後城惣一:転入生
宇美月学園に関する説明回です。
六月のとある月曜日、この日は普段よりも少しばかり早く出勤した。俺が担任するクラスに転入生があり、ホームルーム前に会う段取りになっていたからだ。
職員棟の二階にある準備室。
八畳ほどの広さがあり、奥にスチール製の机、一方の壁は一面の書棚、もう一方の壁側に小さな応接用テーブルとソファ。入り口脇には小さいながらも流し台まであり、私物のコーヒーメーカーと小型冷蔵庫も設置してある。
個人でこれだけのスペースを使えるのだから恵まれている。
約束の時間にはまだ余裕があったので、コーヒー片手にスチール机とセットの椅子に腰を下ろす。鞄からファイルを取り出して、これから会う事になる転入生の資料を開いた。
この資料はこれからやってくる転入生『天音桜』が以前通っていた高校から送られてきた物だ。個人情報シートや、一年次からの成績表、内申表など、学校側が把握すべき生徒の情報が揃えられているのだが、俺が知りたい情報は何一つ無かった。
どういう事情かは知らないが、この天音桜という女生徒は一年以上も普通科の高校に通っている。その為、送られてきた資料も普通科高校用の物。
ここ宇美月学園はスキル修得を目的とした専門校だ。必要としているのは生徒が修得済みのスキルや適性だというのに、そんな情報は一切無い。
個人情報シートに貼ってある学生証用の写真で外見が判り、転入手続きと同時に行われた履修申請の内容と『天音』という姓から近接戦タイプだろうと推測できる。判るのはそれくらいだった。
思わず零れそうになる溜め息をコーヒーと一緒に飲み込んだところで、几帳面なノックの音がした。ドアを開けると、驚き顔で俺を見上げる女子がいた。
俺も驚いた。
女生徒は写真で見た通りの顔をしているから天音桜に間違いないのだが、想像していたよりも背が高い。「女子にしては」という言葉を付ける必要も無いくらいだ。さらに容貌と、「残念だったな」としか評しようのない胸部を合わせると、男子が女装しているようにも見えたのだ。
「天音桜だな? 俺が担任の後城だ」
驚きを表に出さないようにしながら確認する。
「はい、天音桜です。本日よりよろしくお願いいたします」
「礼儀正しいな。いまどきの学生にしては珍しい」
声は普通に女子っぽかった。
女装した男子では無いと判ったので、改めて天音を観察する。学園指定の鞄以外に、細長いケースを肩からストラップで提げている。身長その他と高い位置で結んだポニーテール、武道系特有の雰囲気と礼儀正しさは時代劇の侍を彷彿とさせる。ケースの中身は刀だろう。形や大きさからすれば魔術発動体の杖も該当するが、この少女が杖を片手に魔術を使うシーンは想像できない。
そう思って確認すると、やはりあの天音流剣術道場の娘らしかった。
職員室に移動して必要な確認事項を済ませてしまう。
一番大事なのは『決闘者の闘技場』、略称『COD』のアカウントだ。
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およそ五十年前、第二次世界大戦は終結したものの、世界には四つの『穴』が残ってしまった。結界によって魔族の侵入を防いでいるとはいえ、大規模な魔族との戦いはいずれ現実のものとなる。
そこで急務とされたのが、魔族と戦える人材=スキル所持者の育成だった。
各国はスキル適性者の選別と育成に力を注いだ。
日本においては、義務教育期間中に全生徒対象の適性診断が行われ、適性ありと診断された場合はスキル専門校への進学を推奨している。これはあくまでも推奨であって、強制ではない。徴兵制のある国では強制している例もあるようだが。
ここ宇美月学園も、そんなスキル専門校の一つだ。一般の大学だった敷地をそのまま転用しており、近隣数県で最大の規模を誇っている。
第二次世界大戦以前、現在スキルと呼ばれているそれらが登場する創作物に関連して『Sword and Magic』という言葉があった。これになぞらえて、スキル専門校では剣術を主とした近接戦系スキルを学ぶSコースと、魔術系スキルを学ぶMコースを併設するのが伝統となっている。
学園の敷地内にはSコース生徒のための鍛錬場や、Mコース生徒用の魔術訓練場(通称『射爆場』)などが複数設けられており、生徒達はスキル修得やレベルアップに励んでいる。
こうしたスキル専門校で昔から問題になっていたのが、事故による生徒の負傷や死亡だ。生徒が学ぶのは戦闘用スキルだ。履修課程には生徒同士で行う実戦形式の模擬戦も含まれている。模造武器や魔術弱化結界などの対策を講じても負傷者は当たり前のように出るし、運悪く死亡してしまう生徒も後を絶たなかった。
未来のための人材を育成する専門校で、訓練途中の生徒を死なせてしまうのは大きな損失だ。だからと言って実戦訓練を全くしなければどうなるか。スキルは身に付いても、いざ戦場に出たらなにもできないだろう。
そんな二律背反する命題に解決の糸口を与えたのが、VR技術の実用化だった。
VR技術を用いた娯楽用のコンテンツが開発されるようになり、瞬く間に人気になったジャンルがMMORPG。多人数参加型の、剣術や魔術などのスキルを用いてモンスターと戦う種類のゲームだ。そもそもは戦闘用スキルを修得できなかった人でも、仮想世界でなら自由にスキルを用いた戦闘を楽しめるというコンセプトだった。一方で現実に命を賭けて戦っている人もいるのだから、これは不謹慎なのではないかという意見もあった。が、ユーザーの中には当のスキル所持者や、スキル専門校生が多く含まれていると判明し、反対意見は勢いを失う。
