幼なじみ
「お待たせしました。それではお昼にしましょうか」
返り血に濡れていた漆黒のローブから一転、裏庭に戻ってきたノワイエの様相はといえば――
「…………」
水色のワンピース。今朝見たタイプよりもスカート丈は短く、健康的な白い御御足が眩しい。にも関わらず、声が出ないのはやはり全てを台無しにするように付けられている……いつもの仮面。
見慣れているっちゃ見慣れているけど、俺でも判るくらい微妙なコーディネートだ。
ノワイエの姿を捉えていた俺の視線は、スィッとブリッツへと移る。訴えかけるように、俺のなんとも言い難い視線を受けてブリッツも小さく頷く。
「ノワイエ。いい加減にそれを取ったらどうなんだ」
「え……?」
困惑の声が漏れたノワイエに、俺もまた直球な言葉に戸惑う。ノワイエ自身、取る意志がない事は確認済みだけど……だけど、なんだかヤバい気がする。
「……ブリッツには、関係ないでしょ。それに、いつまでいるの――」
「あ、いや……ノワイエ? もしよかったらなんだけどブリッツも、その……一緒にどうかな、って」
アウトかセーフでいえば余裕でアウト。助け舟にしては、あまりにも泥舟な自分が本当に情けない。
「昼飯食うなら、仮面邪魔だろうがよ」
「だからブリッツには――」
それを見越していたのか。ブリッツは睨み合う視線を俺へと移す。
ブリッツには関係ない。それが彼女の主張だというなら――
「どうして仮面を外さないんだ?」
「っ……」
俺なら、また話も変わるのだろうか。
思いも寄らない方向からの言葉だったのだろう。仮面の奥で息を呑む音が聞こえた。
だからこそ、俺は今まで気になっていた疑問を明確化する事が出来た。
幼なじみには関係ない話なのに、まさに部外者の俺に関係があるか? ないだろう。普通に考えて。
「ノワイエがどうしても嫌っていうなら、俺はそれでもいいけど」
「それ、は……」
――ノワイエは、俺に対して隠したい何かを抱いている。
わざとらしいまでに優しい言葉に対して目に見えて狼狽するノワイエの姿が胸に痛い。
打算を抜きにして、ある意味では本心なのに。ここまで隠し通そうとする理由を知るよりも、この状況は……なんか嫌だ。
「……わかりま――」
「それじゃ、さ? こうしよう、ノワイエ」
「え……?」
「キョウ?」
「ノワイエの仮面については、話したくなった時でいい。代わりにブリッツも一緒に昼飯を食べていく……どうかな?」
馬鹿だと罵ってくれても構わない。第三者が偉そうな事を勝手に言ってるのだから。
「それと、幼なじみなんだから……仲良くしようぜ?」
「あ……」
本当に、偉そうな事を言う。自分の幼なじみである鈴音を自分勝手に遠ざけたのはどこのどいつだか。
灯衣菜はきっとこんな気持ち、それ以上だったのかも知れない。俺と鈴音を見ていたのだ、物心付く以前から……あんな事になるまでを。
確かノワイエにも話した事があったかも知れない、だから俺の心の内を知られたかもな。
……と、それまで苛立っていたブリッツが溜め息を盛大に吐き零した。
「ノワイエ、俺もお前のそれについてこれ以上言うのは……止めにする。気を悪くしてすまんな」
「……わたしの方も、ごめんなさい」
うんうん、これで良し。悪くない雰囲気だ。お腹も空いてきたし、これならご飯も旨いだろう。
「そんじゃ飯にしようぜキョウ、ノワイエ。俺ぁかなり腹ペコだよ」
「言っておくけど、あれからわたしも腕上げたんだから覚悟してよね?」
「あぁ、それは俺も保証するよ」
明るい雰囲気へと変わっていく裏庭のなか、俺は確かに充実感にも似た気持ちを得られていた。
そう、この時までは……
裏庭から台所へと場所を移し、俺とブリッツは丸テーブルの下へ着席。ノワイエは上機嫌な足取りで調理スペースであるオーブンコンロの前へと――
「あ……」
不意に振り返って、見たのは……俺?
「そんで、午後はどうするんだ? キョウ」
「え? あぁ、ノワイエと一緒に猫探しに行くつもりだけど」
気のせいだったのか。ブリッツの問いを応える頃には、ノワイエは料理を始めるべく木製の戸棚から何かを取り出していた。




