ノワイエ救出作戦 ―破―
かず姉が立てた作戦を聞いた時、俺は彼女がいかに残念かを知った。
予定はこうだ。
正体を隠したふたりが、処刑に乱入し、ノワイエを確保する。
ふたりのどちらか、ノワイエを確保出来た方を、警備に紛れた俺が脱出の手引きをする。
俺の出す鎖で、櫓からブランコの要領で広場の中心である処刑台から広場の外へとノワイエと確保者を逃がす。残った方が殿を務める……と。
単純といえば単純。確かに戦闘力や経験則に乗っ取れば、俺のポジションは妥当と呼ぶべきだろう。しかし、もっといい案はなかったのか。
「どうなってるんだ……なんでこんな事に!?」
まさしく俺の胸中を代弁してくれるかのように、共に櫓に立つ兵士が声を漏らす。
彼もまた、混乱しているのだろう。まるで聖女だと思っていた存在が、処刑されるのを知らなかったかのように。どうやら末端の者は知らされていないのか。
かの国については、俺が知るところではない。しかしどうやら、きな臭さを感じざるを得ない……
まぁ、俺だって多少の混乱はある。ノワイエの素顔が想像を遥かに超えて可愛い事、聖騎士を炎のような何かで攻撃した誰か、どう見てもふたりして危機に瀕している事、しかしながらノワイエの素顔があんな風だったとは……ほら、な?
「おい、アンタも行った方がいいんじゃないか?」
「っ……しかし、隊長が警戒を命じたんだ。勝手に動くわけには……!!」
動揺に乗じて俺からの誘惑、こんな簡単に揺さぶられるとは……よし。
「ここは俺だけで充分だ。なに、ギルドから御墨付きを貰ってる俺だぜ? 切り札のひとつやふたつ、用意している。アンタだって今すぐ助けに行きたいんじゃないか?」
「お前……」
っと、ヤバい。俺も焦ってるせいか、少し急かしすぎたか。兵士は俺の顔をじろりと睨む。確かにこんな状況でこんな事を言う奴は不審者以外の何者でも――
「本当に、任せていいんだな?」
「え? あ、いや……あぁ!! お前のやるべき事はこんな所で見ている事じゃないだろ!?行ってこいよ、ここは俺に任せてな」
うわ、兵士チョロい。本当に大丈夫なの? 自身のセリフに悪寒を覚えつつ、櫓から降りるのに手を貸す。
「さて、それじゃいい加減に……"俺も動くか"」
そして、櫓にひとり。
処刑台を見ながら、俺は作戦失敗を悟った。
『いい? キョウ君、もしも――』
作戦失敗の場合、それもかず姉から聞いている。
ブリッツとかず姉。どちらもノワイエを連れ出す事が出来ない場合――
「……やりたいようにやれ。か」
本当に、馬鹿じゃなかろうか。作戦って呼べる作戦でもない。ダメで元々だなんてそんな軽い気持ちで望む話じゃない筈だってのに……
気が付けば櫓の柵を強く、握り締めていた。
俺なら、ここからノワイエだけを鎖で連れ去る事が出来るだろう。それは初めからふたりとも判ってた筈だ。言葉にしなくても、そうさせるつもりだったんじゃないかってくらいに。
「本当に、どいつもこいつも……」
こうしてる今だって、ふたりとも戦っている。端から見ても勝ち目の薄い戦いだろうと、ふたりともノワイエを救い出す為に……俺は、どうする?
