ライア:FSサーバー
今回は少し長めです。
キリの良いところまで書いたら千字程オーバーしてしまいました。
ミア・フィスティスは鍛冶職人です。
鍛冶用魔術を駆使して特殊な魔術効果を付与した武具や道具を作ります。昔、私達の国の城下町に工房を構えていて、その頃からの長い付き合いです。特にシシル様と仲良しなのが少々妬ましいですが、私もミアを好ましく思っています。
さて、シシル様が連絡を取ってみると、ミアは確かに『決闘者の闘技場』に関わる仕事をしていました。本職である鍛冶の傍ら、副業としてゲームに登場するアイテムのデザインを請け負ったのがきっかけだそうです。その伝手で必要な道具は用意してくれる事になりました。
ちなみにこの時点では例の計画は話していません。単に興味があるのでやってみたい程度の話し方です。シシル様が仮想世界の出来栄えを確認にしてからでないと確かな事は言えません。実行するかは結果次第ですから、下手に話してしまっては糠喜びさせるだけになるかもしれませんから。これはミアに対する気遣いですね。
シシル様はミアから教えられた準備のほとんどを午前中に終わらせてしまいました。必要なプログラムのダウンロードやインストールなどです。残るのは仮想世界での体を作るための身体走査データの取得だけとなりました。
特殊な機器が必要でしたが、幸いにして近所にある『水無瀬総合病院』で取得できると判りましたので、午後一番に行ってきました。
今回はシシル様だけでも良かったのですが、私も車を運転して同行しましたので、ついでにデータを取得しました。
……あれはちょっと恥ずかしかったです。
走査データの取得はCT機器に三次元モデル作成機能を追加したような、そんな機器で行います。医療機関に設置されている事からも判るように、本来は健康状態のチェックなどをするための機械です。
私達エルダーは系統による差異はあっても総じて頑強かつ健康な体を持っていますのです、普通に生活してる上では怪我や病気とは無縁です。健康診断など受けたこともありませんから、こういった機械のお世話になるのは初体験でした。
私には仕組みなど分からないような複雑な機械が円柱状に配置されています。その中に立つと機械が作動し、骨格や内臓、筋肉量や脂肪量など体の内部をスキャンすると同時に『色』も含めて外見を寸分違わず写し取ります。そのため走査中は全裸なのです。下着の着用も許されません。すっぽんぽんです。
病院側の配慮として担当してくれたのが女性職員のみだったのでいくらかましではありますが、衆目に肌を晒すのは変わりません。無駄に大きい私の体が彼女達の目にどう映ったのか。大きな体は戦士としてなら多くの利点をもたらしてくれます。でも美しさという観点からすれば、シシル様のような大き過ぎず小さ過ぎないバランスの良い体型の方が確実に好まれるでしょう。
実際、美の結晶の如きシシル様の裸身を見た女性職員の方々は「ほう」とうっとりした溜め息を漏らしたものです。私の時には「おおう」という気圧されたような声が上がっていました。ちょっと傷つきました。
最も無防備な姿ですら威圧を与えてしまうとなれば、私は一体どうしたら良いのでしょうか。いえ、どうしようもないですね。シシル様は「ライアはゴージャスだから同性としては圧倒されてしまうのよ。どうしても自分と比べてしまうから」と慰めてくれました。
職員の方々も口々に「とても美しいです」とか「まるで芸術の様で見惚れてしまいました」とフォローしてくれました。私はそんなにショックを受けたように見えたのでしょうか。こんなに気を使わせてしまい、かえって申し訳ない気持ちで一杯になります。
私の心に残った少々のダメージと引き換えに身体走査データを入手しました。とは言え、私達の場合はこれだけでは不十分です。
事前に受けた説明によると、走査で得られたデータの内、筋肉の量でアバターの性能が決定されます。質は考慮されません。普通であれば誤差の範囲内に収まるのでしょうけれど、私達エルダーはもう普通の人間ではありません。特に私はその傾向が強いですし、シシル様にしても小柄で華奢な外見とは裏腹に、素のままでも大柄な男性と腕相撲して勝てるくらいの力があります。
