◆理解者
――腐れ縁というヤツは厄介だ。
「鈴音姉、また溜め息」
「あぁ、すまない灯衣菜」
春休み初日、空はこんなに晴れ渡っているというのに、私の心は晴れ間の一つも見えてこない。せっかく灯衣菜が元気付けようと連れ出してくれているのに。
「まったく、兄さんも何を考えているやら……あっ」
「灯衣菜も、さっきからそればかりだぞ?」
いつもの私達ならば、取り留めのない会話くらい幾らでもあるだろうに、してきていただろうに、口をついて出るのは溜め息と愚痴ばかりだった。
それでも互いに注意を促すように視線を交わすと、幾分か気持ちが軽くなる。悩みを共有出来るという事はそれほどまでに救われる。
「確かに、今頃どうしているんだろうな。キョウのヤツは」
「その様子じゃ、鈴音姉も聞かされてないみたいだね」
改めて確認する灯衣菜に私は頷いて肯定する。
昨晩、紀伊家佐居家間の恒例行事でもある急なお泊まりにやって来た灯衣菜から、キョウがいなくなった事を聞かされた時はあまりに突然の事に呆然とするしかなかった。
――迷惑なんだよ、お前。
昨日の別れ際の言葉に塞ぎ込んでいた私にとって、それはどこか納得できる出来事で、そう思った自分にショックを感じた。
「少なくとも、私の親まで絡むと一日二日で行けるような場所ではないと思う」
「そこを踏まえると国内という可能性さえ怪しいからね。つい最近まで旅行代理店をやってる家はそれが普通だと思ってたよ。パスポートって今まで何に使うか判らなかったんだからね」
「それこそ佐居家にも通じる事はあるぞ? 喫茶店とは飲料水一つにしてもどこぞの霊峰にある天然水を自分達で取りにいくものだと思っていた」
我が家もその恩恵にあずかっているのだが、先日クラスの友人とファミレスという所に初めていった時は、水があまりに不味くて驚いた……と、話が脱線してしまった。
「兎に角、私の方でもそれとなく探りを入れてみよう……だが、いや何でもない」
「だが? うやむやに言葉を濁すのは鈴音姉の悪い癖だよ」
「歯に衣着せぬ物言いは灯衣菜の美点だな。だがこれからは時と場合を選ぶ事も覚えた方がいい、学校とはそういった物も培う――」
「わたくし、公私の区別はしっかりつけておりますのよ? 御姉様」
まったく、ああ言えばこう言う。兄妹揃ってこんな所は似ているのだから……まったく。
「それで? だが、なんなの? 言ってみ? 大丈夫、悪いようにはしませんよ」
そんな眩しくて、くすぐったい笑顔に釣られた訳ではないが、また救われる。だからなのだろう、留め金が外れた言葉は、するりと口から漏れていく。
「正直、顔を合わせられないこの状況に……安堵のような物を抱いてるのも確かなのだよ」
「……そか」
慰めでも、励ましでもなく、灯衣菜はそれだけ言って私に擦り寄るように距離を詰めてくれた。
言葉ではなく、それでいて意識的でもないのだろう行動に、私はいつもしてやるようにその頭をぽんぽん撫でた。こうやって灯衣菜は私に甘えさせてくれる。
後ろ向き気持ちはない。いや、ないと言えば嘘になるかも知れないが言葉として吐き出すと不思議と身体が軽くなった。我ながら現金なものだと苦笑してしまうよ。
「しかし意外だな。キョウがどこかへ行くというのなら私は兎も角、灯衣菜もついていくと思うが……」
「二人の後をついて回った時期もあるから否定はしないけど、確かにいつもとは違う感じはするよ」
私一人の見解なら気のせいで済ませられよう。だけど、不意に感じた怖気はなんだ? 思い返しても該当するような事柄はない筈なのに。
――なぁ、キョウ。お前は今どこにいるんだ。