さっきのような炎の援護は、あの一度きりしか来なかった。頼るには心許ない……いや、あろうがなかろうが関係ない。
鳥肌はもう随分と前から、寒気だってしている。これからやろうとしている事を変に意識せずやる事が重要だ。
切り札は、用意しているのだから。
「……かゆっ」
昨晩話した事が確かなら、俺のいるべき所はここじゃない。
鎖が櫓から一直線に伸びる。
◆ ◆
「キョウ君。厨二術は使えるわね?」
作戦決行を明日に控え、作戦を話すより先にかず姉は俺にそう聞いてきた。
俺が使えるのは、使い勝手の悪そうな鎖。白い鎧の監視には足止めくらいの役割しか果たさなかった事を話すと、かず姉は眉を潜めて思考に耽り始める。
「実物は俺も見たが……接近系っていう感じじゃねぇな」
「あぁ、だから遠くにある物を掴むとか、何かを妨害する程度には役に立てる筈だ」
『ガラクタ』という名称がつくのも仕方ないくらいだけど、ないよりはマシか。通用するしないよりも、やらなきゃならない状況なんだしな。
「厨二術についてはどのくらい知ってるの?」
「一応、キョウにはノワイエと一緒に教えたぜ? 常識的な範疇だったけど、飲み込みは早いらしくて俺も驚いて――」
「ブリッツ。少し黙って頂戴? キョウ君、あなたがどれだけ"理解"しているのか。そこを聞きたいの」
真剣な眼差しに、俺は俺なりの解釈も踏まえて説明する。
厨二術は強い意志に反映する力で、その強さは心の持ちようによって非常に不安定な物。どういう訳か、俺の場合は特殊なのか鎖の出し入れで、他の厨二術はうまくいってくれない事。そして、厨二病アレルギーの事。
全てを聞いた上で、かず姉さんは俺に語りかける。
「本来なら、強い厨二術っていうのは長い時間をかけて自分の力ってのを実感しながら確かな物にする必要があるんだけど……」
続くかず姉の話に、俺は自然と聞き入っていた。
そう、鳥肌も寒気も蕁麻疹すらも忘れるほどに、俺は考えさせられた。
◆ ◆
一直線に出来上がった鎖の橋。眼下では人々がどよめきに声を上げている。
ここにいる誰もが、俺が守ろうとする者を否定する。その死を望む。
親しき人の命を奪われたのだ。その憎しみは理解も納得も出来る。
だけど、それをこんな生贄みたいなやり方で解決しようだなんて――
「俺は、"認めない"」
かちりと何かがはまったような感覚。
それは強い意志。
それは強い力を喚ぶ意志。
「"体現せよ"」
生まれる鎖は、錆にまみれた鎖ではない。光を飲み込み、強く存在を示す黒。
俺の身体を覆うように、それは現れる。
「『拒絶せし黒鎖の羽衣』」
処刑台まで走る鎖までその黒が染まった瞬間。俺は櫓から鎖の橋に乗り、滑るように降りていく。
命綱さえない無茶な綱渡り、落ちる事はまったく考えてなかった。想像すら出来ないなら、実現する筈もない。
「馬鹿野郎、ナンデ来タ……!!」
「ヤッパリ、来チャッタカ」
「新手か……面白い」
数秒もしない内に、足を踏み込んだ場所。そこはちょうど黒いローブで身を隠したブリッツとかず姉の正面、視線の先に立つ聖騎士は俺の登場に微かな笑みを浮かべる。歓迎するかのように。
「誰、ですか……?」
後ろのふたりに守られるようにいたノワイエからの声に、俺は改めて自分の姿を自覚する。
身体を覆い隠すように細く伸びる漆黒色の鎖は、外套にも見える。思えばそんな格好のような奴らばかりだと笑えてくる。
三人目の助っ人の存在をノワイエが気づかないのも無理はないか。本来ならかず姉が頭数から外れてるんだろうけど。
少しだけ寂しい気持ちになるが、これならこれでいい。
「気にするな。単なる偽善者だ」
言ってから気付く、俺の声そのまんまだな!? バレたか!? 振り返ると、小さく肩を震わせるブリッツとかず姉。くそっ、絶対笑ってやがるな!?
しかしながら、さっきよりも近い距離で見るノワイエの素顔は……なるほど、昔の面影があるような気がしなくもない。幼い頃から可愛いと思っていたけど――
「っ、危――」
「余所見をする暇があるとは、余裕の現れか? 偽善者よ」
何かを伝えようとするノワイエの声を待たずして、それは俺に襲いかかる。
俺を散々小物扱いしてきた癖に、関係ない奴に手は出さないって言った癖に――
振り抜かれるようにして虚空を駆ける光の刃。不意を狙う鋭い一撃。
「ぬぅっ!?」
響き渡る破砕音。聖騎士が驚愕するなかで、光が空に散らばっていく。
「どうした聖騎士サマ。不意打ちなんて騎士道に反するじゃないか?」
俺の外套に傷はない。無論、身体にも掠り傷ひとつありはしない。
黒鎖が光の剣を防ぎ、折ったのだ。まったく以て、言いたくなる。厨二術、どんだけだよ。
「さて、とっとと済まそうぜ。こんな茶番……」
思わず浮かぶ笑みと共に、俺は改めて聖騎士に相対した。




