゃいけないの?」
そんな男の言葉に一切臆する事のない声でノワイエは言い返す。いいぞノワイエ、言ってやれ言ってやれ。
「そうは言ってねぇけどよ。あんな事があった後だろ、俺としちゃ用心深くなっておくに越したことはねぇだろ? って話だよ」
「気はつけてるよ、こうやって顔も姿も隠して――」
「だとしても、ギルドとはいえど人の往来がある場所で呑気に昼寝して大丈夫だなんて事は、ねぇよな?」
「そ、それは……」
これは確かに分の悪い戦いだ。流石に自分でも言い逃れできない事だとノワイエ自身も思ってるのか、なかなか二の句が継げずにいた。
なんて傍観していると、男の視線はノワイエから俺へと向く。やばっ。
「……で、だ。なんでさっきからキョウはノワイエの陰に隠れてるんだ」
「隠れてない。後方を警戒してるんだよ」
咄嗟といえどなかなか良い返しが出来たかも知れない。自画自賛かも知れんけど。
コイツの顔を見る度に一種の恐怖のようなものを感じるのだ。気にしちゃいないけども一度はコイツに殺されたのだから、本能的な物だろうか。
「ならいいけどよ。まっ、俺とお前の仲だからなっ!!」
「ブリッツ、それってやっぱり……」
「おい待て、ノワイエやっぱりってなんだ。ブリッツと俺は間違ってもそういう関係じゃないんだ」
豪快に笑い飛ばす男、ブリッツの妄言にノワイエは何を悟ったのか。否定しても逆効果なパターンの言い回ししか出来ていない事に遅れて気が付くくらいには俺も動揺していた。
「そんなに邪険にすんなって、一緒に力を合わせて戦った……そうだな。せ、戦友? ってやつなんだからよ」
「お願いだから照れながら言わないでくれやがりませんかね?」
ただでさえ鳥肌が立ってるのに、なんで気持ちが悪くなる事を言っちゃうのか。俺の持病知ってますよね? あとノワイエ、何に対して納得してるのか解らないけど、頻りに頷かないで欲しい。頼むから。
「それはさておき、ブリッツだって仕事とかしてるんだろ? こんな所で油売ってないで働けよ」
「そうですよ、京平さんのいう通りです」
ノワイエと共にブーイングを送れど、ブリッツは不適な笑みで指を振る。その様子に非常にイラッとしてしまうのはなぜかな? こっちは良い仕事がなかなか見つからないというのに。
あ、もしかしてコイツ――
「鍛冶依頼は、夜に軒並みこなして終わらせた。それで空いた時間で何をしようと俺の勝手だぜ?」
「チッ、ニートじゃなかったのか」
「京平さん。残念ですが、こう見えてブリッツは一応若手ですが、なんだかんだで中堅入りする予定の有望な職人なんです。残念ながら……」
「おい、ノワイエ。褒めてるのか貶してるのかハッキリしろよ」
溜め息混じりの説明に納得いかないらしい。だがそれも束の間、したり顔で、ふんっ、と鼻息をひとつ。
「まぁ、確かに? 俺達の年代でいえば、Cクラス入りしてる奴なんかそうはいねぇ、D4にでもなってれば、まぁ……頑張ってるって感じだろうな」
うわ、ウザい。こういう奴いるよな、上から目線なの。かず姉のとこでも聞いたけど、ブリッツだって19段階評価の13番目なのにね。俺は19番目のドベだけどさ。
「まぁー、キョウだってもしギルドで登録してやってきゃ……そうだな。すぐにDクラスくらい突破できるさ。"誰かさん"と違ってな」
既に懐にはD1と明記されたギルドカードがあるのだが……言った方がいいのかな?
しかし、口を開く前にゆらり……と揺れる背中が目についた。ノワイエ?
「ブリッツ、それってもしかして……わたしの事? D5からランクが止まったままなわたしの事を言ってる?」
こちらからでは背中しか見えないが、ノワイエの声は静かに……だが、確かな怒りを感じる。路地に不穏な空気に包まれるが……悲しきかな、愚か者は気が付いていないのか、まだ得意げだ。
「いんや。ノワイエだってこれから頑張れば大丈夫さ。俺だって出来たんだしな……まぁ、追い付いてこれるかは――」
「追い付く? 随分と余裕なのねブリッツ。昔、わたしの方が先にD5になった時に悔し泣きしたらしいけど、これってわたしが追い抜いちゃったらどうなるの? また泣いちゃうの? ねぇ、ブリッツ」
「はぁ? な、泣いてねぇし。それに追い抜くだ? 出来るわけねぇだろ?」
「それじゃ、楽しみにしてるよ? 泣き顔は見飽きたからディスティーネで一番高いドルチェカフェのパフェね? はい、決定っ」
「お、おぅ。俺が負けるわけねぇしな……」
形勢逆転は、あっという間だった。気が付けばフラグっぽい事を呟くブリッツの顔は青ざめ、対するノワイエはきっとそれはいい笑顔になっている事だろう。
これは多分、近い内に実現するんだろうな……そんな予感と共にブリッツと親しげに話すノワイエの姿になんだか……なんというか、もやっとする俺がいた。嫉妬? いや、あんな風にノワイエに攻められるのは……
うん、悪くないかも知れないな。




