再現
いったい何を――
振り抜いた無手の答えは、遅れてやってきた。
軽く響いた斬撃音。
しかし、それが一度で終わるはずはない。振り抜いた腕は再び何かを切り裂いていく。一閃、また一閃。
「っ……っ……!!」
鋭く、時に緩やかに振るわれるノワイエの手。その度に輝く白い髪がキラキラと日の光に輝いて――
「すげぇ……」
不思議と彼女の懸命な後ろ姿から目が離せなかった。
不思議と彼女から鳴り響く音以外は聞こえなかった。
まさに、それは独壇場。
「何をやるかと思えば……ったく、驚かせやがって……」
「あれも厨二術なのか?」
ガリガリと頭を掻くブリッツの声に、俺は訊かずにはいられなかった。
あれが厨二術である筈がない。ノワイエから聞いた話じゃ、最後に言葉を……格好いい言葉を決めないと駄目ではなかったのか。
「あれも厨二術さ。その種を言葉にするのは簡単だ……なんだと思う?」
「判らないから聞いてるんだが」
問答する気は毛頭ない、というか何故もったいぶる必要があるのか。知ってるなら言えばいいのに……ケチくさい。
三白眼で睨む俺にブリッツはどこか見下すように不適に笑む。あぁ、非常に腹立たしい面だ。
「『知らずは救い、知れぬは窮地、知ろうとせずは馬鹿者也』ウチの大婆ちゃんからの受け売りだ。よく覚えておきな」
その上で返ってきた言葉がコレだ。ちゃんと言葉が通じているとは思えない。要は自分で考えろと言う事か。
反骨心という訳ではないけれど、そういう事ならばとノワイエの後ろ姿を見つめる。じっと、ひたすらに、その一挙手一投足も見逃さないように――
「ん……?」
そこで初めて気が付いた事があった。
振り下ろし、横に薙ぐ。連続して動く彼女の一連の流れには規則性がある事に。
繰り返しだ。
気が付いてしまえば、疑問や発見もまた連鎖する。
既に荒い微塵切りにされた野菜を、なぜあんな大振りで切るのか。
もしそれが切らないのではなく、切れないのであれば――
そして、俺の視線は捉えた。
何もなかった筈のノワイエの手に、なかった筈の包丁のような何かが薄ぼんやりとした物が握られていた。先程使った包丁と同じ物のようにも見える。
同じ動き、同じ物。
つまり、そう――
「……再現しているのか」
「ほぅ、まさかそこまで突き詰めるとはな」
俺の結論に、ブリッツが驚いたように声を漏らす。正解したが、喜びは薄い。
そんな事よりも、ノワイエから目を外したくなかった。
刻みの作業だけで終わる料理ではないという予感を覚えた直後だった。彼女はいよいよ繰り返しを終える。
無言のまま、その手を上へ。
俺には見えていた。何も持っていない彼女の手にあるのは、"棒"である事が。
同時に、その後ろ姿に見覚えがあった。
『猛る炎(アルデンス=イグニス)』
今更ながら思い出すだけでも鳥肌を覚える。俺が初めて見た厨二術だ。
それを今、ノワイエは無言のまま――
オーブンコンロに火が灯された。あの時の熱量ほどではないが、確かにそれはノワイエが起こした厨二術だった。
「くっ……」
炎と姿を変えていく火の音に紛れて、ノワイエから悔しげな声が漏れた。しかし、動きが止まる事はない。
次第に充分な熱量を持った鉄鍋へと注がれる白い欠片は……恐らく油脂ような物なのだろう。
微かに白く煙る鉄鍋へと投入される野菜が、盛大な音を立てて踊る。リズム良く鉄鍋を振るう度に刻まれた野菜の焼き色が変わっていくのが見える。
ノワイエの左手に、液体の入った瓶があった。確かな形を持ったそれは――
「っ……来るぞ!!」
思わずして声が出てしまった。しかし、もう遅い。液体は瓶から零れ落ち、熱い鉄鍋へと……
それはまるで、大雨が屋根を叩く音にも、万人が喝采と共に響かせる拍手にも似ている。
白く上がる湯気と共に、香ばしく、甘辛い匂いが台所から一気に俺達に襲いかかってきた。
「くっ、うぉぉ……!?」
ブリッツが慄くように微かに後退するのを視界の隅で捉えた。
無理もない、空腹を前にこの匂いは余りにも暴力的過ぎる……!! 昼食は比較的少なめであるこの俺でさえも、おかわりを要求してしまうかも知れん……!!
「……お待たせしました」
食欲を刺激に刺激された俺達の下へと、ノワイエは皿を片手に訪れる。心なしか、その声は沈んでいるようにも聞こえたかもしれない。それよりも、俺達の心は最早皿へ盛られた料理へと傾いてしまっている。
ノワイエが焼いたであろうパンに挟み込むように、湯気の立つ野菜炒めが見えた。
落ち着け京平、待てだ。ここでがっついてはいけない。俺は獣じゃない、理性ある人間なのであって――
「んぐっ……うまぁっ!!」
「ブリッツ!? この畜生が!!」
ご飯を食べる前は頂きますだろうがっ!! なにを一人でフライングして――
「どうぞ、京平さんも」
「っ……」
優しい声に顔を向ければ、温かに微笑むノワイエがいた。実際いつもの仮面で表情は判らないんだけども。
だが、GOサインは出た。もう躊躇う必要もない。
「い、いただきます……!!」
「はい、召し上がれ」
手を伸ばす先には三角に切られた野菜炒めサンド。手に取れば、それは確かな熱を帯びていた。
――あぁ、これはヤバいな。
昨日の記憶が蘇る。ノワイエが作ってくれたご飯の味が、絶品とも呼んで差し支えない料理がまた食べられる……!!
軽く焼かれたパンの表面にサクリと歯が突き立てられる。来る、来るぞ……
熱さを残す野菜炒めが、その歯応えと共に口の中へと招かれていく。
先程の液体……いや、調味料か。どちらかと言えばソースに近いそれは強く存在を主張するように、少しきつめな甘辛い味わいで口内を染めていく。
だが、ソース(仮定)の主張は一瞬、野菜の風味と甘さがその独裁を許さなかった。
しんなりとはしているが、その歯応えは死んでいない。多様な野菜が多様な旋律と味わいを広げ――
パンが全てを消し去った。
「…………」
ん? え? なに?
余りに一瞬の出来事に、俺はしばし呆然とするしかなかった。