その辺りを職員の方々に説明したら、いくつかの追加検査を受けることになりました。さらに身体走査ももう一度する事に。また全裸です。余計な事は言わないほうが良かったですね。
病院から戻ると程無くして荷物が届きました。ミアが手配してくれた仮想世界用の機器類です。これで準備は整いました。
夕刻、シシル様は桜とともに仮想世界に赴き、そして帰っての第一声が「あれは凄い」でした。現実と変わらないとの桜の言に誇張は無く、見た目や声だけでなく肌触りまでが全く違和感の無いレベルで再現されていたそうです。
仮想世界の実情に満足したシシル様は改めてミアに連絡し、本格的な準備に入ったのです。
そして月が替って八月一日、計画は実行されました。
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その日は桜が仮想世界での登校日ということで朝から仮想世界に入りました。
それを見届けてから私とシシル様も新設したサーバーに行く事にしました。
十時に待ち合わせとのことでしたが、招待主となるシシル様は一足先に行って他のみんなを待つとのことでしたので私も同行します。
自室のパソコン画面で作成済みのアバターを確認しておきます。
仮想世界に行っている間、こちらの体は「まるで死体のよう」になります。できるだけ楽な姿勢になっておくのがコツだと桜に教えられましたので、彼女を見習ってベッドに横たわります。
接続すると一瞬だけ視界が黒くなり、体が浮き上がる様な感覚がありました。意識が現実の体から切り離され、仮想世界に入ったのです。
視界が戻ると、眼前には何も無いがらんとした空間が広がっていました。エントリースペースと言うそうです。
教えられた手順でメニューを開き、CODのアイコンを選択します。続く接続先メニューには「日本サーバー」と「FSサーバー」が表示されています。シシル様が設けたのはFSサーバーですので、ポチっと選択ボタンを押しました。
さらにメニューが開きますが、こちらは文字が奇天烈な記号に置き変わっていました。文字化けです。何と書いてあるのか全く読めません。でも慌てません。シシル様が一番上を選ぶようにと言っていました。
再度ポチリ。
次の瞬間、私は懐かしい景色の中にいたのです。
私が立っていたのは城門でした。後ろを顧みれば石造や木造の家々が建ち並んでいます。再び正面に視線を転じると、可愛らしい塔に囲まれたお城が聳え立っています。と言っても、一般的なお城のイメージからすれば随分と小振りでしょう。街中の限られた土地を利用して建てられた為、外周を囲う堀もありません。
その昔、私達が住んでいたお城に間違いありませんでした。
現在世界に出回っている歴史年表には記されない遠い遠い昔の事ですから、現地に行っても痕跡すら残っていないでしょう。それが仮想世界の中で、こうして復元されています。
私の記憶に残っている姿そのままで、刺激された古い記憶が脳内に溢れ出し、懐かしさの余り泣き出しそうでした。ここが仮想世界で無かったなら、間違いなく涙が溢れ出た事でしょう。
「……凄いでしょう? ここまで再現できるなんて私も驚いたわ」
声に振り返るとシシル様が優しく微笑んでいました。
「シシル様……!」
「様は付けない約束でしょ?」
「あ……申し訳ありません!」
当時と変わらないお城の風景と、現実と変わらないシシル様の姿に、意識が過去に跳んでいたような気がします。シシル様が女王としてこの都市国家を治め、私が重戦士隊隊長だった頃。その頃は普通にシシル様と様付けで呼んでいたのです。
「ふふ、無理も無いわ。このお城をバックにしてライアが立っていると、私でも当時に立ち返ったような気になってしまうもの」
シシル様は懐かしそうに目を細めています。
驚きです。身体走査データが生み出したアバターは本当に現実と変わりません。細かな表情まで自然に再現されていました。シシル様が一言「凄い」としか言えなかったのも頷けます。
自分の体を見下ろし、触れてみて、驚きはますます深くなる一方です。
