疑念と
「猫探しだぁ……?」
「あぁ、確かクレイジーキャットってヤツだったか」
訝しげに目を細めるブリッツを尻目に、俺はノワイエの後ろ姿を見ていた。なんとなく、気になった。
「クレイジーキャット……って、そりゃまた随分と面倒な探し物だな」
「何か知ってるのか?」
戸棚から取り出したのは、野菜のような物と小さな木箱? そこから出て来たのは包丁……なんで包丁があんな箱の中に……?
「本来、クレイジーキャットってのは縄張りを持たないって習性があるんだ。それは、えっと――」
「決まった狩り場を持たず、草原や森、山を旅するように巡る生き物なんです。一応ながら群れを成してはいますが、少数の群れや個体がそれぞれに連なって移動するのが特徴で、先頭の群れを代わる代わる変えて移動する事から一辺倒の魔物より知能が高いとされている生き物です」
言葉に詰まるブリッツへすぐさま交代するように、ノワイエは振り返らずに説明していく。いったい何時から使ってないのか、包丁の刃を様々な角度で見ている。
そういえば、最初からご飯を作る姿を見るのは初めてな気がする。
「そんなのを捕まえる事が出来るのか?」
「あくまでも野生のクレイジーキャットなら専門職がいなきゃ無理だろうさ」
「…………」
つまりは野生ではなければそこまで難しい物じゃないって事か。安堵の息をもらせば、窓辺から穏やかに吹き抜ける風が心地良い。ノワイエも調理を再開したのか、包丁が野菜を刻む音がズダンッ!! と――
「「ん?」」
不意に覚えた違和感に、ブリッツと声が重なった。どうやらブリッツも思うところがあったのか、同じくノワイエの後ろ姿へと視線を移す。
「せいっ!!」
大上段から振り下ろした包丁がキャベツのような葉野菜を真っ二つに……!?
「……よしっ!!」
ノワイエは非常に満足そうな声でガッツポーズを――
「「いやいや……!!」」
椅子から立ち上がる俺とブリッツの言動がまたも重なる。よし、じゃねぇよ。
何をしてるんだ。ブリッツと共にノワイエへと近寄ろうとするが……
「せっ……!!」
ひゅん!! と横薙ぎに切り払った包丁が俺の方へと――
「は……?」
「あぶねぇキョウ!!」
間の抜けた声を漏らした直後、腕を身体ごと誰かに抱き寄せられた。言わずもがなブリッツに、だろう。
「怪我はしてねぇな?」
「あぁ、ありがとう。ブリッツ」
俺より一回り大きな身体のブリッツは安心したように俺を見つめる。至近距離で見る表情から、余程俺の身を案じてくれていたのが判る。しかし、近い……!!
そこでようやくノワイエも背後に俺達がいた事に気が付いたようで、包丁片手に振り返る仮面少女。もはやホラーである。
「な、何をしてるんですか2人とも……」
ノワイエの困惑はごもっともだろう。振り返ったら男2人が抱き合っているのだから……そろそろ離れてくれませんかね?
しかし、切なる願いは叶わず。逆に俺を抱く力を強めるブリッツ。その横顔はなぜか怒っているようにも見えて――
「お前こそ何やってんだよ。どうして今更そんな物を使ってんだ」
事実、苛立ちを孕んだ言葉がノワイエを差す。だが、視線を逸らすばかりでノワイエは答えない。なんでまた喧嘩してるかねこの2人は……
「ブリッツ、そろそろ離してくれ。それと、ノワイエは料理をしてただけなんだろう?」
「……使う必要もない道具を使ってか?」
「は……?」
呆れ交じりの溜め息を一つ。ブリッツが顎で差すのはノワイエが握っている包丁……いやいや。
「包丁がないとどうやって――」
物を切るか。そう言いかけて気が付いた。
確証はないけれど、やはりそうなのか。
「ちょっとした準備運動です」
「準備運動……?」
沈黙を続けていたノワイエが呟くように言葉を紡ぎ出していく。その準備運動で怪我をしそうになった俺だが、それを言うこともないだろう。ブリッツもそれを怒っている訳ではなさそうだし――
「食べたい物……ではないですけど。やってみたい事があるんです」
俺を見るノワイエの揺れる視線は、気のせいでなければ何処か迷っているように見えた。
何をするのか解らない。何が出来るかも解らない。ならば俺がすべき事は……
「解った。じゃあ待ってるよ」
「キョウ?」
「……ありがとうございます」
訝しむブリッツをそのままに、俺は椅子へと戻る。そして、腕を組む。
何故だろう。疑問を持たざるを得ない。
なんでお昼ご飯を作るのにこんなシリアスなムードにならねば……!!
「いったい何を考えているやら、早く作ってくれよな……ったく」
「まぁまぁ、作って貰う側なんだから大人しく待とうよ」
どっかりと乱暴に椅子に座り込むブリッツを宥めながらノワイエの後ろ姿を見つめる。集中しているらしいその背中はなんだか――
俺が感慨を抱くのはそこまでだった。
「……っ!!」
振り上げて、薙いだノワイエの手には……何もなかった。




