シシル:腕試し
現実世界でスキルを使うため、(仮)では省略していたシーンです。
これから先、桜ちゃんを指導していくために、現状での彼女の実力を知る必要があった。立ち姿などからある程度察しは付くにしても、正確に把握するなら実際に立ち合ってみるのが一番だ。
そんなわけでゲームから戻って来た桜ちゃんを庭に連れ出した。
木刀を手に立っているその姿を見て、まず思うのは「えらく格好良いじゃない」ということ。
桜ちゃんは年齢の割に大人びた顔立ちをしていて、可愛いというよりは綺麗と表現した方がしっくりくるのだけど、同時に中性的な造作でもある。
だから真面目で真剣な表情をしていると、凛とした雰囲気とも相まって美青年剣士にも見える。
……あくまでも顔だけの話。胸部で二つの果実が激しく自己主張しているから、全体像を見て男に間違える事は有り得ない。
ちなみに普段、というか私みたいな目上の相手と居る時には、礼儀正しくしていようという内心が表情に出るのか、基本的に男性寄りの顔になる。眉の辺りに力が入って、顔全体がキリッと引き締まる感じだ。
総じて『剣術家』であろうとしている時程その傾向は強くなるみたいだ。
逆にそれを忘れてしまう状況だと途端に女の子っぽくなる。
ついさっき、ゲームから戻って来たばかりの彼女を少しからかってみた。ちょっとした冗談に、言ったこちらが吃驚するくらいに狼狽えていて、その時の困惑と羞恥が入り混じった顔は本当に可愛かった。
「……あの、始めないんですか?」
ちょっと不自然なくらい見入ってしまったようで、桜ちゃんが不思議そうに訊いてくる。
「体がちゃんとできているか見ていたのよ」
「カラダ!?」
適当に答えたら引かれた。雰囲気的にだけでなく、実際に一歩後退された。左手が中途半端な高さに上がっているのは、私の視線から胸を庇おうとしたのだろうか。
どうやらさっきカラダネタでからかったせいで警戒されているらしい。
「筋肉の付き方のバランスとかよ?」
「あ、そうでしたか」
安堵の表情で、退いたばかりの一歩を戻してくる。
今の言葉は勢いだけで出たわけではない。実際、会って最初に確認済みでもある。
剣術に限らず、自分の体を動かす近接戦スキルの使い手にとって、筋肉の付き方は重要だ。筋肉が増えればパワーもスピードも上昇するけれど、無駄に付け過ぎるとパワーはともかくとしてスピードは落ちてしまう。ごてごてとした筋肉が自身の動作を阻害してしまうからだ。
そういう観点で見ると、刀を振るうのには必要十分であり、女の子らしい柔軟さを失っていない。桜ちゃんの体は実にバランス良く鍛えられていると言えた。
「とりあえず申し分なしね。後少しくらいなら筋肉付けても良いかもしれないけど、わざわざそのためのトレーニングをする必要はないわ。稽古をしていれば自然に必要な筋肉は付くものだから」
「ありがとうございます」
「お礼は鍛えてくれた御両親にね。さて、それじゃあ始めましょうか」
言って、呼吸のリズムを変える。気功スキルを使うための特殊な呼吸法『調息』だ。
調息によって練られた気を全身に行き渡らせれば、これだけで全体的に身体能力が上昇する。多くの気を練ればそれだけ上昇幅も大きくなり、これが気功系スキルで筋トレが重視されない理由でもある。無理に筋肉を増やすより、練気の上限を上げる方が有利なのだ。
桜ちゃんの調息もスムーズだ。小さな頃から、それこそ十年近くも繰り返してきたのだろう。速やかに練り上げられた気が均等に体の各所に行き渡っている。
「まずは桜ちゃんが打ちかかって来て。私は防御に専念するから」
「判りました!」
元気よく答えて、桜ちゃんが間合いを詰めてくる。
こちらは攻撃予測用の『止水』を発動させて待ち構える。
止水は相手の殺気を感じ取る――言いかえると『攻撃の意思』を読み取る技だ。
攻撃を行う時、行動に先だって『どこをどう攻撃する』という意思が発生する。その意思は微かな気の流れを生み出す。この流れは『気筋』と呼ばれ、実際の攻撃は気筋に沿ってやって来る。止水によって気筋を読み取ってしまえば、ほぼ完全な攻撃予測が可能だった。
鋭い打ち込みも気筋に木刀を置いておけば確実に受けられる。
数合受けると桜ちゃんの雰囲気が少し変わった。
ここまで寸止めするつもりでいたのは、木刀の勢いで察していた。それについて「格上相手に何事か」などと怒るつもりはない。初めての立ち合いで桜ちゃんも私の腕前など知らなかったのだし、知りもしないのにいきなり全力で来るようならそれも問題だ。手にしているのが木刀であっても、身体能力は気功で強化されている。まともに当たれば打撲では済まない。
最初は加減して様子を見た慎重な姿勢と、僅か数合でその加減が必要無いと見切った眼力を評価したい。
一旦間合いを広げた桜ちゃんは、次は完全に当てるつもりでくるはずだ。
強い視線を送ってくるその顔は、非常に男前に見える。
桜ちゃんが地を蹴った。それほど広く無い間合いの中でトップスピードまで上げている。
スタートからトップスピードまでに必要な歩数を最小にする『神脚』だ。
接近してくる桜ちゃんから三本の気筋を感じ、高速の三連撃技『疾風』を撃ってくると予想できた。
これは良い選択だ。
お互いに止水で気筋を読んでいると、どれほど速くても単発の攻撃はまず当たらない。