今の私は全体的に厚手の布で作られた鎧下を着ていて、その布が肌を擦る感覚まであるのでした。ぺたぺたと触って感触を確かめていると、シシル様が「あ、そうだ」と何か思いついたようです。
「ねえ、ライア、お願いがあるのだけど」
「はい、なんでしょう?」
「うん。ほらライアもやってたけど、ここって手触りも凄くリアルでしょう?」
「そうですね。本当に凄いです」
バーチャルリアリティーという技術が、実際にどんな仕組みなのかまでは理解できていません。脳から出る運動信号がどうこうとか、脳へ送られる感覚信号がどうこうとか、一応の説明はうけましたけれど、もう何が何やら判らないのです。
だからもう単純に、今いるこの世界をあるがままに感じ、ただただ脅威の念に打たれるばかりでした。
シシル様は手を伸ばしてそっと私の頬に触れました。
ほんのりと体温が伝わってきます。
「服とかの『物』もだけど、『人』の触り心地も再現されているの。ライアも私に触れてみて」
「は、はい……」
私はさらさらとしたシシル様の髪に指を潜らせてみました。
絹糸のような滑らかな指触りは、確かに現実世界のシシル様と同じです。
「それでね、前に桜ちゃんと一緒に仮想世界に行った時には確かめられなかった事を今確かめたいの。だから協力してくれる?」
さすがはシシル様です。私などはもう驚くばかりなのに、もうこの未知の世界を探求しようとしています。私にできる事なら何でも協力しましょう。
そのように答えると、シシル様は「別に難しいことじゃないから」と前置き、
「胸、揉ませて」
と言いました。
「はい?」
「だから、胸を、揉ませて」
シシル様は一語一語区切り、噛んで含めるように同じ内容を繰り返しました。
「だって肌触りくらいは簡単に再現できそうじゃない。もっとこう……再現が難しそうなところを確かめたいのよ。胸なら表面的な肌触りだけじゃなく質感とか柔らかさとか、色々とあるじゃない。ほら、ライアも私のを触って良いから」
「ええと、そうですね、そういうことでしたら」
なるほど、仮想世界でもサラシを巻いている桜が相手では確かめられない事です。納得しました。
双方同時に触れました。
指先に程良い弾力を感じ、シシル様の手が私の胸に置かれたのと同時でした。私達の目の前にいきなり半透明の板が現れたのです。メッセージ表示用のウインドウのようです。黄色い背景に黒い文字という、本能的に警戒心を呼び覚ます配色ですが、肝心のメッセージは例によって文字化けしていて読めません。
「シシル、これはなんでしょうか? 穏やかならぬ色合いをしていますが」
「さあ? まあ邪魔だけど、今重要なのは触覚よ。そちらに集中して」
そうですね。目の前にあって邪魔ではありますが、今は視覚よりも触覚です。いっそ目を閉じて感覚を研ぎ澄ませるのも良いでしょう。
小柄なシシル様の胸は私の掌にすっぽりと収まります。掌全体でその柔らかさを感じます。
シシル様も私の胸の感触を確かめています。私の胸はシシル様の手に余り、鷲掴みにした指の間からむにゅっと肉がはみ出していました。シシル様はぎゅむぎゅむと激しく揉みこんできます。
ちょっと乱暴過ぎるような気もしますが、不思議と痛みはありません。快感もありませんが。
確かに胸を揉まれているのに、触れられている感触以外は何も湧きおこらないのが不思議です。でもそれはそれで構いません。私も手に感じるシシル様の柔らかさに全神経を集中できるというものです。
そんなふうにお互いの探求心を満たしていたら、不意に目の前が暗くなり、全ての感覚が失われました。
次の瞬間には感覚が戻ってきましたが、目に映るのは見慣れた天井、背中に感じるのは慣れ親しんだベッド。どうした事でしょうか。私は現実世界に帰ってきてしまいました。
訳も判らず呆然としていると、ぱたぱたと廊下を走ってくる足音。からりと襖が開き、そこには戸惑い顔のシシル様が。
「ああ、やっぱりライアも戻ってる」
「シシル、どうして……」
しかしシシル様も状況を飲み込めていない様子です。二人して首を捻るしかありませんでした。
……こうして、FSサーバーへの初ログインは僅か数分で幕を閉じたのでした。
次回の視点キャラは藤田さんです。
一話か二話で再度ライアに戻る予定です。