VRコンテンツは実戦訓練の代わりになる。
ゲームをプレイしたスキル所持者の意見だった。
その後、日本で『決闘者の闘技場』が発表された。殊に身体操作データを元にしたアバター作成や現実世界でのスキル完全再現を謳ったリアルモードは、最初からスキル所持者の訓練用として開発されている。
宇美月学園では学内にCODのサーバーを設置しており、戦闘訓練を含む実習授業や、学校行事の一部を仮想空間内で行っている。専用サーバーを持てるのも近隣で最大規模を誇るからこそだ。専用サーバー設置に至らない他の専門校では、メーカーが運営する日本サーバーにログインして戦闘訓練を行っている。
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そんなわけでスキル専門校に通っていればCODアカウントは持っていて当然だ。天音は一般校に通っていたというから万が一を心配したのだが、あの天音流剣術道場の娘だけあって、CODリアルモードのアカウントをしっかりと取得していた。
天音が持参したアバター管理のメモリーカードに宇美月サーバーにログインするためのアクセスキーをコピーする。
後は天音が使っているアバター……というか、その着衣データを確認すれば終了だ。
管理画面を開くように言うと天音は疑問顔になる。
まあ当然だ。
メモリーカードには身体走査データが丸ごと入っている。女子としては人に見られたくないプライバシー情報が山盛りだ。男の俺に中身を見られるのは嫌だろう。
誤解されないように、表示させるのは着衣データを確認できる装備画面だけで良いと告げる。
「ちょっと前にモザイクが入らないぎりぎりの着衣データを作った馬鹿がいてな。それはすご……ひどいもんだった。ここは学校だ。たとえ倫理コードに引っかからなくても許可できない場合がある」
理由を付け足せば、天音は文句も言わずに管理画面を開いてくれた。
実に素直である。
表示されたアバターの3Dモデルは、もう完全に時代劇調だった。既成のデータに手を加えたらしい黒い装束は倫理的に全く問題無し。このきっちりした礼儀正しい娘が露出の激しい着衣データなど使うはずもない。
画面を閉じようとして、ふと装備蘭に目が止まった。
装備武器:刀+1 装備防具:サラシ
サラシ?
思わず天音の胸元に視線を向けてしまう。
さっきは「残念胸」と思ったものだが、サラシという単語を念頭に置いて見直してみると、ただ小さいにしては盛り上がり方が不自然だった。
……ほんとうはもっと大きいのか? サラシで潰している?
何でだ? という疑問。
布一枚でもあれば大違い、というのは一般人レベルの話だ。一応防具に分類されていても、スキル同士の戦闘でただの布の防御力など気休めにもならない。
だとすれば防御力以外の理由で巻いていることになるが……。
ふと思いついて「そうか、揺れるからか」などと言ってしまったのは失言だった。天音の反応でそれが当たっているのは判ったが、下手をすればセクハラ認定されかねない。咳払いで誤魔化したら天音も丁重に無視する方向で流してくれた。
「ふむ、まだ時間はあるな」
メモリーカードを返却しても、まだ始業時間には余裕がある。
「あの、先生は格闘技を使うんですか?」
天音が訊ねてくる。時間潰しに雑談も良いだろう。
「そうだ。松前式って知っているか?」
「いえ……申し訳ありません、聞いたことがないです」
「謝る必要はないさ。東北の方のマイナーな流派だからな」
松前式は気功を取り入れた格闘術だから、天音が使う天音流剣術とも通じる所がある。昔は松前と呼ばれていた土地で、寺院の僧を中心に広まった格闘術だ。当時は気功を法力と呼んでいたらしい。
その辺りを説明すると天音は興味を持ったようだ。同じ気功使いとして親近感も湧いたらしく、いつか手合わせをしてみたいなどと言ってきた。
履修申請で天音が選択しているのは剣術系で、俺が受け持つのは格闘系の科目だ。授業の実習で出会う事はまず無いだろう。手合わせするなら日本サーバーか宇美月サーバーか、いずれかで普通の対戦をする必要があるが、それもまた面白そうだ。
「俺はCODでは『鋼』というアバターネームだ。見かける事があったら声をかけてくれ」
鋼というのは松前式の黎明期に活躍した法力僧の名で、あやかりでアバターネームにさせてもらっている。
そんな話をしているうちに丁度良い時間になった。
天音を連れて教室に向かう。
教室棟二階の端から二番目、2-Bが俺の担任クラスだ。
教室の扉に手をかけたところで、ふと思いついたことがあった。
「今さらかも知れんが言っておこう」
努めて真面目な顔をしようとしたのだが、どうしても笑みが浮かんでしまう。
天音が「なんでしょう?」と首を傾げている。
「ようこそ、宇美月学園へ」
CODにログインする際に表示されるメッセージをもじって言ってやると、天音がとても嬉しそうに微笑みながら「はい」と小さく返事をした。その笑顔は、これまでの凛々しさとは大きなギャップのある愛らしさだった。