だから連撃技だ。
連撃技だろうと気筋は攻撃の順番通りに出る。それは変わらない。でも速度に特化して一続きの動作として複数の斬撃を放つため、仮に一般人が見たのなら三本の線が同時に出たようにしか見えないだろうという速さになる。
もちろん私は順番をしっかりと把握できる。それは桜ちゃんも承知していて、これは少しでもこちらの判断時間を削り取ろうという意図の筈だ。
木刀同士がぶつかる固い音が連続する。
疾風が防がれたと見るや桜ちゃんの体が低く沈み込む。足元を薙いで来たのを軽く跳躍して避けると、低い位置から伸び上がるようにして斬り上げにつなげてくる。
これも上手い。
下段攻撃を跳躍で避けさせ、地に足が付いていない状態への追い打ちを狙ったのだ。
まあ、私は問題なく対応できるけれど。
木刀を軽く打ち下して斬り上げを弾き返し、着地と同時に後ろに跳んで間合いを広げる。一区切りつける意図を察してくれたようで、桜ちゃんは追撃して来なかった。
「ここからは私も手を出すから、しっかりと防御するようにね」
こくりと頷く桜ちゃん。
そこからは防御八割攻撃二割で相手をした。
結論から言うと、桜ちゃんは私の予想以上に出来る子だった。
こちらが止水を使っているのを踏まえた攻撃をしてくるし、私の攻撃を防げないまでも反応はしていた。止水で読めてはいるけど対応が間に合わないという感じ。私は寸止めしているのだけど、薄紙一枚分くらいでピタリと木刀を止めるたびに、微かに悔しそうな顔をしていた。
心も強い。
自分の攻撃は全く当たらず、私の攻撃は避けも受けもできない。そんな状態で、息が上がって練気ができなくなるまで果敢に木刀を振るい続けたのだから。
「ここまでにしましょう」
さすがにもう無理そうなので終了すると、桜ちゃんはその場でへたり込んでしまった。乱れた息を必死に整えようとしている。気功使いが調息できないほどに呼吸を乱すのは恥ずべき事だ。ちゃんとそのように教えられているみたいだった。
縁側に腰掛けて少し待つと、桜ちゃんの呼吸はすぐに平常に戻った。
回復力も中々である。
でも桜ちゃんは浮かない顔をしている。私は高く評価しているのだけど、彼女自身はこの結果にショックを受けているようだ。腕試しで自信を失くされても困るしフォローしておこう。
「良く鍛えてるわね。その歳でその腕前なら将来有望だわ」
「……いえ、すいません。有望とか言われても信じられないです」
なんだかネガティブな返事が返って来た。
桜ちゃんは信じてくれないけれど、私の言葉は本心からだ。やはり第四世代は違うと思う。例えば、第三世代である彼女の両親は、義務教育期間に行われた適性試験で気功スキルの適性が判明してから私の所に来た。あの二人が桜ちゃんの歳の頃には、ようやく調息が身に付いたかどうかというところ。そして今の桜ちゃんは、二人が天音流を立ち上げた当時と同等かそれ以上だ。
「もう御両親よりも強くなっているんじゃないかしらね。実戦勘も養われているみたい。あのゲームのおかげなのかしら」
これも立ち合い中に感じた事だった。
道場で素振りをして、技はそれで使えるようになるとしても、場面によって適切な技を選択する判断能力は身に付かない。それは実戦の中で培われるものだからだ。そうは言っても実戦なんてそうそう経験できるものではなく、ゲームがその代わりをしているのではないかと思えた。
桜ちゃんがやっていた『決闘者の闘技場』というゲームは、正にそういう内容だと聞いた覚えもある。
「これから私が鍛えてあげる。桜ちゃんはもっと強くなれるわよ」
「……はい、よろしくお願いします」
凄くきりっとした男前の顔で、桜ちゃんが深々と頭を下げて、そして上げた動作で胸が大きく揺れた。さっきも彼女が動くたび凄く揺れていた。
……そう言えばこれも気になってたのよね。
あれだけ揺れているのに桜ちゃん本人が気にしていないのも不思議なら、これまで誰も指摘しなかったのだろうかという疑問もある。これまでは天音流道場で、つまりは身内しかいなかったから良いかもしれないけれど、明日からは学校でも剣術を使う事になる。同年代の男子が周りに居る状況でアレは少々まずくないだろうか。本人に自覚が無いとすれば、隠そうとすらしないだろうし。
心配になったのでやんわりと指摘したら、またもや体ごと退かれた。「また胸の話ですか?」と言いたそうな顔をしている。ちょっと困り顔なのが可愛い。やっぱり感情で男顔と女顔が切り替わる。せっかく綺麗な顔をしているのだから、もっと女の子らしい顔をしていて欲しいし、今後もこういう話を振るようにしよう。
それはともかく、桜ちゃんの揺れる胸だ。桜ちゃんが通う学校は特別だけれど、健康な男子高校生など例外なく飢えた獣のようなものだ。目の前で美味しそうな餌を揺らされたら後先考えずに喰いついてしまうだろう。
それをストレートに言うのも憚られたので、邪魔じゃないの? という理由でサラシを勧めたら、少し思案してから素直に頷いてくれた。
良かった。これで性犯罪を未然に防げた。
そしてもう一つ良い事。
桜ちゃんが私を『師匠』と呼んでくれることになった。
「健康な男子高校生など~」はシシルの偏見です。
次話から第一章に移ります。
次の視点キャラは後城先生の予定。




